中野

18歳 東京で、嘘で、迷子だった

果物屋さんの甘いにおいが鼻にかかる、新宿東口の交差点。なにに盛り上がっているのか、昂揚気味の女子大生たち、サークルの飲み会と思われるこちらも大学生の集団、キャッチが帰る途中であろうサラリーマンに「居酒屋どうでしょうかっ!?」と声をかける。中国人と思わしき観光客はしきりに何かつぶやいているが、全くわからない。

中野の一人暮らしをしている部屋にいたくなくて、たびたび新宿に足を運び、ふらふらと彷徨った。クラゲみたいにキレイに漂えればいいのだけれど、じっさいは"東京"に迷子になっただけだ。好きだったのは東口方面。欲望が見え隠れする雰囲気とビビットとなネオンが好きだった。

人込み。それぞれが心の内を明かさないように会話を交わす。みんながみんな、欲のため、嘘の仮面をつけているように見えた。みんながみんな、嘘に気づいていないフリをしているようで気持ち悪かった。気づいてるのは自分だけじゃないのか?とさえ思った。

大勢の人を乗せて線路を通り過ぎる銀色の箱。信号が青にかわる。何度見てもはやっぱり信号は緑だ。横断歩道をアルタ前から喫煙所に入る。タバコから昇る紫煙。夜によく映えて、自分に酔うにはうってつけだった。

喫煙所の出口にはホストがいて、いつも話しかけてくる。「お兄さん、ホストどう?」話を聞きつつ、ある程度駅まで近づいたらお決まりの台詞の出番。「すみません、今はちょっと…」明日の大学での話題はこうだ。「昨日さ、ホストに勧誘されたんだよね(笑)」


本当は知っていた。ホストの勧誘なんてほとんどの大学生に声をかけるということを。それでもカッコいいといわれてるようで、心の無い会話だと知りつつ、自尊心を満たした。

本当は嘘だった。タバコを吸う理由を”昇っていく煙が好きだから”と説明してたこと。ただ友達に勧められただけなんだ。相手にされなくなるのが怖くて断れなかっただけだったんだ。

たくさんのことを嘘で、ありあわせの空気で、取り繕っただけなんだ。

毎日がつまらなくて、嘘を嘘でごまかして、誰も信じられなくて、未来の不安はたまる一方で。本当は泣きたいのに、涙すら出てこなかった。

───

「俺とお前でシェアハウスしようぜ」高校を卒業してから同級生に誘われて、シェアハウスがスタートした。場所はそれぞれの大学の中間である、中野。思い立ったのが3月にも関わらず、奇跡的に徒歩5分で4階という部屋が空いていた。想像を絶する汚さと”404”という部屋番号が気になったけれど、2Kで、それぞれの部屋が6畳ほど。広さもじゅうぶんだったため住むことにした。

親元から離れ、初めて借りた4階のあの部屋。電車の音が聞こえて朝は交通整理の笛がうるさかったけど、日当たりはよくて洗濯物はよく乾いた。キッチンが広かったのもポイントが高かった、2Kのボロ部屋。

やはり、というかなんというか、シェアハウスはうまくいかなかった。

もともと僕も友達も少し達観した部分があるところ以外は、だいたい正反対。静かに過ごしたい僕と、騒いで過ごしたい友達。モノはあまり置かないし買わない僕と、どんどんモノを買って部屋に置いていく友達。干渉するのもされるのも嫌いな僕と、どんどん人に関わっていく友達。正反対に自分勝手なところがよく衝突した。

けっきょく、何ヶ月かして友達は出ていき、都心のど真ん中で9万円の家賃を払いながら生きていくことなる。

友達のモノがなくなった、だだっ広い部屋。文句を言われるのが嫌で自分のモノを置かなかっためか、僕の部屋じゃないみたいだった。電気代を節約したいがための無音。世界からひとりぼっち、はじき出された気分だった。

