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【受賞の秘訣は「おもしろさ」にあり】面白いエンタメ小説における6つのポイント(2011年7月号特集)


 文学性が強く求められる文学賞では、単におもしろいというだけでは受賞しにくい。逆にエンターテインメント系の文学賞では、おもしろくなければ受賞はありえない。では、おもしろいってなんなのか。内容を聞いて、読みたい!と思ったり、読後に強い印象を残す作品とはどんなものなのか。今回はエンターテインメント小説を対象に、そのあたりを探っていく

印象に残る小説

おもしろい小説とは?

 「おもしろい小説を読んだ」と言ったときの「おもしろい」は実にさまざま。カミュ『異邦人』の不条理も「おもしろい」であり、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の大人社会の欺瞞に向けた毒も「おもしろい」。
 また、ガルシア・マルケスのマジック・リアリズムも、クロード・シモンやロブ=グリエなどヌーヴォー・ロマンの作家たちが書いた反小説も文学的には「おもしろい」。

 でも、それはそれとして、ここではこうした文学的なおもしろさのほうは脇に置いておき、文字通りの「おもしろい」、つまり、「ラストで思わず泣けたよ」とか、「あんな人生もあるのかと考えてしまったよ」とか、「愉快、痛快、奇々怪々」といった娯楽小説としての「おもしろい」について考えてみたい。

面白さの6大要素

 小説の「おもしろさ」を支えている代表的なものを挙げれば、

  1. 文章(描写力)

  2. ストーリー

  3. 構成

  4. 設定(世界観/思想)

  5. 人物(キャラクター)

  6. 専門性(ウンチク)

の六つだろう。
 この中でもっとも重要なのは「文章」だが、エンターテインメント小説の場合、「凝っている、変わっている、斬新」な文章より、「よく伝わる」ことのほうが優先されるから、一文のキレでは勝負できない。

 では、どこで差がつくか。ストーリー? 構成?
 それも重要だが、これらは料理で言えば手順のようなものだから、間違えれば大けがをするが、凝ったところで決定的な差にはならないだろう。では? 専門性? これはウリ(セールスポイント)にはなる。しかし、決定的なポイントではなさそう。
 やはり、ライバルとの決定的な差となるのは「設定」と「人物」だろう。

設定が面白い

 よく「ストーリーがおもしろい」と言うが、「誰が、どうして、どうなった」というのがストーリーであれば、それはどの小説も同じ。だから「おもしろい」と感じたのはストーリーではなく設定だろう。
 たとえば、米澤穂信の『インシテミル』。その内容を文庫本から引用してみよう。

「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった――。

米澤穂信『インシテミル』

 この設定を読んだだけで、「おもしろそう」と思える。この時点で半分成功したも同然と言っていい。
 あるいは、角田光代の『八日目の蝉』。同作のコピーを引用する。

優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした。

 

 こちらのほうは「おもしろそう」と同時に、「どんな人生だったんだろう」という心の奥深いところからわきあがってくるような興味まで覚える。
これも「設定の勝利」だろう。

 もちろん、いくら設定がよくても、それを支える文章力、表現力がなければ「設定が台なし」と言われてしまうし、設定が斬新であればあるほど、その設定に説得力を持たせる筆力が必要となってくる。
 しかし、いつまでも「ありふれた僕の等身大の日常」ばかり書いていてはハードルも上がっていかないから、少しずつでも、読んだ人が「へえ」とか「ほう」とかハ行で感嘆するような設定に挑戦してみたい。

キャラクターが面白い

設定やストーリーは忘れてしまっても、人物=キャラクター(の言動)は忘れられないということはある。
たとえば、谷崎潤一郎の『痴人の愛』…

特集「受賞する小説の条件」
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