膝枕外伝 膝十夜「第一夜」

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。

第一夜の登場人物は男(語り手)と女です。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)

第一夜

こんな夢を見た。

腕組をして胡座すわっていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう沈みますと言う。長い髪を私の腿に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、形のいい唇の色は無論赤い。とうてい沈みそうには見えない。しかし彼女は静かな声で、もう沈みますと判然はっきり言った。自分も確かにこれは沈むなと思った。そこで、そうかね、もう沈むのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。沈みますとも、と言いながら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな潤いのある眼で、長いまつ毛に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な瞳の奥に、自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。

自分は透き徹るほど深く見える彼女の白膝の色沢つやを眺めて、これでも沈むのかと思った。それで、ねんごろに陶器膝枕へ口を付けて、沈むんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると彼女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、沈むんですもの、仕方がないわと言った。

じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を女から離した。腕組をしながら、どうしても沈むのかなと思った。

しばらくして、女がまたこう言った。

「回鍋肉に沈めて下さい。ヒザラ貝で穴を掘って。そうして陶器の破片をしるしに置いて下さい。そうしてそばに待っていて下さい。また合い挽きに来ますから」

自分は涙を流しながら、いつ逢いに来るかねと聞いた。

「熱いと口から火が出るでしょう。それから水を飲むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた冷やすでしょう。――赤い膝が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、食べていられますか」

自分は黙ってうなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、

「130年待っていて下さい」と思い切った声で言った。

「130年、回鍋肉を食べて待っていて下さい。きっと合い挽きに来ますから」

自分はただ待っていると答えた。すると、黒い瞳のなかに鮮やかに見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、彼女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう沈んでいた。

自分はそれから膝をにじらせて軽くなった上半身を箱庭へ運び、足に挟んだヒザラ貝で穴を掘った。ヒザラ貝は板状の曲がった貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂いもした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびにヒザラ貝の裏に月の光が差した。

それから陶器の破片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。陶器の破片は丸かった。長い間転生を繰り返している間に、角が取れて滑らかになったんだろうと思った。腿に抱きあげて土の上へ置くうちに、自分の腰と膝頭が少し暖かくなった。

自分は苔の上に座った。これから130年の間こうして待っているんだなと考えながら、正座の姿勢で、丸いアメジストに膝頭を向けていた。そのうちに、女の言った通り膝が東から出た。大きな赤い膝であった。それがまた女の言った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。1人と自分は勘定した。

しばらくするとまた唐紅からくれないの膝枕がのそりとのぼって来た。そうして黙って沈んでしまった。2人とまた勘定した。

自分はこういう風に1人2人と勘定して行くうちに、赤い膝をいくつ数えたか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い膝が少しずつ伸びていく自分の上を通り越して行った。それでも130年がまだ来ない。しまいには、四肢の揃った自分を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。

するとアメジストの下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺らぐ茎の端に、心持首を傾けていた小さい蕾が、ぱっちりと弁を開いた。真白なツルドクダミが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は膝を前へ出して冷たい露の滴る、白い花に接吻した。自分が花から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、"ひ座"の一等星がたった1つ瞬いていた。

「130年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

あとがき

今回参考にさせていただいた作品です。

市河大河作『石枕』

履歴(拾い切れてなくてすみません)

2022年11月13日 第一夜公開。
2022年11月18日 鈴木順子さん(膝番号99)に膝開きいただきました! ありがとうございました!

2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)に全編通してお読みいただきました! ありがとうございました!

2022年11月29日 縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月7日 酒井孝允さん(膝番号109)の語りに山口三重子さん(膝番号129)が即興でピアノを演奏してくださいました! ありがとうございました!

2022年12月8日 河田利恵さん(膝番号76)がゲリラで読んでくださいました! ありがとうございました!

2023年1月20日 「うきと朗読人達の朗読部屋」の中でYukoさん(膝番号65)にお読みいただきました! ありがとうございました!

2023年5月2日 朗読王・徳田祐介さん(膝番号2)にお読みいただきました! ありがとうございました!

同日 総ルビ付きpdf原稿を追加。

[Next night→] 第二夜

縦書きpdf原稿

ルビ付き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?