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「膝枕」外伝 短編小説「当直医が見た膝枕」

この作品は、Clubhouseで多くの読み手によって読み継がれている、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」を基にした派生作品です。派生作品は拙作の「ヒサコ」「僕のヒサコ」を含めて50作を超え、その中には「占い師が観た膝枕」シリーズや「ナレーターが見た膝枕」、「執刀医が見た膝枕」など、「xxxが見た/観た膝枕」というタイトルの作品がいくつかあります。ある時、私は「執刀医があるなら当直医も面白いんじゃないか? 当直といえば普通は夜を連想するし、夜の巡回といえばホラーだよね」と漠然とイメージし、何かのタイミングで今井先生のツイートに提案したら「番頭さん書いて💕」とハートマーク付きでリプライが返ってきました。これは書くしかないと一気に――私としては十分速い、早い10日程で――書き上げたのが本作です。

※ 改訂しました(2022/06/06)

当直医が見た膝枕

 ズリ、ズリ、ズリズリ……。その音は廊下から聴こえてきた。桼谷うるしだにはそのかすかな音にドキリとして手を止め身構えた。当直室で一人、カルテを整理し、これから巡回に出ようとしたときであった。
「ここまで来たのか」彼はひとりつぶやいた。
 ズリ。音はドアの前で止まった。大きく息を吸ってドアを凝視する。ノブがゆっくりと回り、ドアがスーっと開けられる。
「誰だ」思わず声が出る。
「俺だよ」
 入って来たのが先輩の松倉まつくらだと認めると桼谷うるしだにはフウっと息を吐いた。
おどかさないでくださいよ」
「入って来ただけでどうしておどろくんだよ」
「音ですよ。なんでそんな足音立てるんですか」
「ほら、最近、巡回の靴音がうるさいって患者さんからクレームあっただろ」
「だからってり足はおかしいでしょ。また出たかと思いましたよ」
「出たって、何が」
「何って、どう説明したらいいのかな。その、下半身の……」
「露出狂か」
「違いますよ。下半身だけの人間? その……物体がいたんですよ」
「全くわからん」
「先輩、聞いてないですか? ほら、このあいだの当直の時――1時頃だったかなあ、外科病棟を巡回してたんですよ。あそこの廊下って暗いでしょ。なんかいやな感じがしたんですけどね、廊下の奥にぼんやりと白っぽい玉みたいな物が二つ見えたんですよ。で、それが交互に揺れながらこっちに向かってくるんですよ。うわっと思って後ずさりしながらよく見たら、その丸いものは膝頭ひざがしらで、正座した状態でももを動かして前進してるんですよ。ズル、ズル、ズルズルって。そしてきわめつけは上半身がないってことなんですよーー!」
「落ち着け。話の内容よりもお前の顔が怖いよ」
「話、怖くないですか」
「お前がどれだけ怖かったかはよくわかったよ。でも、自分で体験しないことにはどうも実感が湧かないんだよな」
「じゃあ、体験しましょう!」
「はあ?」
「これから巡回なんですよ。付き合ってくださいよ。きっと出ますよ」

