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【短編】叶えたくないと思ってしまいました。♯一つの願いを叶える者

画面に映る色とりどりの光に目をやりながら、イヤホン越しに聞こえる音楽に耳を傾けながら、僕は何度目か分からないため息をつく。
ため息をつくと、幸せが逃げると聞いたことがあるけど、本当だとしたら、僕の元に幸せが来ることは一生ないだろう。それくらいの数のため息を僕はこれまでについてきた。

僕の居場所はこの家の中だけ。
食事、風呂、トイレ、就寝。それ以外の時間は、この部屋で動画を見たり、インターネット内を巡って過ごす。母以外の人と最後に話をしたのはいつの事だっただろう。もうこんな生活を20年以上続けている。
自分が自由に使いたいお金を手に入れるために、たまにバイトをしたりもするが、定職には付かず、家にお金も入れていない。

僕の生活は、母の年金や父の保険金に頼っている。
母が死んでしまったら、自分は一体どうするのだろう。
姉はいるが、結婚してしまい、ここには年に一回帰ってくるかどうかだ。この間珍しく一人で帰ってきたが、一泊して帰ってしまった。僕とは顔も合わせていない。母が死んだ後も、姉には家庭があるから、僕の面倒は見てくれないだろうし。

僕は毎日漠然とした将来の不安を抱えながら過ごしている。

「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」
僕の目の前で、人の形をした白いもやが、腕を広げて言う。物にあふれ、雑然ざつぜんとした部屋の中で、その白い靄はなぜか光って見えた。

「本当に何でもいいの?」
「はい。」
その白い人物は、髪は短く、表情は分からず、服は全体的にゆったりとしたものを着ている。声は高くもなく低くもない。性別や年齢は分からない。ただ、声に何かりんとしたものが含まれているように感じて、仕事をしている感があった。

「僕はこのまま生き続けても、いいことなんてないと思ってる。」
その人は、僕が言う言葉を黙って聞いている。
「どうすれば、この状態から抜け出せるのかも分からない。本当は仕事をすればいいんだろうけど、今まで何の経験もない自分が、できる仕事なんて多分ない。」
「そうでしょうか?」

相手は首を傾げたようだった。僕はそれには答えずに、話を続ける。
「でも、このままだと母親が亡くなったら、お金もないから、食事にもありつけずこのまま死ぬんだろう。」
「そうですね。」
相手は早々に僕の話を聞くのを投げ出したようだ。気のない相槌あいづちを打ち出し始めた。

「もう、将来決まりきってるから、これを機に終わりにしたい。」
「・・死にたいってことですか?それが願い?」
「そんなの、方法なんていくらでもある。わざわざ叶えてもらわなくたって、自分でできるからいい。」
「では、願いは何ですか?私はそれを叶えに来ましたので。ただし、一つだけですよ。複数に変えることはできませんからね。」

相手は僕の目の前に人差し指らしきものを突き出して、そう言い放った。そして、僕の返事を待っている。
「この世界ごと終わりにしてほしい。」
「つまり、この世界を壊すというのが願いですか?」
「できる?」
「もちろんです。叶えられますよ。でも随分大きな願いですね。他の人も巻き込んじゃっていいんでしょうか?」

「自分の目の前にいない人がどうなろうが、僕にはどうでもいい。」
「ご家族の方も・・ですか?」
「確かに母には感謝してるし、すまないと思ってる。僕が自殺したら、きっと将来の不安はなくなるけど、母にも迷惑をかけるから、一緒にこの世界ごとなくなった方がいいと思う。姉のことも嫌いではないけど、ここ最近はやり取りもないから。」

そこまで言ってハッとした。目の前でこの願いを叶えようとしている人も、巻き込むことになるけど、それはいいのだろうか。
「でも、こんなことを願ったら、貴方も巻き込むことになるよね?」
相手は、僕の顔を見て、動きを止めた。何か変なことでも言ってしまっただろうか。
「・・私は、貴方の願いを叶えたら消えてしまいますから、問題ありません。」

「そうなの?さすがにこんな僕の願いに巻き込むのは、駄目かなと思ったんだ。そうでなくてよかった。」
「貴方は、なぜ私のことを気にかけるのですか?」
「だって、貴方は僕の願いを叶えてくれるんだろう?僕に救いをくれる人のことを考えるのは当然だと思うけど。」
そう言ったら、相手はなぜか震えた声で答えた。

「貴方は間違っています。」
「うん。分かってる。」
「それでも、願いは変えないのですね?」
「うん。変えない。」
相手は大きく息を吐いた。その音だけが僕の耳に届く。

「初めて、この願いを叶えたくないと思ってしまいました。」
そう言って、彼もしくは彼女は、僕の背中に腕を回し、僕の体を胸に引き寄せた。白い靄なのに、ぬくもりも感触も確かにあった。僕は目の前が涙で揺らぐのを感じた。
2人の周囲で、激しい衝撃音がなり、空間に無数の亀裂きれつが走った。

貴方の願いは叶えました。という言葉とともに、目の前に細かい網目模様が走る。そして、パンという音と共に、僕らごとすべて崩れ去った。


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あと5日。

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