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【創作小説】綺麗な棘


とある高等学校の教室。時刻は13時20分。昼休憩が始まってから三十分ほどが経過しており、教室内に居る生徒の殆どは昼食を終え、多様で取り留めのない雑談に花を咲かせていた。

そんな教室の窓際を昼休憩中に定席にしているのは私と親友の香澄だ。
私の机には私の、オレンジジュースとクリアケースをつけたスマートフォン、香澄の、紙パックのミルクティと猫耳付きカバーをつけたスマートフォン、そしておやつのじゃがりこが置かれていた。朝私がキヨスクで買ってきたものである。

先程までは香澄がずっと、数学担当の田中の悪口をマシンガンのように話していたけど、ふと会話が途切れ私は机上にあるスリープモードのスマートフォンの画面を何回もタップしていた。この行動に意味なんてない。ただ会話が途切れて話題が思い付かない時、私はこうやって無意味にスマートフォンを触ってしまう。緊張した時の癖みたいなものだ。
「んー、そういえばなんか灯さ、最近、元気なくない?」
香澄が私に向かってそう言った。
「え?そう?」
「うん、弁当食べてる時もなんかずっと暗い顔してたよ」
それは良くない。誰が暗い顔した人間と昼食を食べたいだろうか。
「え?そう?そんな暗い顔してた?」
「してたしてた」
「すまん、善処します…」
「いや、善処とかじゃなくてさ…なんかあったの?」
「え?あ、いや大したことじゃないから」
そういって笑ってみせるが香澄の顔は曇ったままだった。

「大したことじゃないような顔じゃないんだけど。絶対なんかあんじゃん」
「……んー、いや本当に大したことじゃないていうか」
「えー?ほんとかな?」
香澄は怪訝な顔をしながらそういうと、机の上のじゃがりこを頬張る。そしてミルクティを口に含んだ。合うのだろうか、その組み合わせ。

「いや、本当に大したことじゃない!…けど」
「けど?」
「……なんか自分でも何に悩んでるのかよくわかんないっていうかさ」
「ほう」
香澄はまたじゃがりこに手を伸ばそうとしていたが手を止めて、その手を自身の膝の上に置き直した。私がシリアスな話をし出したので、じゃがりこの咀嚼音が失礼だと思ったのだろうか。
「なんかね、自分でもどうしたらいいかさっぱりわかんなくてさ、認めたら認めたで自分のこと嫌になるけど、認めなくても自分に嘘をついてるみたいで嫌なんだよね」
「…え?何の話?」
「うーん、詳しくはあんま言えないけど」
「…ほう」
「頭の中がグチャグチャなんだよね。何が私の本心で何が偽りで、どこまでが世間体でどこまでがいいことでどこまでが本当の自分なのかさっぱりわからないっていうか…」
「…なんかめちゃくちゃ悩んでんね」
「んー、あ、いやでも大丈夫だからね!?ずっとそんなことばっかり考えてるわけじゃないから!……でも考え始めると止まらないけど」
「大丈夫じゃないじゃん」
「…大丈夫じゃないかも」

香澄は腕を組んで「うーん」と唸る。何かを考えているんだろう。その仕草が──その先を考える前に思考停止した。

「あ!じゃあさ、率直にメモ帳に書いてみたら?」
香澄は腕を組むのを止めて、人差し指で私を指さした。
「…ほう?」
「悩んでることスマホのメモとかに一言で書いてみるんだよ、そしたら案外一言でまとまる悩みだったんだって少しだけ心が楽になるかも!」
「え?そうかな?」
今度は私が怪訝な顔をする。ずっとずっと悩んできたことがそんなことでスッキリするとは思えない。
すると香澄は私を諭すように優しい声で語り始めた。
「昔ね、すっごい謎にイライラしてる時期があって、お母さんとか友達とかにすごい八つ当たりとかしちゃってさ、更に自己嫌悪に陥ってたんだけどね、ある日自分は何にイライラしてるんだろうって思って紙に書いてみたの。そしたらさ、成績が落ちてることに焦ってたってことに気づいて。それからは成績上げるために頑張ろうって思考を変えたらちょっと気持ち軽くなったし、イライラすることもなくなったんだよね」
「え、そうなんだ。なんか凄いねそれ」
「でしょ!だから灯にもその方法試して欲しい!そしたら解決自体はしなくても気持ち軽くなるかもしれないし!」
「うーん…それなら私もやってみよっかな」
「やろやろ!今今!」
「……このメモ、絶対見ないって約束してくれる?」
「え?あ、うん、大丈夫だよ。見ないから」
香澄はそういうと天使のように微笑んだ。
「わかった。じゃあ書いてみる」

そういうと私はスマートフォンのメモ帳を開いて新規メモを作成する。
香澄には見えないようにスマートフォンを机に対して垂直に持つと香澄は「気にしすぎ」と言って笑った。

…駄目だ、香澄がこっちを見ていると思うと何も思い浮かばない。

「香澄、そのじゃがりこ全部あげるからちょっと書き終わるまで前向いてて」
そう言うと、香澄は「何それー、りょーかーい」笑いながらと言って座る向きを変えた。

私はフリック入力で文字を入力しては消して、また入力しては消してを繰り返した。

そして一言だけ入力した。

入力画面を消して私はその一言をぼーっと見つめる。
そうか、私のぐちゃぐちゃ悩んでいたことはこんな一言で収まるような悩みだったんだ。香澄の言う通りだった。文字にしてみるとそれは本当にただの文字でしかない。この言葉は私を攻撃したり、責め立てたりしない。頭で悩むより余計なノイズがなくて心が軽くなる。ただの棘みたいな悩みが私を刺していたんだと知る。

「香澄、ありがとう。何に悩んでるかわかったよ」
「本当に?それなら良かったー」
「凄いね、本当に心が軽くなった気がする」
「やっぱりそうでしょー。ネットかなんかで見たんだよねー!いや、良かった良かった」
「あ、今日って部活ある?一緒に帰らない?」
「ん?ないよ、帰ろ帰ろ!」
「お礼に香澄の好きなフルーツパフェ奢ってあげる」
「え?マジ!やったあ!」
そういって無邪気に笑う香澄を見ていると私まで笑顔になってしまう。

キーンコーンカーンコーン。昼休憩の終わり五分前を告げるチャイムが鳴り響く。

「あ、やば、次なんだっけ?」
香澄が私に尋ねる。
「数学だよ」
「やっば!課題やったっけ?」
香澄はそういうと自分の荷物を持って自分の席に帰って行った。

私も次の授業の為に準備をしなければならない。リュックサックの中の教科書類を一度出して、弁当箱とオレンジジュースを底に仕舞ってから、その隙間にまた教科書類を仕舞う。リュックサックを片付けると、机の中から数学の教科書、ノート、問題集を取り出して、机の左上に揃えて置く。準備完了。
ふと私より前の席にいる香澄の方を見つめると、紙パックのミルクティを必死に飲み干そうとしていた。リュックサックからは弁当箱の袋がはみ出しているし、先程私に次の科目を聞いていたからまだ数学の教科書類もロッカーに入ったままだろう。香澄のそういうところ、──好きだなぁ。

ただの棘みたいな悩みが私を刺していたんだと知る。
でもその棘は思ったより大きくて尖っているみたいだ。

私はスマートフォンを開いて先程のメモ帳をもう一度眺めた。











『香澄のことが好きかもしれない』

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