膝枕外伝 膝十夜「第五夜」

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。

第五夜は手に汗握る(?)あのシーンから。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)

第五夜

こんな夢を見た。

何でもよほど古い事で、膝神代ひざかみよに近い昔と思われるが、自分が修羅場でラップバトルをして運悪く敗北まけたために、生擒いけどりになって、ヒサコの前に引き据えられた。

その頃の人はみんなレベルが高かった。そうして、みんな長い韻を踏んでいた。革の帯を締めて、それへマイクを釣るしていた。ビートは誰かが作ったのをそのまま用いた。漆も塗ってなければみがきもかけてない。極めて素朴なものであった。

ヒサコは、歯ブラシの真中を右の手で握って、その歯ブラシを草の上へ突いて、植木鉢を伏せたようなものの上に腰をかけていた。その顔を見ると、形のいい唇がわなわな震えている。

自分は虜だから、腰をかける訳に行かない。草の上に胡坐あぐらをかいていた。足には大きな藁沓わらぐつ穿いていた。この時代の藁沓は深いものであった。立つと膝頭まで来た。その端の所は藁を少し編み残して、房のように下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。

ヒサコは嫉妬の火で自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、浮気男にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えるとヒサコにつく意味で、死ぬと言うと妻につくと言う事になる。自分は一言死ぬと答えた。ヒサコはビートのリズムを無視して、腰に釣るしたマイクをするりと抜きかけた。それへ風になびいたラバダブが横から吹きつけた。自分は右の手を楓のように開いて、たなごころをヒサコの方へ向けて、眼の上へ差し上げた。待てと言う相図である。ヒサコはマイクの電源を切った。

その頃でも膝枕はあった。自分は死ぬ前に箱入り娘膝枕のしーちゃんに膝枕されたいと言った。ヒサコは夜が開けて猫が鳴くまでなら待つと言った。猫が鳴くまでにしーちゃんをここへ呼ばなければならない。猫が鳴いてもしーちゃんが来なければ、自分はもうあの柔らかな膝の感触を味わうことができなくなってしまう。

ヒサコは腰をかけたまま、嫉妬の火を燃やしている。自分は大きな藁沓を組み合わしたまま、草の上でしーちゃんを待っている。夜はだんだん更ける。

時々ビートが崩れる音がする。崩れるたびに狼狽うろたえたようにリズムがヒサコになだれかかる。形のいい唇はさることながら、ヒサコの膝がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい噂をたくさんヒサコの耳に入れて行く。しばらくすると、手がぽきぽきと鳴る。暗闇を弾き返すような勇ましい音であった。

この時しーちゃんは、裏の楢の木につないである、白い馬を引き出した。たてがみを三度撫でて高い背にひらりと飛び乗った。くらもないあぶみもない裸馬はだかうまであった。長く白い足で、太腹を蹴ると、馬はいっさんに駆け出した。誰かがヒサコに告げ口をしたので、遠くの空が薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸けて闇の中を飛んで来る。鼻から火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでもしーちゃんは細い足でしきりなしに馬の腹を蹴っている。馬は蹄の音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。スカートにあしらわれたレースが吹流しのように闇の中に尾を曳いた。それでもまだ自分の所まで来られない。

すると真闇な道の傍で、たちまちにゃおんという猫の声がした。しーちゃんは身を空様そらざまに、両膝で挟んだ手綱をうんと控えた。馬は前足のひづめを堅い岩の上に発矢はっしと刻み込んだ。

にゃおんと猫がまた一声鳴いた。

しーちゃんはあっと言ったか言わずか、めた手綱を一度にゆるめた。馬は諸膝もろひざを折る。しーちゃんと共に真向まともへ前へのめった。転がったしーちゃんを脇に抱えて、ヒサコは闇に消えた。

蹄の跡はいまだに岩の上に残っている。猫の鳴く真似をしたものは流しのMCである。この蹄の痕の岩に刻みつけられている間、流しのMCは自分の好敵手ライバルである。

あとがき

今回参考にさせていただいた作品です。

拙作ですが。

履歴

2022年11月17日 第五夜公開。
2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)に膝開きいただきました! ありがとうございます!

2022年11月29日 本文を修正。縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月11日 酒井孝祥さん(膝番号109)が読んでくださいました! ありがとうございます!

2023年1月20日 「うきと朗読人達の朗読部屋」の中で中原敦子さん(膝番号68)にお読みいただきました! ありがとうございました!

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縦書きpdf原稿

ルビ付き

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