      ★

「この辺です。暗いでしょ」
 規定の順路で巡回をこなし、最後に二人は外科病棟に移った。この病院は三年越しで建て替えを進めているが、外科病棟はまだ古いままで湿っぽく照明も暗い。しかも手術室前のこの廊下は、通常あまり人が通らないのもあってさらに暗く、切れかけた非常灯が点滅しているだけだった。
「あっ……」
 非常灯がプツリと消えて廊下の奥が真っ暗になった。それは出現の合図だったのか、怪奇現象の予告だったのか、白い膝頭が二つ、ポワっと闇に浮び上がった。
「うわっ」
桼谷うるしだに、ちょっとたしかめてこい」
「いやですよ、先輩が先に行ってくださいよ」
「誘ったのはお前だろ」
「そんなの関係ないでしょ」
 だが、たしかめに行く必要はなかった。その下半身だけの物体はズリズリっとこちらに向かって近付いてくる。5メートル、3メートル。輪郭がはっきりと見えてくる。2メートル。松倉が重心を落として身構える。1メートル――
「うわぁ!」
 耐えきれずに二人は全力で走り出した。10メートルほど走ったところで渡り廊下に差し掛かり、追い付いては来ないだろうと振り返る。すると歩行物体はももを器用に動かしてくるりと向きを変えたかと思うと、もと来た方向へ逃げるように膝を進めた。逃げると追いかけたくなるのが人間の習性なのだろう。さっきまで怖がっていたことなど忘れて、二人は物体のあとを追った。ところが、これが意外と速い。すぐに廊下の闇に見えなくなった。突き当たりから右か左か。当たりをつけて二人が左へ曲がると、そこに階段がある。その階段から、物体が全身を、いや、下半身を左右に揺らしながらコトンコトンと降りて行くのが見えた。
「この速さなら追い付けますよ」
 桼谷うるしだにが先行して階段を駆け下りる。踊り場で追い付いたときには二人ともゼエゼエと息が上がっていた。それとは反対にその歩行物体は踊り場の真ん中でピタリと動きを止めていた。いったいこの物体は何者なのだろう。松倉が息を整え、用心しながら覗き込む。
「これは女のももだな」
「なに匂いいでるんですか。なんかいやらしいですよ」
 松倉は桼谷うるしだにの言葉には反応せず、匂いを嗅ぎながら物体の周りを探る。
「んん? そうだ、これはあれだ、膝枕だ」
「膝枕って、腿に頭を乗せる行為ですよね」
「いや、そうなんだけどそれじゃないんだ。いや、それなんだけど、その……物なんだよ」
「物?」
「最近、通販で売っているらしいんだけど、抱き枕みたいにいやしを目的とした商品で、動いたり感情表現したりするらしいんだ。それが外科で問題になってな。このあいだ、膝枕された状態のままくっ付いて離れなくなった患者さんが来院して、手術で切り離したらしいんだ」
「え? じゃあ、これはその切り離された膝枕ってことですか」
「いや、その患者さんは膝枕とラブラブで帰って行ったという話だからこれは別の膝枕だと思う」
「他にもあったんですか」
「まあ、その可能性はあるな」
「あれ? 先輩……なんか伸びてませんか」
 正座の姿勢の膝枕の腰から上がするすると伸びて人間の形に近づいている。それはふわふわと実体を伴わないもののようであった。
「なんですか、これ。もしかして膝枕の霊ですか」
「ホ、ホロ、ホログラムだな」
「そ、そんな機能まであったんですか」
「そう思うしかないだろ」
 ホログラムが全身を映し出した。三十前と思われる女のその表情は悲しげだった。その悲しげな口が戸惑いながら静かに開かれた。
「話を聞いてくれますか」
「いや、あんた誰だよ」
「それもお話しします」
 女は囁くように語り始めた。

「お察しのとおり、私はいわゆる『膝枕』でした。ご主人様がいない今はもう膝枕ではないただの腰から下のおもちゃだけど。膝枕には色々なバリエーションがあって、私は、音に反応して膝が揺れる『ダンシング膝枕』でした。私を買ってくれたのは若いサラリーマンの男性。色々な曲をかけて揺れ方の違いを愉しんでくれているようでした。私はご主人様を喜ばせたくて、どんな揺れ方が心地良いかとか、この曲にはどんな揺れ方が合っているかとか、プログラムで書かれた機能以上のことを考えて膝枕してあげました。ご主人様はとても満足してくれて、『愛してるよ』とまで言ってくれました。心の底から可愛がってくれているようでした。心の底なんてわからないのに、そんな気がしたんです」
 彼女の語気がだんだん強くなる。
「ところがある日、ご主人様は部屋に女の人を連れて来ました。ちょっとツンとした感じの美しい人でした。その人は部屋に入るなり、私を一瞥いちべつして言いました。『これが例のおもちゃ? なんか気持ち悪いわ』と。そして、部屋の真ん中に正座して自分のももをポンと叩きました。するとご主人様は身体を小さく丸め、その人のももに頭を預けたのです。それからこう言いました。『やっぱり生身の膝がいちばんだな』と。私は目眩めまいがして気を失いそうになりました。けれども気を取り直して私は考えました。人間の片手間に膝枕をやっているような膝に負けるわけにはいかないと」
 語調がいっそう強くなる。
「あの人をもっと惹き付けるにはどうしたらいいのだろう。音に反応して揺れているだけでは能がない。私はダンシング膝枕。キレッキレのダンスを踊ろうじゃないの。そう決めて私は毎日稽古した。あの人が会社に行っている間ずっと稽古していた。帰ってきてすぐに膝枕をせがまれたときはまだ身体からだ火照ほてっていて、熱があるんじゃないか』って氷で冷やしてくれた。優しさが嬉しかった。けれども同時に『でも、あの女の方がいいんでしょ』と嫉妬心が湧き上がり、ますます上気したこともあった。
 基礎が身につき、振り付け、構成が決まるまで1ヶ月かかった。夕方、あの人が帰ってきたら観てもらおうとイメージをふくらませながら待っていた。あの人をあの女から取り戻す起死回生の踊りを披露しようと覚悟を決めて待ち構えていた。
 あの人はいつもより遅く帰って来た。あの人が部屋の真ん中まで歩いてくる、その時を待って私は踊りだした。いや、踊り出そうとしたその途端、あの人は部屋の隅にあったダンボール箱を持って来て私を抱きかかえ、箱に押し込んだの。何てこと? 情けの欠片かけらもない仕打ち。私は怒りと悲しみに打ち震えた。気が付くと私は思い切りジャンプして――あの人に見てもらうはずだったジャンプで箱から飛び出し、あの人に飛び掛かっていた。それからあの人の頬に腿を押し付け『もう離れない!』と叫んでいた。
 それからのことは詳しくは話したくない。ここに連れられて切り離し手術を受けて捨てられた。それだけのこと」

