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#7 営業研修 〜修羅場〜

入社4日目。この日は1日、営業研修

朝から営業部のフロアに向かい、営業部長の田崎さんを訪ねると初対面で早速いじられる。

「お!来たな!たった1人新入社員!」

最速で僕の境遇を処理されたが、嫌な気はしなかった。

そして、営業部のフロアにある会議室で待っていると田崎さんと一緒に20代後半くらいの若い社員が入って来た。

「こいつが営業部の若手で高末!」

田崎さんは若い社員の肩に手を乗せながら話を始める。

「高末です!よろしく!」

「よろしく!ってお前も偉くなったなー」

「そりゃー僕の方が澤村君より先輩ですから!」

「ほー!言うようになったねー!その高末大先輩が今日1日、澤村君の営業研修を担当してくれます。」

「澤村と申します!よろしくお願いします!」

「まー高末は特別優秀という訳じゃないけど、うちの部の元気印みたいなもんだから!」

「ちょっとー!田崎さん!勘弁してくださいよー!」

(こ…これが営業部のノリか……)

出会って数分の間に営業という人種をまじまじと見せつけられた気がした。

研修は営業部の概要説明から始まった。

その後は高末さんに一任され、田崎さんは会議室を後にした。

高末さんから今日この後に訪問する予定の客先の情報や訪問の趣旨を説明してもらう。

「まー今日は新製品の紹介に行くだけだし、客先の担当も優しい人だから、かなりイージーライトな感じのアポイントだね!」

(急にルー大柴か!簡単で軽い感じの訪問でええやろ!)

「あ!そーなんですね」

「交渉みたいにはならないから、物足りないかもしれないけど!とりあえず、客先に行く雰囲気だけでも経験してください!」

「わかりました。よろしくお願いします。」

イージーでライトなアポイントと聞いて、言い方こそ気になったものの、この時の僕は素直に安心していた

会社を出発し、電車を乗り継いで、訪問先の会社に到着すると、高末さんは慣れた手付きで受付の電話から担当者を呼び出す。

すぐに客先担当者の木原さんが受付に迎え来た。

聞いていた通りの優しそうな雰囲気に僕は完全に油断していた…

案内された会議室に入ると、木原さんの上司と思われる2人のおじさんが既に待ち構えており、強張った表情でなんとも緊張感のある雰囲気を漂わせていた。

(ちょっ……急に緊張感あるな…)

油断していたぶん面食らった。

高末さんの方に目をやると高末さんも少し動揺しているように見えた。

「宮路さんと山根さんもいらしたんですね。お時間いただきましてありがとうございます。」

どうやら、宮路さんと山根さんの登場は予想していなかったようだ。

「いえ。そちらは?」

片方のおじさんが僕に手の平を向けて、高末さんに尋ねる。

「あ!こちらは、新入社員の澤村君です。今日は1日営業研修で僕の付き添いです。」

「澤村です。よろしくお願いします。」

先方上司の2人は何も言わず、表情も変えずに会釈だけで返してきた。

(え?……客先こっわー………こんな感じなんか?)

それから高末さんに名刺交換をするよう促されたが、まだ僕は名刺がないため、担当者である木原さんの名刺だけを受け取り、あとは、木原さんから上司の宮路さんと山根さんを紹介してもらう。

その間も重々しい空気が会議室を包み込んでいた。

(本当にこれがイージーでライトなアポイントなのか……)

全員が席につき、一瞬訪れた嫌な沈黙がいっそう緊張感を増幅させた。

おもむろに、宮路さんの方から話し始める。

「早速ですが…」

威圧感のある低い声に一気に空気がピリつく。

新製品の紹介ってこんな雰囲気で始まるものなのか??)

トラブルの件はどうなりましたか?」

(………………え?

(ちょ…ちょっと待って!ど、どゆこと?)

すかさず高末さんの方に目をやる。

高末さんは一瞬、目を見開いたかと思うと、次の瞬間、縦横無尽に目が泳ぎ出す

ま、まさか………)

察するにこの人も僕と同じ心境でいる。

(ウソだろ高末!!表情に「なんのことだ?」って思いっきり出てるぞ!!)

「えー………少々………お持ち下さい……」

高末さんは急いでパソコンを立ち上げ、何やら激しくマウスをスクロールしている。

額から汗が滲み出し、苦悶の表情を見せ、明らかにテンパっている。

少々待たされるのに耐えかねた様子で木原さんが助け舟を出す。

「一昨日の4時頃にメールしましたSKW-350のトラブルの件なんですけども…」

どうやら、うちの会社が納めた装置がトラブルを起こしたようだ。

「以前にもですね、同様のトラブルがありまして、そちらの対応策も回答いただけてないまま、再び、発生した状況なんですよ。」

木原さんの口調こそ優しく、申し訳なさそうに話してはいるが内容は辛辣そのものだ。

(おいおい……これは完全にハードベビーアポイントなんじゃないの!?)

