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運動器エコーの罠

こんにちは。理学療法士のこうやうです。

今回は

運動器エコー

について話していきたいと思います。

最近理学療法士業界でも注目されているエコーですが

私が勤めているクリニックでも使わせていただいており

大変役立っています。

理学療法士のやっていることが視覚化されるというのが

このエコーの最大のメリットです。

しかしこのエコーの普及は

私は大きなデメリットを秘めているとも思っています。

なぜそのように思っているのか

わたしなりに説明させていただきますので

よろしくお願いいたします。

それでは始めます。



運動器エコーの普及が何をもたらすか

まず結論からいうと

運動器エコーの普及で懸念されるのは


人体が構造物であるという考えの傾向が強まることです

過去の記事を見た方ならわかりますが

結局いままでの記事と同じような内容を書いています。

面白みがなく申し訳ありません。

しかしこれこそが私が一番伝えたいメッセージでもあります。



整形外科治療において解剖学的評価は

最も重要な評価です。

基本中の基本ですし、この知識がないと治療は始まりません。

しかしこの構造に捉われるのもあまりよくないことです。

特にセラピストにとっては。



我々は機能面の回復に関してはスペシャリストであるわけですが

果たして

「機能の回復=構造の正常化」

なのでしょうか。

残念ながら人体は構造物ではありませんし

痛みや動きというのは構造的な評価から推測することは

ほぼ不可能です。

なぜなら痛みや動きは脳のアウトプットだからです。

運動器エコーで生体の中が見えたとしても

そこから痛みや動きは推測できません。

しかし私たちセラピストは

理学所見を確認してからエコーの所見を確認し

疼痛の原因を把握しようとするわけです。

これでは症状の原因を構造的視点でみる傾向が強まります。

医師と理学療法士の共通言語は必要ではありますが

決して同じ視点で治療を進めていいわけではないのです。

医師と理学療法士はアプローチするものが全く違います。

医師は構造にアプローチしますが

私たちセラピストは脳です。

画像をみて治療の方向性が決まるはずがないのです。



セラピストには考え方の改革が必要

解剖学が重要なのは間違いない事実ではありますが

セラピストの治療の考え方としては

ややずれている学問です。

機能解剖学的アプローチは正義ではないのです。

運動器エコーは非常に優秀なツールではありますが

その優秀さゆえに

画像や構造に原因を当てはめる傾向に陥りやすいことは

注意しなければなりません。

人体は構造で説明できないほど複雑なのです。


私たちは人体を構造的に考える要素還元主義から

脱却しなければなりません。

要素還元主義は

人体を対象とするには限界があります。

治療にはさまざまな選択肢があり

あやしいものでも根拠がでたらめなものでも

結果が出る人には出てしまうのです。

その現実、説明が難しい人体の複雑さを受け入れて

治療をしていきましょう。





本日はこれで以上です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。





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