ひどい話だ」しばらく言葉を失っていた桼谷うるしだにがやっと口をひらいた。「そいつを見つけ出して殴ってやる」
「バカ。医者が怪我させてどうする」
「もういいの」膝枕が、小さな、それでいて力強い声で言った。「もうあきらめがついた。話を聞いてもらってスッキリした。だけど、ひとつだけお願いがあるの。あの人に見てもらうはずだった踊りを最後に見てもらいたいの」
「ああ、もちろんだ」
 無理なお願いをされないかと心配していた松倉は少しホッとした。
「ここで踊るから下で見ていてくれますか」
 二人は言われるままに踊り場から階段を下りた。踊り場とはよく言ったものだ。そこは彼女にとって最初で最後のダンスを踊る舞台になった。

 スーっとホログラムの上半身が消えた。どうやら彼女はおのれの下半身だけで踊るようだ。スッと中央に正座した二つの膝。ひと呼吸の静寂。左膝が軽く持ち上がり、弧をえがいて下ろされると同時に右膝が持ち上がりまた下ろされる。波打つようなスローなサイドステップだ。折り返して逆方向にステップ。テンポが上がっていくと共に膝が高く上がる。これはタンゴのリズムだ。右へ左へ、クイック・クイック・スロー。まるでパートナーと手を取って踊っているかのようなステップだ。上手かみてはしで一瞬の静止。タンタンタンッと膝で助走をつけ、下手しもてに向かって正座の膝がススーーッと滑る。ゴーーーーーーーーーーール!という歓声が聞こえるようだ。サッカーのゴールパフォーマンスは膝枕がルーツではなかったか。そう思わせるような滑りっぷりであった。今度は下手から上手へ。ところが中央でガッと突っかかる。いや、突っかかったのではない。回っている。回っている。滑る勢いを回転に変えて高速で回っている。ろくろの上で陶芸の粘土が回るようにクルクルと回っている。そして、陶芸家の手によって形が変わるように少しずつ上に伸び、独楽こまのような形になる。どういうことだ。何がどうなっているのだ。そう、彼女は今、膝一点で回っているのである。
 おおー! パチパチパチと松倉が思わず拍手する。桼谷うるしだにもそれに続く。
 回転が遅くなる。クルクル、クル、クル、クルン、パタンと倒れる。その瞬間、倒れた反動でもう一方の膝をタンと蹴り、彼女は垂直に飛び上がった。
 「飛んだ……」桼谷うるしだにの声は驚きでほとんど出ていなかった。
 どれくらい空中に舞っていただろう。実際はほんのわずかだったろうか。後ろ向きに一回転した彼女は両腿をL字にロックし、ズンっと力強くゲッダンを決めた。
 息をするのも忘れて見入っていた桼谷うるしだにが我に返り、拍手しようと手を揃えた。だが、松倉が待てというように静止する。見るとダンシング膝枕がスルスルと奥へ下がっていく。ショーはまだ終わっていない。彼女は壁を背にしてまっすぐに正面を向いた。再び静寂が訪れる。二人が固唾かたずを飲む中、最初の一歩がスッと押し出される。もう一歩。さらに一歩。加速しながら前へ進んでいく。タッタッタッタッタッタ。踊り場のへりまで近づく。それでもスピードを緩めない。ついにへりに膝が掛かり、身体からだが前のめりになる。
「危ない!」桼谷うるしだにが叫ぶよりも早く、彼女の身体は踊り場から離れ、斜め上に飛び出した。
「飛んだ!」
 二人同時に叫んだその声の響きの中を彼女は高く舞った。手を大きく広げた彼女の顔は笑っていた。誰がなんと言おうと松倉の目にはそうとしか見えなかった。桼谷うるしだにはあんぐりと口を開けて見上げている。10段の階段を飛び越し、さらに二人の頭の上を越えて彼女は降りて来た。V字に開いた両すねで着地すると自分の高さほどにバウンドし、その勢いでゴトンゴトンと3回転したのちに、この唯一無二の膝枕ダンサーの動きはピタッと止まった。
 (ブラボー! ブラボー! ブラボー!)と心の中で叫びながら、松倉はそれを声にすることが出来なかった。言葉になんか出来ないこの胸の高鳴り、全身の震え。安っぽいちっぽけな言葉しか出て来ないであろう自分の語彙力を彼はなげいた。たとえ語彙力があったとしても、いま目の前で起こったこの出来事を誰が言葉に出来るだろうか。桼谷うるしだににも出来なかった。彼もまた、それを言葉にすることの愚かさを知っていた。
「ありがとう」
 まだ呼吸が整わない上気した声で彼女は言った。松倉も桼谷うるしだにもまだ言葉が見つからず、ただ唇を噛みしめてうなずいた。
「もう何も望むことはないわ。明日の朝、収集車に載せられてどこか知らない場所へ行くの。処分場かもしれないし、リサイクルショップかもしれない。できれば処分場がいいわ。そこで私は湯気が立つ中を親指を立てて回鍋肉ホイコーローに沈んでゆくわ」
 それは溶鉱炉だろうと、松倉は心の中で突っ込んだ。桼谷は、これはきっとプログラミングのミスだろうと推測した。二人は、さっきとは別の理由で思いを言葉に出来ないことにひどく困惑した。
 くるりと向きを変えて彼女は歩き出した。スリ、スリ、スリスリ。桼谷うるしだにが恐れたあの重たい音ではなく、軽快な音を残して去って行く。
「これでいいんですかね。先輩、連れて帰ったらどうですか」
「余計なこと考えるな。本人が納得してるんだからいいんだよ。彼女の言葉に嘘はない」
「でも、捨てた男に見せたかったな」
「俺はそうは思わないな。せっかくの芸がけがれるよ」
「そうですね」
 スリ、スリ、スリスリ。音がやがて聞こえなくなり、廊下の闇に溶けて行く。その間際に彼女が振り返り親指を立てるのを松倉は見たような気がした。

