幸伏 線寿(こうぶし せんじ)@短編小説毎日投稿

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幸伏 線寿(こうぶし せんじ)@短編小説毎日投稿

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短編小説「いってきます」

さよなら。 ペットのハムスターが昨日、息を引きとった。 こんな時がいつか来てしまうのは分かっていた。 でも、いざその時を迎えると、簡単には現実を受け入れられない。 昨晩は一睡もできなかった。 少しでもあの子のことを思い出すと、涙が止まらない。 小さな体を撫でた感触。 餌を忙しそうに頬張る姿。 私の手の上で眠そうに横たわる形。 どれも愛おしくて、忘れられない。 3年間、あの子は長生きしてくれた。 私は小学生低学年の頃から、両親にしつこく頼み込んでいた。 「ハムス

    • 短編小説「一音惚れ 前編」

      どこからの音だろう。 俺は高校からの帰り道、いつものように自転車を走らせていた。 堤防の上は風が強く、耳に入ってくるのはほとんど風切音だけだ。 でも微かに、美しい音が混ざって聞こえてくる。 金管楽器だろうか。 吹奏楽とは無縁の俺には、どの楽器なのかわからない。 ただ素人の俺でも、その ”良さ” だけは確かに感じ取れた。 俺は無意識のうちにペダルを緩めていた。 だが、しばらくすると風にかき消されるように、その音は聞こえなくなってしまった。 あの音だ…。 俺は慌てて

      • 短編小説「本当の私の世界」

        私の世界はこのスマートフォンの画面の中にある。 フォロワー10万人。 毎日の投稿には当たり前のように数千の「いいね」がつく。 食事の写真、自撮り、たわいもない独り言。 何をアップしても、必ず誰かが反応してくれる。 そう、私の人生はSNSの中にある。 なのに… 【現在、システムメンテナンス中です。ご利用になれません】 大規模サイバー攻撃から48時間が経過したが、復旧の見込みはない。 スマホを手に取るたびにアプリの起動を試みてしまうが、結果は同じだ。 「だめ…だ

        • 短編小説「夏の祠」

          蝉の耳障りな鳴き声が響き渡る中、僕は息を切らせながら妹の姿を追いかけていた。 「待って! そっちは行っちゃダメだって!」 声が届かないのか、それとも聞こえないふりをしているのか。 幼い妹は、森の中へと駆け込んでいってしまった。 木々の間から差し込む強い陽光が、妹のシルエットを木漏れ日のように点滅させた。 「どこ行くの!」 叫んだ瞬間、妹の姿が急に見えなくなってしまった。 ただ、遠くで風鈴の音色が聞こえた気がした。 構わずそのまま走り続けると、そこには苔むした古い鳥

          短編小説「隣り合う孤独」

          俺は鍵を回し、アパートの玄関ドアを開けた。 その瞬間、鼻をつく異臭が襲ってきた。 「なんだこの臭い…」 しかし、今朝は大事な会議がある。 時計を見ると、もう遅刻ギリギリだ。 仕方なく、鼻をつまみながら急いで外に出た。 でも一日中、あの匂いが気になっていた。 帰宅すると、やはり異臭は消えていなかった。 自分の部屋の台所や風呂場、ゴミ箱まで探したが、匂いの元は見つからなかった。 翌朝、匂いはまだ消えていなかった。 階段を下りながら、ふと気づいた。 匂いは隣室から漂っ

          短編小説「まだ小さな手」

          息子の部屋から物音がする。 ドアを開けると、息子が一人で着替えていた。 「手伝おうか?」 『だいじょうぶ。ぼくひとりでできるもん!』 そう言って、真剣な顔でボタンと戦っている。 小さな指が不器用に動く。 最後の一つがなかなか閉まらないようだ。 『うーん…』 歯を食いしばって頑張っている。 カチッ 手を貸そうとした瞬間、最後のボタンが留まった。 『やった!』 息子の顔が輝いている。 「おー、できたねー」 頭を撫でようと手を伸ばしたが、息子は軽くよけた

          短編小説「駅前時計台の鐘」

          ゴーン、ゴーン。 駅前の古い時計台が、6時を告げている。 仕事帰りの俺は、ふと足を止めて見上げた。 この時計台を見るといつも、亡くなった祖父を思い出す。 この駅前の広場にたくさん連れてきてもらった。 ボール遊びをしたり、走り回ったり。 自由に遊ぶ俺をずっと見守っててくれた。 だが駅前の広場は昔とすっかり変わって、今はこの時計台しか残っていない。 俺の大切な祖父との思い出だ。 『ねぇ、あの時計台なくなるんだって』 突然後ろから聞こえてきた会話に、思わず振り返った。

          短編小説「終わらない夏の補習」

          俺は夏休みの補習に遅刻した。 「すみません、遅れて…」 教室のドアを開けたが、中には誰もいなかった。 教室の時計は午後3時15分を指している。 補習の開始時刻は午後3時のはずだ。 俺は携帯を取り出し、席に座りながら友人にメッセージを送った。 「おい、今日の補習どうなった?」 返信はすぐに来た。 『何言ってんだよ。補習なんてないぞ』 「は? 冗談よせよ」 『冗談なんか言ってねぇよ。もしかしてお前、教室にいるのか?』 「そうだけど…」 『何やってんだよ(笑)

