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カイザーは毒気を抜かれたようだが、気を取り直したように溜め息を漏らした。 「確かに不安もあるでしょう。この計画を聞いた時、私もFCOS操縦に不安を覚えました。特にその時は事故直後でベッドにいた頃ですから」 そう言うとカイザーは自分の膝に視線を落とした。そして改めてその場にいる全員に視線を巡らせた。 「実際にここにきてUAVの操縦とコントロールを覚え、FCOSの操縦を覚えましたが、UAVよりもFCOSのほうが私には向いている。というのも実際のシステムを見て貰った方が早いので
「一か月だって……?」 機体のコントロールシステムのテスト運用を、たった一か月間しかしていない。 ジルの中に不安が増していく。大型のラジコンに乗せられるようなものだ。操縦者が下手くそなら、ラジコンは壁にぶつかり、失速して落ちる。 そうだ、このシステムは風の流れをデータで計算しているだろうが、実際に空にいるように感じられるわけじゃない。 UAVなら墜落して終わりだが、ジルが乗っているFCOSが墜落したら死ぬだけだ。 「たったそれだけしかやってないのに、有人で飛ばすなんて
あれから、半年を過ぎている。 カイザーが開発設計局の仕事を引き受けると返答してから三か月、ひたすらリハビリに費やした。痩せ衰えていく足を見て、悲しいと思いつつ、車椅子を操り、腕だけで動き回れるようになるために、毎日リハビリを繰り返した。 下半身の自由がないくせに、リハビリで足を強制的に動かすと痛みだけは返ってくる。筋肉が完全に固まってしまわないようにと、毎日動かさねばならない。もう自分の足として動きもしないのに……そう思うと苛立ちも強く、八つ当たりをしたいとすら思えた。
ジルとファーカーが乗り込むと、オラーシオが車を走らせた。エンジンからの震動以外に、道の凹凸にも反応して揺れて振動が伝わるのが新鮮だった。 「今後、一緒に飛ぶこともあると思う。よろしくね、リュシドール中尉。ところで俺のタックネームはトリックスターというんだけど。中尉は?」 タックネームの拒否権はない。見た目の容姿、性格、状況、色々なものからつけられるが、その時の上官のネーミングセンスによる。酷い名前の由来は往々にしてある。 「……フランク」 「ふむ? それは何かな? 中尉の
カイアナイト空軍開発設計局は、軍事機密上警備が厳しく、人里離れた場所に存在している。車で移動すると、街までは一時間以上何もない荒野を運転することになる。 妻帯者も、施設と自宅を往復するのが大変なため、どうしても単身赴任になるものが多く、休みの前の日は無理をしても街の自宅に戻るが、平日は寮に住んでいるものが殆どだ。 陸海空問わず、基地には併設されて居住区が設けられ、家族が一緒に住んでもいいことになっているが、この開発設計局は家族であっても共に住むことはできない。 最新鋭
「失礼します……」 なんでよりによって自分なんだよ? と思いつつ、書類を取り出す。三十枚程の用紙がまとめられていて、その一番上の書類の見出しには「フライング・コントロール・オペーレション・システム概要」と書かれていた。 「……」 一度顔をあげてファーカーを見る。ファーカーは頷き、読むことを優先しろと言いたげだったので、続きを読み進める。 カイアナイト空軍開発設計局で新しいシステムの開発のために、パイロットを一人必要としているらしい。 端的に言うと有人機を基地からリモー
「フライング・コントロール・オペレーション・システム概要……」 聞いたことがない。 顔をあげると、フィードラー少将は頷き、先を読むように促した。知ってはいけない程の機密情報ならば見せはしないだろうし、仮にそうだとしても、その機密情報にこれからカイザー自身が関わって行くことになるのだ。見ても大丈夫だろう。 フライング・コントロール・オペレーション・システム(FCOS)とは、開発設計局で立案された飛行訓練システムの一つである。 優れたパイロットの操縦と飛行を、体感すること
カイザーには身内がいない。 親戚はいるにはいるが、高校生の頃に両親が交通事故で揃って他界してからというもの会っていない。 カイザーが空軍に進むのを機に、生まれ育った家を処分した。戻ってくる場所があれば逃げ込みたくなるし、逃げ込める場所は一人だということを強く意識させるのでかえって辛い、そう思ったからだ。 そして訓練が忙しくなるにつれ、処分しておいてよかったと思うようになった。休日などあってもないような日々だった。スクランブルはいつでも飛び込んでくるし、おかしな話だがみ
「すまないが、今はまだ貴殿は私の部下ではないし、かわいそうだね、辛そうだねと同情して憐れむつもりもない。同情して欲しかったのかね?」 痛みを感じていないふりをして、さらなる挑発を続ける。カイザーはそのままエンバリーの手を掴んで振り払った。 「違う!」 「ではいつまでそうして自分の殻に閉じこもっているつもりだ」 冷やかに言い放つ。カイザーに振り払われた腕は骨にひびが入ったのかもしれないと思うほどに痛みを発していた。少なくとも、掴まれた場所の内出血だけは免れないだろう。 そ
カイザーの入院先である、カイアナイト空軍付属病院へやってきたエンバリー准将は、目的の病室の前でまず溜め息をついた。 まったくもって気が重い。前に来た時を思い出すだけで胃が痛む。 技術屋として空軍に携わってきたエンバリーだが、防衛航空大学での同期生も多い。パイロットになったものもいたけれど、撃墜されて還らなくなった友もいた。 生きているだけマシだろう? という慰めの言葉は、下半身不随の人間に言っていいことなのかどうかわからない。 だが下半身不随となっても必要としてくれ
目を覚ますと、まだ薄暗くぼんやりとした闇が病室を支配していた。 カイザーはうつろな眼差しで天井を見上げたまま、静かに息を吐いた。 毎朝、明け方近くに夢を見る。 あの日の光景だ。カイザーが最後に空を飛んだあの夜。そして撃墜されたあの夜の夢。 夢は寸分たがわず、同じ光景を見せ付ける。スクランブル要請を受けた第一飛行隊が、あの月のない夜に飛びだったあの日。 所属不明のステルス戦闘機とのドッグファイト。そして失速し、コントロールを失ったカイザーの機体目掛けて撃ち込まれたミ
イヤホンから前線航空管制官からの発着許可のコールを聞くと共に、誘導員・マーシャラーが機体の誘導をタキシングで合図した。 ヘッドマウントシステムに敵航空機の情報が映し出されている。 予測していた敵の機体ではないらしいが、信号はローレンツ側のものであることが確認されていた。 機体を誘導路から滑走路へゆっくりとタキシングする。 その間も、次々に送り込まれてくる情報を読み取りながら、カイザーは小さな疑念を持つ。 敵の機体の移動速度が予想より速い。 敵の機体、恐らくFA-