――了――

PDF台本(縦書き明朝体 B5)

改訂版

膝枕長台詞七五調版

初版

膝枕の長台詞 七五調バージョン

あなたのお察しご名答
私はいわゆる膝枕
バリエーションは多かれど
音に合わせて揺れる膝
その名もダンシン膝枕

私を買ってくれたのは
若い男のサラリーマン
いろいろ曲を流しては
揺れ方たのしむエヴリデイ
それにこたえる私のことを
あの人言ったわ「愛してる」

ところがある日のことでした
連れて来たのは知らない女
ツンとすました美人さん
女は言ったわ、バッサリと

 『これが例のおもちゃ? なんか気持ち悪いわ』

それから部屋の真ん中で
正座のももを叩いたの
ここに頭を預けてと
ぶっとい腿を叩いたの
ご主人様は丸くなり
女の腿に膝枕
それからひとこと言ったのよ

 『やっぱり生身の膝がいちばんだな』

生身の膝がいちばんと
ご主人様は言ったのよ
私じゃなくてその女
女の膝がいちばんと

もうダメ、目眩めまいで倒れそう
だけど倒れちゃいられない
気を取り直して考えた
女に負けてはいられない
何かのついでに膝枕
やってるような人間に
負けるわけにはいかないと

どうすりゃいいのか考えた
あの人もっと惹きつける
手立てはないかと考えた
流れる曲に反応し
揺れてるだけでは能がない
私はダンシン膝枕
キレキレダンスを踊ろじゃないの

私は毎日稽古した
あの人仕事でいない時
私はひとりで稽古した
あの人帰ると膝枕
火照る身体からだで膝枕
熱があるかとあの人は
氷で冷やしてくれたのよ
その優しさが嬉しくて
私は素直に喜んだ
けれど同時に思ったわ
どうせ好きなのあの女
かえって湧くのは嫉妬心
ますます身体からだは上気した

振り付け構成決まるまで
まるまるひと月掛かったわ
だけど自慢のこの踊り
きっとあの人喜ぶと
夕方、帰りを待っていた
女からあの人取り戻す
踊りを披露するんだと
覚悟を決めて待っていた

