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【短編】そういう反応になりますよね。♯一つの願いを叶える者

家に帰ったら、愛猫が死んでしまったと聞かされた。

今日の昼間に宅配便を受け取った時に、玄関から外に出て行ってしまったらしい。母が後を追いかけたものの、姿が見当たらず、名前を呼びながら辺りを探していた時、車のブレーキ音が聞こえ、その場に駆け寄った時には、愛猫は車に引かれて息絶えてしまっていたという。

愛猫の名前は、コロンと言った。
錆猫さびねこのメス。黒と茶がまだらに混じり合った色。家族には人懐っこく、私が友達から子猫の時に譲ってもらったこともあって、家にいる猫の中では、一番可愛がっていた。

庭に置かれた木箱の中に、コロンのお気に入りの毛布を引かれていて、その中にまるで眠っているかのように、彼女がいた。
車に引かれたとはいえ、ぶつかっただけのようで、体に大きな怪我は見当たらなかった。
私は彼女の体を撫でながら、その場にうずくまっていた。

「こんにちは。」
突然背後から声をかけられ、私は慌てて顔を拭って、声がしたほうを振り返る。庭の隅に人が立って、こちらを見つめている。髪は短く、白のオーバーサイズのTシャツに、白ジーンズ。スニーカーも白。肌も白いので、全体的に白い人型の輪郭が目に焼き付いた。

「どこから庭に入ってきたんですか?」
「・・門が開いていたので、失礼させていただきました。」
そう言ってやんわりと微笑む。何となく掴みどころのない人だと感じる。
「家に何かご用でしょうか?」
「私が用事のあるのは貴方です。」

そう言う相手の顔や姿をじっと見つめてみるが、私はこの人に会った覚えはない。それどころか中性的な容姿で、この人が男なのか女なのかもよく分からなかった。

相手は、私の目の前で腕を広げて、こう言った。
「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」

「・・何の冗談ですか?」
「まぁ、そういう反応になりますよね。」
相手は私のことを見て苦笑する。
「どう説明すればいいでしょうか。私は先ほど言ったように、貴方の願いを一つ伺ってそれを叶えるためにここに来ました。貴方の願いを聞いたら、私はこの場からいなくなります。」

「何のためにそんなことをするんですか?それと引き換えに何か差し出せとか?」
「悪魔みたいですね。でも特に何も提供していただかなくて結構です。何のために行なっているのかは答えられません。私にも分かりませんので。」
相手はそう言って、首を傾げた。

「願いは何でも構いません。お金とか地位とか名誉とか、変わったところで永遠の命とか、病気を治してほしいとかもありました。」
相手は私の隣にある箱の中に視線を移した。
「誰かを生き返らせてほしいとか。」
相手の言葉に、私の口の端がピクリと反応する。

「ただし、叶えられる願いは一つだけです。それを複数に変えることはできません。」
「コロンを生き返らせてほしいと願っても?」
「コロン?」
私が箱の中の彼女に視線を移したのにつられて、相手も箱の中に視線を落とした。

「その猫のことですね?」
「そう。今日の昼に交通事故に遭って死んだの。」
「もちろん。叶えられますよ。」
「本当に?」
「はい。でもせっかくの願いなのに、猫のために使ってしまっていいのですか?自分のために使われることをおすすめしますが。」

他にも叶えたい願いがあるでしょう?と、相手は無邪気な笑顔を示す。
その言葉を受けて、私は考え込んだ。
お金があったら、これからの生活も安泰あんたいだろう。でも、学生の身分の私にお金があっても、使い道も分からないし、結局貯金するだけになるんじゃないかな。トラブルの元になりそう。

地位や名誉なんて、別にいらないし。好きな人はいなくもないけど、このたった一つしか叶わない願いを使わなくてもいいんじゃないだろうか。それよりも、絶対に叶わないような事柄を願うべきでは?
コロンを生き返らすというのは、私の力でも、いやどんな力であってもできないことだと思う。

「猫とはいえ私の大切な家族です。コロンを生き返らせてください。」
「わかりました。」
その人は私の願いに頷くと、箱の中に入っていたコロンを抱き上げた。血は既に乾いているのか、白い服や白い腕に血がついて赤くなることはなかった。

その状態で、その人は空中に目をやると、そっとまぶたを閉じた。そして、しばらくすると、コロンを私に向かって両手で差し出した。私がその仕草につられて、コロンを腕の中に受け取る。

「コロン。」
私の声に反応して、コロンの耳がぴくぴくと動き、私を見上げて一声鳴いた。私は嬉しくなって、彼女を抱く腕に軽く力を籠める。コロンも嬉しいのかゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

私達の様子を静かな眼差しで見つめていた白い人物は、またとらえどころのないふんわりとした笑みを浮かべた。
「貴方の願いは叶えました。」

気づくと私はコロンを抱いたまま、庭の中央に立っていた。
一瞬私は何をしていたんだっけと考える。辺りを見回してみたが、普段と特段変わったところはない。
確か・・コロンが外に出ちゃって、探してたんだっけ。腕の中にいるということは、庭でコロンを見つけたんだろう。

つい先ほどのことを忘れるなんて、疲れてるのかな。と思っていると、コロンが私の腕から抜け出ようと体を動かし始める。私は慌てて、家の中に戻り、母にコロンが見つかったと声をかける。

部屋の中に放たれたコロンは、空中を見上げて、一鳴きした。

多分この内容が気に入ってしまったのだと思われます(他人事)。補足として、願いが叶うと補正が入り、その出来事自体は忘れられ、周りの記憶等も矛盾がないように書き変わります。

願いを叶えてくれるものが出てくる他の短編を読んでいない方は、以下からお読みください。

あと6日。

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