新入社員の僕にはどうすることもできない状況と頭で分かっていても、客先から向けられている鋭い刃が僕の首にも突きつけられている気がした。

「すみません…えー……以前もありました件ですよね……」

長く間を埋めるように返答しながら、高末さんはマウスを激しくスクロールしてメールをあさる。

ようやく該当のメールを見つけたかと思うと、高末さんは眉間を押し潰す程にしわを寄せてパソコンの画面を凝視する。

そして、そのまま固まった

(………え?)

人間がフリーズするのを初めて見た。

(これはダメだ……)

万事休すかと思われたが、そこは営業部の元気印高末。再起動したかのように、無理矢理に表情を整えて口を開いた。

「えーっとですね!こちらの件ついてはですね、既に弊社内に情報展開しておりましてですね、現在、弊社の技術担当者が原因調査対応中です。」

(なんとか返した!いいぞ!いけ!元気印高末!!今はお前だけが頼りなんだ!!)

しかし、その回答では納得できない様子で山根さんから嫌な質問が返される。

「今日はその説明に来たんじゃないんですか?」

「えーっとですね……」

(おい!高末ーー!元気出せ!!)

「以前も原因調査中でそのまま回答が無い状態なんですよ。」

「大変申し訳ございません……。調査のほうがですね……」

元気印高末の元気がみるみる消えてゆく…

(ウソだろ高末……)

「対策をするならするで早くしてもらわないと困ります。」

「おっしゃるとおりでございます……」

「………」

「………」

沈黙が続く。

(やっぱりダメだ………最悪だ……これは……ただでは帰れない……)

この沈黙だけが高末さんの今できる最大の対応であるように思えた。

沈黙に押し潰されそうになり、再び、高末さんの方を見ると目の錯覚を疑うほどに高末さんが小さく見えた

その顔はみるみる血の気を失い、顔面蒼白と化して、さながら客先に向けて顔色で白旗を振っている。

しかし、この場を逃すまいと宮路さんは追い込みをかける。

「調査中なのであれば、とりあえず、今の現状で構わないので、どこまで分かってるのか教えて下さい。」

(宮路さんよ……高末の顔を見てやってくださいよ……もーお顔が真っ白になってるじゃないですか………)

さすがに同情してくるが僕にどうすることもできない。

高末さんの様子から察するに、まだ何も調査していないということは僕ですらわかった。

恐らく社内に情報展開済と言うのもウソだろう。

高末さんの顔の白さ、小さくなった身体、醸し出す雰囲気、その全てがそれを証明していた。

そして、この後、高末さんの思いもよらぬ行動により、修羅場とも言える重苦しい空気が全て僕に降り注がれる

「今の段階である程度の対応方針とかはないんですかね?」

「あのー…ですね……」

また暫くの沈黙の後、高末さんは思い出したように行動に出た

「ちょっと現状について、今、技術に確認します。」

そう言って、高末さんは携帯電話を取り出し、逃げるように会議室を出た

え?

(………)

(………)

(………)

(………)

えーー!!会議室出ちゃったよ!!

敵地の会議室に僕は1人取り残された。

(おいおいおいおい!ウソだろ!!高末ーーー!!!勘弁しろよ!)

宮路さんと山根さんは黙って腕を組み、イスにふんぞりかえる。

(最悪だよ………これは……気まず過ぎるだろ………)

「…………」

「…………」

ピリついた空気と残酷な程に静かな沈黙が僕の体にまとわりついて身動きができない。

目線をどこに向けて良いのかもわからず、目を伏せて、真っ白な会議卓をひたすらに見つめる。

(早く戻ってこいよーー!高末ー!!!)

頭の中では高末に対する怒りが次々に言語化されてゆく。

どれくらいの時間がたってからだろうか、この状態をさすがに哀れに思ったのか、突然に山根さんが口を開く。

「新入社員の営業研修でこんな場に連れて来られても困るよねー!」

「え、あー……いや……」

気を遣ってくれていることは、重々承知の上だが、その問についてはなんて返して良いのかわからなかった。

続けて、宮路さんが僕に話しかけてきた。

「澤村君だっけ?しっかり成長してこうゆうことが無いように頼むよー」

さっきまでの厳しい声のトーンから1段階優しくして話しかけてくれている。

(ここで……何か答えなければ……これが……この重苦しい空気から抜け出す最後のチャンスだ………)