          短編小説「ずっと一緒の約束」

          夜遅くに、携帯電話が鳴った。 『もしもし、おじいちゃん?』 「おや、どうした? こんな時間に」 電話は孫からだった。 『お誕生日おめでとう!』 慌てて時計を見ると、針は午前0時ぴったりを示していた。 『わざわざ、ありがとうね…』 「ううん、今年も元気でいてね!」 『うんうん、ありがとう…』 「またすぐにお祝いに行くね!」 『ありがとう。待っているよ』 「うん、待っててね。じゃあ、おじいちゃん、おやすみ」 『はい、おやすみ』 電話を切った後、しばらく呆

          短編小説「千羽目の鶴」

          『ママ、きょうはなにいろにする?』 娘は数枚の折り紙をこちらに見せてくる。 「おばあちゃんが元気になるまで、一緒に鶴を折ろっか」 あの日、娘にそう提案したのを思い出す。 それは母が入院した日のことだった。 私と娘は、母の病室までお見舞いに来ていた。 『つる?』 「そう、折り紙で作る鳥さんのこと。おばあちゃんが元気になるまで、毎日一羽ずつ折ってみない?」 『でも、なんでとりさんをつくるの?』 『それはね、』 母が弱々しく起き上がった。 『鶴さんはね、とっても

          短編小説「ある珈琲店の一杯」

          私が初めてこの小さなコーヒー屋に足を踏み入れたのは、秋も終盤に差し掛かり、寒さが厳しくなる時だった。 店外まで漂う深いコーヒーの香りに誘われ、気づけば毎日通うようになっていた。 マスターが淹れるコーヒーは、どこか懐かしさを感じさせた。 でも、飲んだことのない新たな風味。 一口ごとに、その不思議な感覚を味わっていた。 ある日、他の客がいないのを見計らって、カップを拭くマスターに声をかけた。 「いつもありがとうございます」 『いえ、こちらこそ。いつも私の自慢のコーヒーを楽

          短編小説「ラジオ体操」

          目覚まし時計の音で、むくりと起き上がる。 外はすっかり明るい。 「はぁ...」 ため息が漏れる。 夏休みなのに、なんでこんな早起きしなきゃいけないんだ。 ボランティアで参加することになった地域のラジオ体操。 でも正直、後悔している。 「大学の一限でも、こんなに早くないのに…」 そんな小言を呟きながら、重い足取りで公園に向かった。 朝から日の照りが厳しい中、どんどんと人が集まってきた。 『おはようございまーす!』 町長の声だ。 こんな朝早くから、なんて元気なんだ

          短編小説「一つの段ボール」

          窓から差し込む朝日が、部屋に明るさを運んでくる。 俺は目を覚まし、まだ寝ぼけた足取りで起き上がった。 今日は特別な日。ついに迎えた引っ越しの日だ。 段ボールの山に囲まれた部屋を見回す。 10年間住んだこの家とも、今日で別れとなる。 (さぁ、始めよう) 俺は最後の荷造りに取り掛かった。 本棚から本を取り出していると、一冊の古びたアルバムが目に留まる。 開いてみると、そこには懐かしい写真がぎっしりと詰まっていた。 幼い頃の家族旅行の思い出。 学生時代の友人たちとの笑顔

          短編小説「ページの間」

          週末、私は古本屋に足を運んだ。 最近見つけたこの店は、狭い路地の奥にひっそりとたたずむ、まるで時間が止まったかのような小さな店だった。 店内に入ると、古書特有の匂いが鼻をくすぐる。 ぎっしりと本が詰まった棚の間を縫うように進んでいく。 「何か面白い本はないかな」 そうつぶやきながら、適当に手に取った一冊。 「人生の岐路」というタイトルに私は目を奪われた。 パラパラとページをめくっていると、一枚の紙が床に落ちた。 「あれ?」 拾い上げてみると、それは古びた手紙

          短編小説「永い釣り竿」

          早朝の湖畔。 水面に映る朝日が、かすかに揺れている。 俺は釣り竿を握りしめ、じっと浮きを見つめていた。 今は亡きおじいちゃんと来た時と同じ場所。同じ匂い。同じ静けさ。 全てが懐かしい。 『ゆっくり待つことも大切だよ』 そう言っていたおじいちゃんの声が、今でも耳に残っている。 あの頃の俺には、その言葉の意味が分からなかった。 ひたすら、魚が釣れることだけを願っていた。 「早く釣れないかなぁ。つまんない」 そんな不満を漏らす俺に、おじいちゃんはいつも優しく微笑んで

          短編小説「一輪の贈り物」

          祖母の遺品整理を手伝うため、久しぶりに実家に戻ってきた。 部屋に入ると、懐かしい匂いが鼻をくすぐる。 「あら、来てくれたの」 母が微笑みながら出迎えてくれた。 祖母の部屋は、生前と変わらない雰囲気のままだった。 本棚には古い写真アルバムが並び、ベッドの上には手編みの毛布が丁寧に畳まれている。 私は静かに引き出しを開けた。 懐中時計、古びた手帳、そして見覚えのない小さな箱。 「これ、何だろう」 『あら、懐かしい』 母は何か知っているようだ。 箱を開けると、中に