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【短編小説】『君の書く文章が、僕はとても好きだ。』

『君の書く文章が、僕はとても好きだ。』

その言葉を糧にして、私は今まで書き続けてきたけれど、そろそろ限界みたいだ。

パソコンの画面を見つめながら、私の手は動かない。

ここ数日、私は書けない理由を、いろいろと連ねながら、投稿頻度を減らしつつ、ここまで来た。仕事で疲れているとか、目や手を使いすぎて痛みがあるとか、単純に書くことが思いつかないとか。でも、それらの理由が取り除かれたところで、私はもう書くこと自体止めてしまいたいのかもしれないと、投稿する度に思うようになってきた。

だって、もう、私は誰に向かってこの文章を書いているのか、分からなくなってしまったから。


その日、私は図書館の自習室の中で、参考書や問題集とにらめっこしていた。隣では、クラスメートの二宮君が、同じように、ノートに計算式を連ねている。

なぜ、二宮君と図書館で勉強することになったのか。そのきっかけは思い出せない。たぶん、教室の話の中で、定期テストの話になったのだろう。最初は2人で勉強するわけじゃなく、他にも友達を誘ったはずだ。結局、他の子の予定が合わなくて、2人で勉強する羽目になったのだろう。思い出せないから、すべて推測だけど。

二宮君と私の得意科目は異なっていたから、お互いに教え合うのに好都合だった。頭の良さも同じくらいだったはずだ。
私は、それでも、2人で勉強するという状況にとても緊張していた。教室や学校の図書室でも似た状況はあったにもかかわらず。友達とはいえ、男の子と2人。自習室には、それこそ学生や社会人らしき人はたくさんいたのだが、私が知っているのは、二宮君しかいない。

「どうかした?」
私の手が止まったままになっているのに、気づいたのか、彼が声をかけてきた。
「何でもない。」
「疲れた?ちょっと休憩しようか?」
「・・ちょっと、涼みに行ってくる。」
頷く彼に向かって、軽く頭を下げると、私はカバンを持って自習室を出た。

本当はそのまま勉強を続けて問題なかったけど、少し気分転換をしたかった。緊張しつづけると、勉強に集中はできるものの、息が詰まる。
本の棚の横のベンチに腰掛け、大きく息を吐く。筆記用具も重い参考書も置いてきたから、持ってきたカバンは軽い。

何となく、二宮君に申し訳ない気分になる。
二宮君は全然悪くなくて、私が勝手に緊張しているだけなのに、彼は私に優しい。本当は、私と2人きりなんて、楽しくないだろうに。せめて、友達の美優紀みゆきがいればよかった。・・二宮君はたぶん美優紀のことが好きだから。そして、私は美優紀のことが好きな二宮君のことが好きだったりする。

自分の失恋が分かっていた私は、勉強の合間、お気に入りのノートに小説を書くようになった。小説には、私と二宮君をモデルにした登場人物が出てきて、恋をする。もちろん、その恋は実るのだけど、そこまで書き上げられていない。誰にも見せたことはない。勉強の気分転換として、私の望む世界を書き連ねているだけ。単なる自己満足。

と思っていたのだけど。

自習室に戻った私が見たのは、その小説を書いたノートを開いて眺めている二宮君の姿だった。
「!」
慌てて、ノートを取り上げると、彼は私を見てバツの悪そうな表情をした。
「参考書見せてもらおうかと漁ってたら、見つけて。」
「・・読んだ?」
「まだ、途中だけど。」

恥ずかしさに言葉が出せずにいると、彼は私に向かって、手を伸ばす。
「続きが読みたい。」
「え?」
「気になるから。」
「・・恋愛小説だけど?」
「恋愛・・はよく分からないけど、よければ読ませて?」
思ってもみないお願いをされ、私はどう答えていいか躊躇った。

二宮君は、この小説のモデルが自分だとは気づかなかったんだろうか?確かに名前も変えてるし、ぱっと見、分からないようにはしていると思うけど。

私が迷っている様子を見てか、彼は更に言葉を続ける。
「じゃあ、読ませてくれたら、代わりに昼おごる。」
「・・と言われても。」
「食後のケーキとかもつける。」
「・・・。」
「他に、何かしてほしいこととかあれば、それも。」
「ストップ。」

私の言葉に、彼はその瞳を瞬かせた。
「いいよ。読んでも。」
「本当に?」
「いいけど、他の人にこれ書いてる事話さないで?」
「何で?」
「・・恥ずかしいから。」
「恥ずかしがることじゃないと思うけど・・。了解。」
彼は、私からノートを受け取ると、嬉々として内容を読みだした。私はその様子を見ながら、机の上の参考書を開いた。

それから、続きを書く度に、二宮君に見せることになってしまった。
彼はいつも嬉しそうに小説を読む。あまりに間が開くと、催促までする。その割に、感想を求めても、彼は何も答えてはくれない。

「なぜ、私の小説を読むの?面白くもないでしょう?」
ある時、彼に直接尋ねたことがある。彼は、しばらく考え込んだ後に口を開いた。
「君の書く文章が、僕はとても好きだ。」
「・・ただの下手の横好きだよ?」
「いつどこで読んでも、篠原しのはらの文章は、僕には分かる。だから、書き続けてほしい。・・まぁ、筆跡見たら一発で分かるけど。」

私は彼に向かって、「物好きだね。」と言って、笑えたはずだ。


結局、私は彼に向かって、自分が好きだということを告白しなかったし、彼に会えなくなって久しい。彼が読んでいた小説だって、最後まで書き上げられずに終わった。その小説が、彼と自分のことを書いていたことに気づいていたのかどうかも、確認できていない。

私が、ネットに小説を投稿していることも、彼は知らないだろう。
あの時、書き上げられなかった小説も、いつかは完結させて、投稿したいとは思っているけど、その前に私が投稿し続けられるのかが問題だ。
このままだと、間もなく、筆をおいてしまう。

ネットに小説を投稿するのは簡単で、またネットから存在を消すことも簡単だ。ネットでは、実在する自分とは違う自分を演じている。「退会する」のリンクを押してしまえば、投稿してきた小説達はあっさりと消え、ネット上の私もいなくなる。本当に簡単なんだ。止めるのは。存在し続けることの方が難しい。

もう一度、私に向かって、言ってくれないだろうか。
私を繋ぎ止める。その一言を。
コメントかメッセージに、それを見ることができたら、私はまだ書き続けることができるような気がするから。

『君の書く文章が、僕はとても好きだ。
だから、僕の為に、書き続けてほしい。』

見出し画像、追加します。
二宮の存在は創作ですが、こう言ってもらえたら、書き続けていけるような気がします。言われたら嬉しい言葉。結局、自分の為だけでは、書き続けられない。

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