あまりに辛い沈黙が続いたせいか、このチャンスを逃してはならないと強く思い、緊張で強張っている喉を無理やりこじ開けて答えた。

「自分は……技術職採用ですので……自分が技術部に配属された際は……営業と技術がしっかり連携し、お客様にご迷惑をかけない製品作りに励みます!」

(ちょっと出すぎたことを言ったか……)

話終えた瞬間に新人の分際で偉そうな口を叩いた気がして、全身の毛穴が開き、嫌な汗が吹き出す。

しかし、次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。

「おー!頼むよ!!」

今日1番の明るいトーンで宮路さんの声が重苦しい空気を貫くように響く。

「頼もしいね!」

続けて、山根さんからもお褒めの言葉をいただいた。

木原さんを見ると優しげに笑いかけてくれていた。

(よっっしゃーー!!あっぶねーー!!いけたーー!)

少しだけではあるが、確実に場が和んだ

見計らったかのように高末が会議室に戻ってくる。

(やっと帰ってきてくれた!!)

という思いに覆い被さるようにして

(1人にしやがって!この野郎!!)

という怒りの感情が溢れ出す。

「お待たせして、すみません!あのー現在、技術の担当者が不在でしてー」

(はーー!?じゃぁ、この時間なにしてたんだ?こらぁーー!!)

「戻って直ぐに回答させていただきます……大変申し訳ございません。」

何も解決していない。

それ故にこの回答では納得してもらえない。

(また修羅場に引きずり込まれる……)

そう思ったが、宮路さんの返答は思いのほか厳しいものでは無かった。

「もーこれ以上ここで言ってもしょうがないので、ひとまず今日の段階での状況を追って連絡してください!」

予想外の返答に下を向いていた高末の顔が瞬時に反応して前を向く。

「承知いたしました!本日中に回答させていただきます!大変申し訳ございません!」

場が落ち着いたところで木原さんが話し出す。

「当初のアポでは新製品の紹介でしたよね?」

「え?あ、えー、まーそうですね…」

「どーしますか?」

木原さんは高末さんに聞きながら、宮路さんと山根さんの様子を伺う。

「あ、いえ!本日のところはトラブル対応もございますので、ここで失礼させていただこうかと……」

さすがに負い目を感じて高末は引こうとする。

「いーよ!せっかく来ていただいてるので紹介してください。その上で、回答もお願いします。」

「あ、ありがとうございます。そ、それでは…」

そう言って高末は説明を始めるが、その端切れの悪さは新入社員として見ていられなかった。

客先に怒られ、テンパり、追い込まれ、たじろぐ姿を新入社員に見られる。

怒りあるが、同情が勝った。

そして、ようやく製品紹介を終え、客先を後にする。

やっと開放された気がした。

会社までの帰り道。

(気まずい……)

新入社員の僕から何を言っても自尊心を傷つける事になる気がして何も言えなかった。

すると高末が開き直った様子で話しかけてきた。

「いやー!なんか悪かったね!営業研修であんな感じになっちゃって」

(そーだな!!そっちからそう言うべきだな!そして本当にその通りだわ!)

「いえ…良い経験させていただきました」

自尊心を保とうとしているのか、高末は話を続ける。

「まーでも!営業だとよくある事だから!」

(よく言うわ!めちゃくちゃテンパってたやん!顔面で白旗振ってたやん!!)

「営業って大変ですね…」

「本当にうちの技術の人は対応遅いから困るよー!澤村君は頼むよー!」

耳を疑った。

(え?そーくる??明らかに客先からの連絡を見落としてたのが原因だよな?)

なんとか自尊心を守ろうとするのはわかるが、だからと言って、人のせいにする姿はあまりにも滑稽に見えた。

新入社員研修の営業同行でこんな経験するとは思ってもみなかった。

しかし、良い経験になったことは紛れもない事実。

下手にウソをつくと自分の首が絞まっていくこと。

転じて、正直さ誠実さに勝るものは無いということ。

逆に、ハッタリをかますなら、死ぬ気でそれを貫き、最後まで堂々と振る舞うこと。

そして何より、自分のミスを人のせいにするのがものすごく格好悪いということ。

この高末との営業研修から学んだことは、社会人生活に大きな影響を与えたと言える。

明日は1日、技術部研修。

それが終わると、いよいよ来週からグループ会社全体での合同研修が始まる。

せめて明日は、明日だけは、つかの間の平和が訪れることを切に願うしかなかった。

それからしばらくしてからの話になるが高末の異動通知を目にした。

どういった経緯でどこに異動になったかは定かではないが、僕はこの時の印象から、勝手に左遷されたのだと判断している。

ありがとう…高末!そして、さようなら…高末!

つづく

次の物語はこちらから!
「#8 技術部研修〜救世主との再会〜」


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「#1入社初日〜期待と衝撃〜」

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