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楓 作 「陶芸家が見た膝枕」

今井雅子先生の膝枕の外伝を書きました。
ご覧いただきありがとうございます。
膝枕外伝「単身赴任夫の膝枕」から
ひとりの女性のその後を取り入れました。

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嬉しいです

今井雅子先生の、正調 膝枕も合わせて
お読みください。

楓 作 「陶芸家が見た膝枕」

 
 
東京で生まれ、陶芸家としてのキャリアを
重ねてきた私は、愛する人と一緒に暮らし
山奥の工房で焼き物を作る生活を
夢見ていた。


彼女はいつも笑っていた。
無口な私をたくさん笑わせてくれた。


おしゃべりな彼女とは、たまに喧嘩になる。


「ねぇ聞いてる?? ほんとにもう何考えてるのか
 全然わかんない!」

 
その怒った顔がかわいくて、黙って見つめていると機嫌はすぐに直る。


少しずつ仕事が軌道に乗り始め、個展も開催出来るようになり、山奥の暮らしが現実味を帯びてきた。


ある朝、2人で淹れたコーヒーを飲んでいるときに
切り出した。


待たせてごめん。
今度の個展が終わったら…結婚しよう。

嬉しそうな彼女の顔。



だが、都会育ちの彼女は
本当は山奥の暮らしに不安を抱えていた。

そんな気持ちが現れてきたのか
彼女とは、些細なことで衝突することが多くなった。

彼女の不安な気持ちには、薄々勘づいていたが
私はそんな彼女の気持ちには気付かぬふりをした。

モヤモヤした思いは土の中に封じた。


結婚したら彼女も落ち着く。
幸せな日常がいつまでも続くだろう。


そう信じて疑わなかったのだが

なんの前触れもなく、当たり前の日常は
跡形もなく消えてしまった。



愛する人は突然旅立ってしまった。

朝のコーヒーを淹れる気力すら無い。

彼女の笑顔を見ることも、彼女の声を聞くことも
彼女と新しい朝を迎えることも…
もうできないのだ。


四十九日が過ぎた頃、彼女の母親から手紙が
届いた。

どうか、娘を思うなら、早く忘れて新しい人生を
歩んで下さい…と。
 


人とかかわる事に疲れた私は
とにかく一人になりたかった。


ただ1人を除いて知り合いと連絡を絶ち
山に籠った。

来る日も来る日も、土をこね、釜と向き合った。
作品を作る間は無心になることができた。


そのうち、彼女を思い出すことはなくなっていった。

 
5年たったある日
こんな夢を見た。

 
亡くなった彼女が、友人と思われる女性と
楽しそうに話をしている。
どうやら私の話だ。しかし、よく聞き取れない。

読唇術の心得を持つ私は、2人の唇に注目する。


「いつまでもひとりでいないで、早く彼女を見つけて幸せになって欲しいのよね」


そんな話を、あの屈託のない笑顔で語っている。
 

 
目が覚めた。
頬には涙が伝っていた…
 


庭に出て、空を見上げる。
空はこんな色や形をしていたんだ。
 
いつもは感じなかった風、いや、感じることも
忘れていたのか…

今日は心地よく吹いているようだ。
 

縁側に腰を下ろし、タバコを吸う。

鳥のさえずりも聞こえる。
 
 
この数年、ただひたすらに作品を作り
無心に暮らしてきた。

 
 
ボーっとしながら寝転んでいると
唯一この場所を知る人物が突然訪ねてきた。
 
友人の勇作だった。

数年ぶりに会った彼は、単刀直入に言った。


「我が社の女子社員を住み込みで置いてくれないか」


彼は"膝枕カンパニー"という膝枕の通販会社の
課長である。


今度、陶器の膝枕をノベルティでいくつか出したい。
そのモデルとなる女性を後日連れてくるという。


「陶器膝枕が出来るまででいいから」


私は迷った。
人と関わることを恐れていた。
が、最後には勇作の説得に応じた。


私も…やはり何かを変えたくなったのだ。
 
 
 
1か月前

膝枕カンパニーでは、陶器膝枕のモデル面接が行われていた。
面接官の勇作の前に、ハッと目を引く女性が現れた。

勇作の目は、彼女の膝に釘付けだ。

"ワケアリ"な女だな……ということが、女性を知り尽くした勇作にはわかった。
 
 
彼女の名前は「ヒサコ」

とびきり綺麗という訳ではないが
雰囲気がある。少し影のある女性だ。


就職したヒサコは、勇作とともに山奥の工房へと
向かった。
 

勇作に連れられて訪ねてきたヒサコ。

 
私は彼女を見て、どこかで会ったことがあるような懐かしい気持ちになった。


しかし、いくら考えてみてもどこで会ったのかは
思い出せず、それ以上考えることもしなかった。
 

ヒサコとの二人暮らしが始まった。
ぎこちない二人。口数は少ない。


だが、毎日少しづつ言葉を交わすようになり
長い沈黙の時間も、心地よさへと変わっていった。


 
陶器膝枕も、最初は硬い感じのフォルムだったが
ヒサコとの時間を重ねるにつれて、丸みを帯び
温かみが出てくるようになった。


そして、どことなく影があったヒサコからは
明るい表情が見られるようになり
ヒサコは自分の話をするようになった。
 

いつも隣に誰かがいる生活は、いつぶりだろうか。

朝起きて、窓を開け放ち新鮮な空気が入れ替える。


まぶしそうに手をかざすヒサコの後姿を
縁側から眺める。
風に揺れる長い髪。

私の気配に気が付いたヒサコが振り向く。
彼女の形のいい唇が、きらりと輝き朝日を
反射する。


「あっ……」

私は小さな声を上げた。

 
 
不思議そうにヒサコがこちらを見ている。
 
そうだ思い出した。


夢の中の……
彼女といた友人。
あれは、ヒサコだったのか。


私の行く末を案じた彼女が、ヒサコと引き合わせてくれたのか。


部屋に戻り、コーヒーを淹れる準備をした。
今日は手でミルを回す。

少しおかしくなりクスッと笑ってしまった。

ヒサコはキョトンとしていたが、つられて笑い出す。

 
 
私は、私の心とヒサコの心が癒されたのを感じた。



ヒサコが、ハンドルを回している私の手の上に
そっと自分の手を乗せてきた。
 


彼女の手のぬくもりは、言葉以上のものを語っていた。
 

                   終わり


最後までお読みいただき
ありがとうございました。

この作品は、いつもお世話になっている
ヤマネさんに添削いただき
陶芸家の檀上さんには、「陶芸家あるある」を
教えて頂き完成しました。
ご協力ありがとうございました。

今井雅子先生の膝枕から生まれた
派生作品がたくさんあります。
膝枕外伝はこちら↓から

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