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【短編小説】結婚したからといって、いつまでも愛しているとは限らない。

「と思うんだ。どう思う?」

目の前の彼女は、一瞬キョトンとした顔をした後、フフフと笑い出した。

「そうかもね。」
「だろ?」

彼女は、俺を見ながら、日本酒を飲んだ。目尻はほんのりと赤いが、口調ははっきりしているから、それほど酔ってはいないのだろう。ただ、普段よりもよく笑っている。気分はいいのかもしれない。

「普段からそんなこと考えてたの?」
「いや、今、突然思い浮かんで。」
「好きになって、この人とずっと一緒にいたいと思って、結婚するんだろうけど。ずっと相手にときめくかと言われると、ときめかないわね。」
「つまり、相手のことを愛しているという気持ちが薄れるんじゃないか?」
「マンネリって奴?」

俺は、日本酒とチェイサーを交互に飲む。以前よりもお酒には弱くなった。大学生の時のように連日飲み会することもないし、飲み会自体機会が減った。飲む回数が減れば、お酒にも弱くなっていくものだ。

「でも、他に好きな人ができたわけでもないんでしょ?」
「そう。結婚相手のことを嫌いになったわけでもない。でも、愛しているかというと、違うような気がする。」
「釣った魚に餌はやらない、と。」
「・・・単に仕事が忙しいだけだよ。」
「それは、分かるけどね。子どもがいると、そういうのからも遠ざかるし。」

彼女は、こちらに向かって微笑む。久しぶりに見たその表情に、思わず動きを止めてしまった。ひょっとしたら機嫌がいいと思ったのは、見間違えだったのかもしれない。顔は笑っていたが、その眼差しに少し冷たい光が載った。

「私は、愛する気持ちが減ったわけではないと思う。」
「そうか?」
「毎日一緒にいるのに、終始ときめいていたら、全然落ち着かないでしょう?多分、相手のことを思う気持ちが変化していくんだよ。愛なんて、形には見えないものだから、人によって愛し方も違うだろうし、相手によっても違うだろうし。」
「まぁ、それはそうだろうけど。」

言っていることは分かるのだが、愛しているというのは、もっと強い気持ちではないだろうか?正直、結婚相手にいつまでもドキドキしたり、嫉妬とか、執着心とか、持ち続けるのは無理なのでは。と思ってしまう。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は言葉を続ける。

「結婚前みたいに、分かりやすい愛し方を、結婚後も、し続ける人がいるかもしれないけど、大体は、相手が空気のようになってくるから、そこまでしたら疲れちゃう。」
「空気・・いてもいなくてもいい存在ってこと?」
「・・・空気がないと、人は死んじゃうんだけど。」
「・・・。」

黙り込んだ俺を見て、彼女はそっけなく告げた。

「ただ、分かりやすく愛してほしいと望む人は、そうでない人と結婚した後、他の人に靡いたり、離婚を選択したりするんだろうね。当然それだけが理由じゃないだろうけど。」
「君も、分かりやすく愛してほしいと思うのか?」

「・・思ってたら、貴方と結婚してないでしょう?」
「・・俺は、君のことを嫌いになったわけじゃない。」
「そんなこと、分かってる。貴方が思う『愛してる』は、多分その分かりやすい『愛』なんでしょう。『恋』に近い『愛』。」

彼女は、そう言って、日本酒のグラスを空にした。俺は、そんな彼女を見ながら口を開く。

「付き合っている時は、お互いのことを分かり合っているわけじゃないから、分かりやすく愛を伝えないと、伝わらない、ということ?」
「そうそう。結婚して生活を共にしていくと、一緒にいる環境、雰囲気に満足してきて、愛を伝えあわなくても、大丈夫になってくる。」
「君と離れる気がないことが、愛していることの証拠か?」
「・・・一緒にいて嫌と感じないなら、たぶんそう。」

彼女の顔色が曇った。それを見て、俺は何を口走っているのだろうと思う。

「・・・なんか、俺、バカみたいなこと口にしたな。」
「お酒のせいかもね。2人でお酒飲むのも、久しぶりだし。」
「そろそろ、帰ろうか?」
「そうね。」

彼女と俺は、コートを手に立ち上がる。伝票は俺持ちだ。今回誘ったのは俺の方だったから。

「・・・俺に付き合ってくれてありがとう。」
「たまには、こうやって2人で外出とかしたい。」
「分かった。」

店から出る時に、久しぶりに手を繋いだ。彼女は一瞬驚いたような表情をした後、嬉しそうに顔を緩めた。今日は子どもが合宿で家にいないから、外に飲みに行こうかと誘ってみて良かったと思う。

少しは分かりやすく、彼女に愛を伝えるよう努力しよう。

結局、愛というものが、形あるものでないから、いろいろ悩むんだと思う。はっきり目に見えれば分かりやすいのに。

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