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【短編小説】貴方は彼女のことが好きなんだと思います。

誰かのことが好きなのかどうか、それは傍から見るとよく分かったりする。たとえ、本人がその気持ちに気づいていなかったとしても。


マッチングアプリで知り合った男性と、ドライブに行くことになった。

私はその人と初対面だったが、あまり緊張はしていなかった。なぜなら、その時の私は、アプリで知り合った人と会うことを繰り返していたから。大学生になって初めてできた彼氏に振られてから、私は彼を忘れるために、少しだけ女性らしい綺麗な格好をして、異性に会う。もし、いい人だったら、そのまま付き合って、新しい恋で今までのことを上書きしてしまえることを期待して。

今までその期待が叶ったことはない。私の気持ちが相手に伝わってしまっているのかもしれないし、単に縁がないからかもしれない。

車の運転は苦手だから、全て相手の人がしてくれた。本名を皆に教えるわけはいかないので、仮に名倉なぐらさんとしておこう。名倉さんは間もなく大学院を卒業して、国家公務員になることが決まっているエリートだった。将来有望という意味では、期待がもてる。

一応目的地は、少し離れた観光地である場所に決めた。そこまで高速を使わず下道で進むことに決める。会話が続かなくなった時のために、ラジオを小さめの音で流した。この車は、わざわざ名倉さんがレンタカーを借りてきてくれた。普段は車を使う機会がないそうで持っていないと言っていた。実は私は車を持っているけど、その事は明かしていない。

さて、何を話そうか。

大抵、私より年上の人が多かったりするので、話は相手がしてくれることが多い。働いている人なら仕事の話とか、なぜ、アプリを使うことになったのか、今までの戦果はとかも、教えてくれる人がいる。そんな中、名倉さんが私に語ってくれたのは、他の人とは毛色の違った話だった。

「宮部さんは、今までに付き合った人はいる?」
「いますよ。」
「もしよかったら、女性の意見を聞きたいんだけどさ。」
「私で力になれるか分からないですけど。」

彼には、付き合ってはいないけど、仲のいい女性がいる。彼は彼女のことが好きなわけではないと言う。でも、彼女は生活力がなく、一時期は一緒に暮らしていたこともあるらしい。でも、恋人同士ではない。ただの同居人。名倉さんからすると、彼女は妹のような存在だという。

「はぁ。その彼女は普段何をしてるんですか?」
「僕が大学に行っている時は、何しているか分からないな。帰ったら家にいることもあるし、いないこともあるし。でも、度々夜中に酔って帰ってくることはあった。」
「でも、生活力のない彼女なんですよね?外で遊ぶお金はどこから?」
「勝手に銀行から引き出してたんじゃないかな。」

よく分からない。その銀行には誰がお金を入れていたのか。もしかしてと思って、彼に尋ねると、彼はあっさりと自分がお金を入れていることを認めた。

「キャッシュカード、渡してたんですか?」
「そう。」
「彼女は、名倉さんのお金で遊んでるってこと?」
「まぁ、そんなに高額は入れてないよ。」

いや、だからといって非常識な。住むところもあって、使えるお金もあったら、そりゃあ、何もせず遊びまくるでしょ。しかも、その対価を求められないのだから。

「・・でも、今は一緒に住んでないんですよね?」
「あまりに生活が怠惰だから、その事を指摘したら、怒って出て行っちゃって。」
「連絡は取れないんですか?」
「取れる。その内、連絡来るだろうと思って、こちらからは連絡してないけど。」

彼女の生活力が育たないのは、名倉さんが彼女を甘やかしまくった結果だと思う。

「でも、さすがになかなか連絡来ないから心配になってきて。彼女の気持ちが分かればと思って、宮部さんに聞いてみた。」
「・・どれくらい経ってるんですか?彼女がいなくなって。」
「一ヶ月くらい。」
「友達の所とか転々としてそうですけど、連絡を入れてみてはどうですか?彼女は名倉さんからの連絡を待っているかもしれませんよ。」
「・・そうかな。」

名倉さんは、僅かに口の端を緩めた。私はそれを横目で見ながら、息を吐く。

彼女が名倉さんのことが好きで、気を引きたくてそういう行動をとっていたのか、はたまた、単に彼を利用するつもりで一緒にいたのかは分からない。本当は妹のような存在ではなく恋人になりたかったのかもしれない。

でも、全ては推測でしかない。
面と向かって、相手に問いかけないと答えは得られないと思う。

「そういえば、キャッシュカードは回収したんですか?」
「いや、まだ彼女が持ってる。」
「それは取返すべきでは?」
「使ってる様子はないんだけど。。」
「それを理由に連絡を取りましょう。で、彼女とちゃんと話し合ってください。」
「・・・。」

しばらくして、車は目的地に到着した。車から降りた時に、名倉さんは私の隣に立って、躊躇ったようにその口を開いた。

「宮部さん、僕と付き合ってくれないかな。僕の話を真剣に聞いてくれて、相談に乗ってくれた人は君が初めてだった。」
「・・気持ちは嬉しいですけど、お断りします。」

目を見開く彼に向かって、私は言葉を続けた。

「友人としてだったらいいですけど、他に好きな人がいる人と、恋人になろうとは思いません。」
「好きな人・・。」
「私が側についていてあげますから、彼女に連絡を取りましょう。そして、本当の気持ちを伝えてください。うまくいかなくても慰めてあげます。友人として。」

私は彼にそう言って、連絡を取ることを促した。彼は、渋々ながらも私の言葉に応えてスマホを取り出す。私はその様子を見ながら、もうアプリを使うのはこれで終わりにしようと、心に決めた。

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