先日まで騒ぎまくっていた友人たちの姿もなく、シェアハウス相手が居なくなったためか、連絡もぱったりと途絶えた。あんなに連絡する、また来る、と言っていたのに……。何をしても虚しいだけだけで、自分の気持ちすら分からなくなる日々。

他人とうまくやっていくというのは、生きていくというのは、こんなにも難しいことなのか。自分はもう、誰ともうまくやっていけないのではないか。真っ黒な不安に包まれていった。

さみしさを紛らわせるのは、バイト先がある新宿。いつまでも終わらない喧騒がちょうどよかった。欲望にまみれた存在感と雰囲気に包まれていれば、さびしさや不安を気にしなくてすむ。

”誰も来たくない部屋を作ろう”

無味の毎日を漂流して、決めた答えだった。自分の好きなモノで部屋を埋めつくして、自分以外が居られるスペースを無くそう。来たい人がいないことをわかっていれば落ち込むこともない。そうすれば、きっと満たされる。

2年生の春、隣駅の東中野に引っ越した。二回目の借りた部屋。はじめての自分一人で選んだ部屋。1階、6畳、ロフト付き部屋を、自分の"好き"で埋め尽くした。

伊坂幸太郎と石田衣良の小説(次第に江國香織にもハマっていった)、ジャンプが中心のマンガ、全く弾けないギター(姉から譲ってもらたものだ)、熱中してしまい時間がすぎるのがこわくてあまり使わないPS4。ちぐはぐな部屋だったけれど自分の内面が表れている気がして、好きだった。

それでも思惑は外れ、ほかのコミュニティの友達が、たびたび泊りに来た。

アクセスの悪さや部屋のレイアウトに不満を言われて自分を否定されたような気持ちにもなったけれど、自分と他人の違いを見れたようでおもしろくかった。ふとしたキッカケから、彼らの辿ったストーリーを知ることもあった。部屋に散らばった"好き"のなかから、意外な共通点がみつかって盛り上がることもあった。

奇しくも自分の趣味で埋め尽くした部屋は、いままで隠していた自らの内面を表していた。良くも悪くも、僕のための部屋が、色々な人と繋いでいってくれた。

───

それから2年。

部屋の中身はだいぶ変わった。ジャンプは買わなくなったし、身の丈に合わなくなった服ともお別れした。文章が好きになっていき、書き方にまつわる本が増え、いつの間にか趣味になったカメラ用品も部屋に置いてある。それらがキッカケで大切な人もでき、荷物も増えた。

彼女はキレイ好きで、アートに興味があって、椎名林檎の大ファン。そして本が苦手だ。

だからいつも本が多すぎると注意される。以前の僕だったら譲れないと思っていたかもしれないけど、最近は大事な本だけ残してどこかに寄付してもいいな、と考えている。会う人に会えばこうも変わるのかと、自分でもおどろきで、その変化がうれしくもあって。

「今日はあそこ行ってみたい」と、彼女と家の周辺を歩くこともある。ずっと住んできたのに、今まで知らなかったところや行かなかったところ、おもしろいところ、たくさん気づくことがあって、自分にはない視点が新鮮で、楽しい。彼女といると、内面をさらけ出せる相手がいることの安心感と大切さを実感できる気がする。

散歩したくなったら、新宿ではなく自分の家の周りをするようになった。食料品は近くのスーパーで買って自炊するようになったし、近所にに知り合いもできた。(コインランドリーのオーナーらしい)記事を書く機会も増えて、資料集めで図書館を利用することもあり、住んでいる地域が好きになった。

"東京"で自分が、しっかりと生活している。

中野で過ごし、やっと見つけられた、人との関わり方。18歳の迷子は、4年もかけて、信頼できる人を見つけて、今はそれなりの答えを持てるまでに至っている。

新宿をさまよっていた日々はそっと、思い出の中にしまうことにした。







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