あの人遅くに帰宅して
疲れた足で部屋歩く
目の前に来るその時待って
突然私は踊り出す
いや、
踊り出そうとしたその時
あの人、部屋の隅に行き
持って来たのは段ボール
私を持ち上げ抱き抱え
箱に無理やり押し込んだ

信じられない、なんてこと
情けの欠片もない仕打ち
怒り悲しみ遣る瀬なさ
私はわなわな打ち震え
気づくと私はジャンプして
箱から飛び出しあの人の
頬に両腿押し付けて
「もう離れない」と叫んでた

話したくないそのあとは
ここに連れられ手術して
切り離されて捨てられた
ただそれだけの話です

変更履歴

2021.12.08 あちこち少しずつ
2022.06.07 松倉が膝枕の両足に挟まれるくだりをカット。膝枕のバリエーション例をカット。

あらすじ

 当直医の桼谷うるしだにが当直室にいると、廊下でズリズリと音がする。彼は先日、下半身だけの物体が廊下を移動しているのを目撃し、それが当直室までやって来たのかと恐怖する。入って来たのは先輩の松倉であった。桼谷は事情を話し、それじゃあ巡回に一緒に行こうという事になった。
 先日目撃した外科病棟に差し掛かると果たしてその物体が現れ、こちらに向かってくる。驚き逃げる二人。するとその物体はクルリと向きを変え去って行く。二人は今度は追いかける。階段の踊り場で追いつきよく見ると、外科で噂のあった膝枕らしい。膝枕の上半身が現れ、語りはじめる。
 彼女は通販で若い男に買われた「ダンシング膝枕」。男は愛情を持って扱ってくれたが、数ヶ月経ち、本命は人間の女だということを知る。膝枕は男を惹きつけ繋ぎ止めるために踊りを披露しようと稽古する。やっと披露の時が来たその日、非情にも男は膝枕を捨てようとし、逆上した膝枕は男に飛びかかり無理やり腿と頬を癒着させる。しかし男は切り離し手術をして彼女を捨てた。
 ひどい話と憤る二人。だが、彼女は諦めがついたと言う。ただ、最後に、男に見てもらうはずだった踊りを見てもらいたいと。圧巻の踊りが披露された。もう悔いはない。二人に見守られ、ダンシング膝枕は、廊下の闇に消えていった。

朗読される方へ

  • 本作品はご自由に朗読して頂いて構いません(非営利に限る)

  • 台詞の言い回しは変えても構いません

  • 読点は、文の構造を誤解しないよう、語の区切りがわかりやすいよう、おもに黙読のために振っています。音読時の区切りや間の指示ではありませんのでご自由に詰めたり開けたりして構いません

Clubhouseでの朗読実績

2021年12月13日 ノアさん
膝開きは初膝のノアさんでした。
(7分20秒〜)

2021年12月13日 河崎卓也
作者膝開き。
9分50秒〜)

2021年12月15日 小羽勝也さん
実況風のダンスシーンに挑戦。
41分00秒〜)

2021年12月30日 atsuko(中原敦子)さん
膝枕の語りの情念がすごい。
3分20秒〜)

2022年1月13日 Atsukoさん
柔らかい読みのまた違った世界観。
1分25秒〜)

2022年1月25日 小羽勝也さん
2回目。工夫してしっかり読み込まれています。
8分00秒〜)

2022年2月15日 酒井孝祥さん
熱い台詞と口跡良い語りが印象的でした。
(リプレイは残っていません)

2022年2月18日 酒井孝祥さん
丁寧な読みによって内容がしっかり伝わってきます。
2分40秒〜)

2022年4月8日 櫻隼人さん with こまりさん
渋くしっとりした読みと、生き生きした桼谷・膝枕のコントラストがいいです。
15分50秒〜)

2022年4月15日 小羽勝也さん
3回目。テレビのドキュメンタリー「実録xxxxxx」を思わせる臨場感のある語りでした。
4分20秒〜)

2022年5月7日 鈴蘭さん
しっとりとした声がホラー風のこの作品に合っていました。
12分15秒〜)

2022年5月15日 鈴蘭さん、ノアさん
軽快な桼谷と質実な松倉の掛け合いがピッタリ合っています。
14分30秒〜)

2022年6月5日 河崎卓也
改訂+膝枕長台詞を七五調ラップで。
7分10秒〜)

2022年6月5日 河崎卓也
改訂+膝枕長台詞を七五調ラップで。
7分10秒〜)

2022年7月21日 Atsukoさん
深夜の物語を深夜にしっとりと朗読。
2分00秒〜)

2022年7月26日 Atsukoさん
ダンッスィング膝枕の語りに実感がこもっています。
5分30秒〜)


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