見出し画像

【短編】七夕プラネタリウム/有森・古内シリーズその12

声なく天井に投影された星空を見つめる彼の姿は、近いようで遠い。
星空を見つめるふりして、私は隣に座る彼の姿を目に焼き付けようとする。瞳に映る光がとても綺麗だ。私はいつまで、彼の姿を隣で見ていることができるんだろうか。


「プラネタリウム?」
「そう、駅前のビルに小さな科学館が合って、そこに併設されてる。知らない?」
学校からの帰り道。梅雨は明けて暑い日が続いている。でもいつ夕立が降ってくるか分からないから、私も彼も通学バッグの中に、折り畳み傘を必ず忍ばせるようになった頃のことだった。

「図書館のあるビルでしょ?図書館は何度も行ってるから。知ってはいるけど、行ったことはないな。」
「予約は取れないみたいだから、行っても定員オーバーで見られないことはありそうだけど、行くだけ行ってみようよ。」
思い出作るんだろ?と言葉を続けられ、私はそうだね。と言って笑ってみせた。

この間、彼、有森理仁りひとから、高校は大学付属のところにすると聞かされた。希望高校に合格すれば、彼は寮生活になり、こちらには頻繁に帰っては来られなくなるそうだ。
私は、こちらの公立高校を受ける予定だ。併願で女子大の付属高校を受けるが、あくまでも滑り止めで、公立は最初から合格圏内だ。余程成績が落ちない限り、合格はするだろう。

実を言うと、私は彼と付き合う前から、彼と高校は別れてしまうだろうと思っていた。私と違って、彼は将来なりたい者、やりたい事が明確で、それに合わせて高校を選択するだろうと思っていた。だから、彼が言ったことは私の想定内でもあったのだが、まさか寮生活になるとは思っていなかった。
しかも、大学もそのまま進学するだろうから、少なくとも7年はその状態が続く。

私は、お互い希望校に合格したら、この付き合いをどうするかという問題を、棚上げにした。まずは目の前のことを考えようと、自分と彼に言い訳して。もし、別れることになってしまっても、それまでの間にたくさん思い出を作ろうと、自分と彼に言い聞かせて。
私はもう薄々気づいている。多分私達は中学を卒業すると同時に、別れるだろうことを。


朝の9時に、駅ビル内の図書館で待ち合わせにした。
図書館に現れた彼は、水色の半そでシャツに、パンツ姿だった。私は色々悩んだ結果、白の半袖フリルブラウスに紺のスカートを着ていた。
「可愛いけど、制服っぽい。」
「・・何着ていけばいいか分からなかったんだよ。」
彼は私の言葉を聞くと、楽しそうに笑ってみせた。

科学館にあるプラネタリウムの券売機に向かう。
「13時半からのプログラムが見たい。理仁りひと君。」
私は、プラネタリウムのスケジュール表を一瞥いちべつすると、隣にいる彼を見上げて、言った。彼は、僅かにその瞳を瞬かせた後、私の言葉を受けて、プラネタリウムのスケジュール表を眺めた。

莉乃りのも、ちゃんと可愛いものが好きなんだ。」
「言い方!私も一応女の子だから。」
私が見たいと言ったのは、あるキャラクターが登場するプログラムだった。学校には持っていけないが、自宅の机の引き出しとか、外出する時に持ち歩く小物類は、キャラクター物やカラフルな物が多かったりする。

彼は私の願いをんでくれて、券売機で13時半からのプログラムの券を2枚買った。
それまでの時間を潰すため、併設されている科学館を見ることになった。科学館と言いつつ、手作り感があふれた展示物が並んでいる。朝9時という早さからか、科学館にいる人も少ない。一通り展示物を見て、利用して回る。

科学館の一角に、笹が飾ってあった。笹には色とりどりの短冊が付けられている。そうか、七夕か。と腑に落ちた。小学生の頃は、七夕に合わせて願い事の短冊を書いたことがあるが、中学生で同じようなことはしない。そのため、七夕だということをすっかり忘れていた。
笹の下には、テーブルとまだ何も書かれていない短冊、ペンが置かれている。自由に短冊を書いて、飾っていいようだ。

「何か、書いていこうか?」
私が笹を見ているのに気づいて、彼が声をかけてきた。2人で短冊を手に取り、願い事を書いていく。
「何て書いたの?願い事。」
書き終わった私の短冊を彼がそう言って覗き込もうとしたので、私はとっさに手で隠した。

「人に見せたら、願い事は叶わないからダメ。」
「そんなこと、聞いたことないけど。」
「ダメなものはダメ。」
彼は苦笑してみせると、自分の短冊を笹に吊るした。私も彼の願い事が叶わないのは嫌なので、短冊を見ないようにして、自分の分を笹に吊るす。
叶わないと分かっていても、書いてしまった願い事。

『いつまでも、理仁と一緒にいられますように。』


プラネタリウムを見た後、私達は近くのカフェで、お茶を飲んでいる。
お茶を飲み終わったら、共に自宅に帰る予定だった。

「星空、綺麗だったね。実際に天の川って見られるのかな?」
家の近くで空を見上げた時に、天の川を見た覚えはない。住宅街だから、家の明かりが邪魔をしているのかもしれない。それに実は家にはベランダがなかった。彼は私の言葉に少し考え込む様子を見せた後、口を開いた。

「前に桜を見た川沿いの並木道に行ったら、天の川見られるかなとは、思うんだよね。」
「そうかも。近くに家もないから、暗いし。」
「でも、夜に外出なんて許してもらえないよね。特に莉乃は。女の子だし。」
そう言われて、私は口を噤む。多分父親に知られたら、怒られると思う。母親なら、何とかなるかもしれないけど。

「家は窓からあの川が見えるくらいの距離だから、まぁ、少しくらいの外出は許してもらえそうだけど。・・兄貴に頼んでみる?付き添い。」
「迷惑なんじゃない?」
「どうせ暇してるから大丈夫だよ。それに兄貴は莉乃のことも気に入ってるから。何なら百合ゆりさんも誘おうか?」
「お兄さんと百合さんは、今もお付き合いしているの?」

私の言葉に彼は首を傾げて言った。
「別れたって話は聞いてないから。それにそんなことになったら、どれだけ落ち込むか。。こちらにとばっちりが来る。」
彼は、年の離れたお兄さんと仲がいい。彼の言った様子が容易に想像できて、私はクスクスと笑った。
「本当に羨ましいよ。僕も早く成長したい。そうしたら、莉乃を不安にさせないのに。」

彼にしては珍しく弱気な言葉に、私はクリームソーダを飲もうとした手の動きを止めた。
「僕はまだ中学生で、もちろん将来なんて全く分からない。だから、莉乃を僕が幸せにするなんて、とても言えない。」
「そんなこと、私も分かってるよ?」
「僕には圧倒的に力がない。」
「・・理仁君は私に元気をくれてる。」

私がそう言ったら、彼は困ったような笑みを浮かべて、「ありがとう。」と呟いた。

本当は昨日が七夕なので、昨日中に投稿したかった。ですが、今日七夕だと気づいたのが、当日の朝だった。さすがにまとまらなくて断念しました。『七夕プラネタリウム』は何となく響きがいいタイトルだと思う。
昨日夜空を見上げてみたものの、雲が多くて、星はあまり見られませんでした。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。