膝枕外伝 膝十夜「第十夜」

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。

第十夜は原作通り、第八夜に登場したあの方が再び。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)

第十夜

薫が女にとらわれてから7日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に就いていると言ってナオキが知らせに来た。

薫は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。きらきら光る帽子を被って、夕方になると膝屋の店先へ腰をかけて、往来の女の膝を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれというほどの特色もない。

あまり女が通らない時は、往来を見ないで膝枕を見ている。膝枕にはいろいろある。体脂肪40%、やみつきの沈み込みを約束する「ぽっちゃり膝枕」。母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇る「おふくろさん膝枕」。「小枝のような、か弱い脚で懸命にあなたを支えます」がうたい文句の「守ってあげたい膝枕」。頬を撫でるワイルドなすね毛に癒される「親父のアグラ膝枕」……をすぐに持って行けるように並べてある。薫はこの膝を見ては綺麗だと言っている。商売をするなら膝屋に限ると言っている。そのくせ自分はきらきら光る帽子を被ってぶんぶん遊んでいる。

この膝がいいと言って、箱入り娘膝枕などを品評する事もある。けれども、かつて銭を出して膝枕を買った事がない。ただでは無論頭を預けない。色ばかり褒めている。

ある夕方1人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えてレースがたくさんあしらわれた白のブラウスに白のスカートを穿いている。その服装の色がひどく薫の気に入った。その上薫は大変女の膝に感心してしまった。そこで大事なきらきら光る帽子を脱って丁寧に挨拶をしたら、女は剛毛すね毛膝枕のナビオを指して、これを下さいと言うんで、薫はすぐナビオを取って渡した。すると女はそれをちょっとげてみて、大変重い事と言った。

薫は元来膝人ひざじん、いや暇人の上に、すこぶる気作な男だから、ではお宅まで持って参りましょうと言って、女といっしょに膝屋を出た。それぎり帰って来なかった。

いかな薫でも、あんまり呑気過ぎる。只事ただごとじゃ無かろうと言って、親類や友達が騒ぎ出していると、7日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、薫さんどこへ行っていたんだいと聞くと、薫は電車へ乗ってここより大きなまちへ行ったんだと答えた。

何でもよほど長い電車に違いない。薫の言うところによると、電車を下りるとすぐと原へ出たそうである。非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかり生えていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁きりぎし天辺てっぺんへ出た。その時女が薫に、ここから飛び込んで御覧なさいと言った。底を覗いて見ると、切岸きりぎしは見えるが底は見えない。薫はまたきらきら光る帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、蜂に刺されますがようござんすかと聞いた。薫は蜂と唐辛子が大嫌いだった。けれども命にはえられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合わせていた。ところへ蜂が1匹羽を鳴らして来た。薫は仕方なしに、持っていた膝枕エレクトロニークスのマイクで、蜂の針を打った。蜂はぶうんと言いながら、ころりと引っ繰り返って、絶壁きりぎしの下へ落ちて行った。薫はほっとひと息ついでいるとまた1匹の蜂が大きな針を薫に突き刺しに来た。薫はやむをえずまたマイクを振り上げた。蜂はぶんと鳴いてまた真逆様に穴の底へ転げ込んだ。するとまた1匹あらわれた。この時薫はふと気がついて、向うを見ると、遥の青草原の尽きる辺から幾万匹か数え切れぬ蜂が、群をなして一直線に、この絶壁の上に立っている薫を目懸けて羽を鳴らしてくる。薫は心から恐縮した。けれども仕方がないから、近寄ってくる蜂の針を、1つ1つ丁寧に膝枕エレクトロニークスのマイクで打っていた。不思議な事にマイクが針へ触りさえすればころりと谷の底へ落ちて行く。覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった蜂が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの蜂を谷へ落したかと思うと、薫は我ながら怖くなった。けれども蜂は続々くる。黒雲にジェットエンジンが付いて、青空を覆い尽くすような勢いで無尽蔵に羽を鳴らしてくる。

薫は必死の勇をふるって、蜂を7日6晩叩いた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻のように弱って、しまいに蜂に刺されてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。

ナオキは、薫の話をここまでして、だからあんまり女の膝を見るのは善くないよと言った。自分ももっともだと思った。けれどもナオキは薫のきらきら光る帽子が貰いたいと言っていた。

薫は助かるまい。きらきら光る帽子はナオキのものだろう。

あとがき

今回参考にさせていただいた作品です。

履歴

2022年11月22日 第十夜公開。
同 日     中原敦子さん(膝番号68)に膝開きいただきました! ありがとうございます!

2022年11月30日 本文を修正。縦書きpdf原稿を追加。

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縦書きpdf原稿

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