短編小説「夏の祠」
蝉の耳障りな鳴き声が響き渡る中、僕は息を切らせながら妹の姿を追いかけていた。
「待って! そっちは行っちゃダメだって!」
声が届かないのか、それとも聞こえないふりをしているのか。
幼い妹は、森の中へと駆け込んでいってしまった。
木々の間から差し込む強い陽光が、妹のシルエットを木漏れ日のように点滅させた。
「どこ行くの!」
叫んだ瞬間、妹の姿が急に見えなくなってしまった。
ただ、遠くで風鈴の音色が聞こえた気がした。
構わずそのまま走り続けると、そこには苔むした古い鳥居が佇んでいた。
「なんだ、ここ…」
朽ちかけた鳥居をくぐると、うっそうとした木々に囲まれた小さな祠が見えてきた。
今日は夏の日差しが強いはずなのに、ここだけ妙に暗い。
「どこにいるの?」
返事はない。
祠に近づくと、扉が半開きになっていた。
当然、中は真っ暗だ。
「もう帰ろう!」
祠の中に語り掛けると、奥の扉がスッと開いた。
奥から何か近づいてくる…。
一瞬目を伏せて、再び祠の中を覗くと、目の前には妹が立っていた。
「やっと見つけた! もう、心配したんだから」
安堵のあまり抱きしめようとした瞬間、妹は一歩引いて、僕の腕を避けた。
「え…?」
『お兄ちゃん、こっちきて?』
「しょうがないな…」
僕は妹の待つ祠の中に足を踏み入れた。
その瞬間、妹は僕に強い力で顔を胸に埋めて抱き着いてきた。
振り解こうとしても、体に力が入らない。
『お兄ちゃん、一緒に遊ぼう。ずっとずっと…』
僕と目を合わせた妹は、もう妹なんかではなく異形で気持ちの悪い何かに変わっていた。
そして、背後の扉が音を立てて閉まると、周囲は何も見えなくなってしまった。
「た…助けて…」
チリン。
僕の耳元で風鈴が小さく鳴った。
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