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【「組み合わせ」がキーワード】斬新とリアリティーの両立を意識しよう(2012年11月号特集)


組み合わせの妙

 「興味がわく。好奇心がかきたてられる」ものには、必ずどこかに「新しさ」があります。

 たとえば、今年の本屋大賞にランクインした小説を見ると、三浦しをんの『舟を編む』は辞書編纂の編集者が『大渡海』という辞書を完成させるまでの話。三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』は鎌倉の古本屋の店主、栞子さんが古本を巡る謎を鮮やかに解いていくミステリー。
 辞書も古書店もそれ自体は驚くようなものではありませんが、こうした設定の小説はありそうでなかったものです。

 もちろん、これらは前例がなかったから新しいのであって、今、辞書編纂の話や古書ミステリーを書いても、真似とは言われても新しいとは言われません。
 だから書き手は常に新しい素材を提供していかなければいけないわけですが、一度使ったテーマや設定が二度、三度と使えないわけではなく、やりようによっては何度でも使えます

 たとえば、三角関係という設定は古今東西の小説の中に無数にありますが、これは二番煎じとは違います。二番煎じはヒット作のテーマや設定をそのまま踏襲したものですが、そうでないものは「新しい」と思えるような見せ方をしているはずです。具体的に言えば、組み合わせですね。

 たとえば、刑事と言えば刑事コロンボのようなくたびれた中年男性か、フィリップ・マーロウのようなハードボイルドな私立探偵を思い出しますが、東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』では、主人公の宝生麗子は国立署の新米刑事、しかし、その実体は宝生グループ総帥の一人娘で、正真正銘のお嬢様となっています。「刑事」も「お嬢様」も珍しくありませんが、組み合わせると目新しくなるわけです。

斬新さを支えるリアリティー

 設定やあらすじを読んだだけで「おもしろい」と思えるというのは重要ですが、それだけでは済みません。設定が斬新であればあるほど、それを支えるものが必要になってきます。それはリアリティーです

 隆慶一郎の『影武者徳川家康』は、家康は関ヶ原の戦いで暗殺され、以降は影武者と入れ替わっていたという設定の時代小説です。
 このような歴史IFを考えること自体は簡単です。しかし、思いつきだけですぐに書けるかと言うと、そう簡単にはいきません。「もしかすると家康は本当に影武者だったかもしれないな。いや、その可能性は大きいぞ」と読者がすっかり騙されてしまうようなリアリティーが必要ですね。
 では、どうしたらリアリティーが出るでしょうか。

彼女の視線は『論理学入門』の一番最後のページから動かなかった。新刊案内を覆うように、紙のラベルのようなものが貼られている。右端に「私本閲読許可証」と印刷されていて、(中略)
「なんなんですか、これ」
図書館の貸し出しカード、ではなさそうだ。「私本」とか「舎房」とか、なじみのない表現が引っかかる。(中略)
「刑務所の図書館などから、受刑者に貸し出される本を『官本』、受刑者が私物として持っている本のことを『私本』というんですが……これは、『私本』に貼られる許可証のことです」(中略)
「あの人、刑務所にいたってことですか?」

(三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』一巻 第三話より)

 三上延さんは、実際に「私本閲読許可証」の貼られた古本を見たことがあるのでしょう。このようなディテールが書かれていると、事実である細部に引っ張られて、本来は虚構である小説の世界まで現実であるかのように錯覚します。そのように感じさせる筆力も「おもしろさ」を支えるもののひとつです。

代表的な面白いシーン

次に、見せ場について。柏田道夫著『シナリオの書き方』には以下の12の見せ場が挙げられています……

小説の「見せ場」とは?
特集『「おもしろい」の条件』
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※本記事は「公募ガイド2012年11月号」の記事を再掲載したものです。