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#サザンオールスターズ
短編【愛無き愛児】小説
暗過ぎず明る過ぎず、ちょうどよい上品な照明が灯るそのバーラウンジには、大き過ぎず小さ過ぎず会話の邪魔をしない耳触りの良いジャズが流れている。ジャスのナンバーはバート・バカラックのアルフィー。甘く切ないメロディが大人の夜を演出する。
「ごめんなさい。少し遅れちゃた」
「いや、そんなに待ってないよ。珍しいな君が遅れるなんて。いつも僕より先にいるのに」
いつもなら約束の時間の三十分前には広瀬由花はバ
短編【パリの痴話喧嘩】小説
その部屋からはパリの市内が一望できる。ホテルの最上階から絵画のような夜景を堪能できるのは、ごく限られた人間だけだ。地上に煌めく銀河のようなパリの夜景は、時間と共に変化する芸術作品のように人々を魅了する。
しかし、その芸術的な夜景に目もくれず狭山陽子はスイートルームに入ってくるやいなや本革で作られたソファに不機嫌に座った。その後から申し訳なさそうに狭山淳が入ってくる。
「あの…」
陽子は赤いハ
短編【真夜中のダンディー】小説
「どういう事だ!」
薄暗い湾岸倉庫の湿った空気が狭山淳の怒号で揺れた。その声には怒りと焦りが入り混じっていた。裏切られた!こうなる事は予測がついた筈なのに!狭山は自分の愚かしさを恨みつつ、目の前の男を睨んだ。男は意に介さず、おもむろにタバコを取り出し咥える。
「おい。どういう事なんだ。説明しろ」
「火、あります?」
「ふざけるな!」
男はタバコを咥えたまま、ふ、と嘲るように笑うとポケットから
短編【そんなヒロシに騙されて】小説
婚活立食パーティー会場で俺は安物のワインを飲みながら獲物を探していた。そしてパーティー会場の隅で手持ちぶたさで立っている女に俺は標準を合わせた。
「どうも」
「あ、どうも」
「何か、飲み物持ってきましょうか?」
「あ、いえ。大丈夫です。…すみません」
「僕も苦手なんですよ」
「え?」
「あ、すみません。僕も、何て言っちゃたりして」
「私も苦手なんです。こういう所」
「でも、どうして貴女みたいな人
短編【タバコ・ロードにセクシィばあちゃん】小説
喪服姿の二人の女性がベンチに座っている。二人は従兄妹同士で、いまは二人の共通の祖母の火葬の最中だ。その葬祭場は田舎の古い火葬場で、いまだに煙突があった。その煙突から黒い煙と人が焼けてゆく独特な匂いが漂っている。
喪服姿の広瀬由花は、同じく喪服姿の三条ヒロシの顔と胸をまじまじと見ている。
「ちょっと聞いてもいい?」
「いいよ」
「幾らかかったの?」
「350万。顔だけで。今のところは」
「顔だけ
短編【私はピアノ】小説
その部屋からはパリの市内が一望できる。ホテルの最上階から絵画のような夜景を堪能できるのは、ごく限られた人間だけだ。地上に煌めく銀河のようなパリの夜景は、時間と共に変化する芸術作品のように人々を魅了する。
「あ、もしもし。留守電聞いた。お母さんの誕生日、来週の日曜日でしょ?分かってるよ。お姉ちゃんからも連絡あったから。それよりさ、お兄ちゃん。今、わたし何処にいると思う?ううん。違う。ううん違う。ブ
短編【リボンの騎士】小説
漫画の神様、手塚治虫の数々の作品の中に『リボンの騎士』と言うタイトルの漫画がある。舞台は架空の国シルバーランド。主人公はこの国で王女として生まれたサファイア姫。彼女は『男でなければ王位を継げない』という昔からの掟の為に王子として育てられ、女性で有りながら男性として生きる事を運命付られてしまう。つまり、人為的に性別を歪められてしまった人間の話である。
ここに、一人の女性。いや、男性がいる。彼は長年
短編【マイ・フェラ・レディ】小説
午後21時の街灯の無い山道をマーダーレッドのレクサスCTが走っている。赤い車体に泥がはねる。運転席の西宮亮は三年ぶりの運転なのだが、それを悟られないように片手運転なんぞをしている。免許を取ったのは五年前だ。
後部座席の宮下博敏はCDケースを見ている。ジャケットはサザンオールスターズのアルバム『さくら』。
「おい。本当にこの道で当たってんの?」
「己が歩んできた道が正しいのか正しくないのか。そ
短編【古戦場で濡れん坊は昭和のHERO】小説
昭和21年。天皇陛下が神様から人間になって、タバコの『ピース』が発売されて、そして歌舞伎役者の片岡仁左衛門一家が惨殺された年。私はあの人に出会った。あの人は国民服姿のまま、よろよろと私の前に現れて崩れ落ちるように膝から倒れた。鎌倉は冷たい雨が降っていた。
「え?ちょっと、大丈夫?ちょっとお兄さん?お兄さん!!」
気を失いかけたあの人は、私の声かけに幾分か気を取り直した。私はあの人を支えて御堂に
短編【Happy Birthday】小説
「だから私、言ってやったのよ。アンタなんか私が居なかったら今頃、野たれ死んでるのよ!って」
四十を過ぎても三十代前半に見える狭山陽子はガーデンチェアに座り自慢の美脚を組んで悪態をつく。
「そんなコト言ったのか、お前」
陽子の兄の西宮義博がワイングラスをテーブルに置きながら言う。義博は五十手前だが独身で最近、郊外に庭付き一戸建てを購入した。今からその自慢の庭で、ささやかなあるお祝いをしようとしてい