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『あした、弁当を作る。』 〜ぼくのことをちゃんと見て

こんにちは、ことろです。
今回は、『あした、弁当を作る。』という小説を紹介したいと思います。

『あした、弁当を作る。』は、著:ひこ・田中、装画:岡野賢介の小説です。
全13章あり、一日目(月曜日)から十三日目(土曜日)まであります。

主人公は、日下部龍樹(くさかべ たつき)。みんなからはタツと呼ばれている。中学一年生。帰宅部。
ある日から母親に対してゾクッとくるようになった。背中を触られることも、お弁当の残りをお昼に食べていることも、部屋を勝手に掃除してくれていることも、全て違和感を感じるようになり、どうしちゃったんだろうと悩む。お弁当はお母さんが作ってくれる。今度は自分が作りたいと思っている。

白山夏帆(しろやま かほ)。
カホ。龍樹の幼稚園からの幼なじみ。陸上部。
両親は共働きでお弁当はお母さんが作ってくれるが、たまにおかずを詰めるのを手伝う。

酒井彩(さかい あや)。
アヤ。龍樹の小学校からの友達。学芸部。
お弁当はお母さんが作ってくれるが、手伝ったりはしない。
京都から引っ越してきたのでなまりがある。

村中勝(むらなか まさる)。
マサル。龍樹と中学に入ってから知り合った友達。IT部。
お弁当はお母さんが作ってくれるし、手伝いもしない。
途中、黒猫のクーちゃんを拾う。

山崎真白(やまざき ましろ)。
マシロ。タツの隣の席の女の子。
お弁当は自分で作っている。よく冷凍食品に頼っている。タツにお弁当などのアドバイスをくれる。


タツは、いつものように家を出るつもりでしたが、母親に「行ってらっしゃい。タッちゃん」と背中を触られたとき不意にゾクッとしてしまいました。
何だったんだろう? と思いつつも、家を出て、いつもの通学路を歩きます。
通学路では、いつものメンバー、カホ、アヤ、マサルが次々に合流してきます。
4人でわちゃわちゃ話していると、弁当の話になりました。タツのところはお母さんが専業主婦なのですが、他の3人は共働き。家庭環境は違えど母親がいつもお弁当を作ってくれるのは同じでした。

お昼。タツは自分の弁当を眺めます。
いつもはさっと食べて、袋に戻して終わり。味の感想を聞かれたら一応おいしいと答えますが、味わって食べているというより作業のように食べているので、本当のところはよくわかりません。
なのに、今日は一品一品眺めているとプレッシャーに感じます。
一気に食欲が落ちますが、これはせっかく母親が作ってくれたものだから食べなくてはいけないと思うと、余計に食べられなくなって、今日もまた作業のようになんとか食べてから、今日のぼくはどうしちゃったんだろう? と思いました。

家に帰ると、いつものように玄関の鍵を開けてくれた母親が笑顔で出迎えてくれます。
タツは、どうして鍵を持っているのに自分で開けなかったんだろうと疑問に思いました。そして、今までそうしてこなかったことにも初めて疑問を持ちました。
「暑かったでしょう」と言いながら母親がタツの額に手を伸ばします。
タツはやんわりとそれを避けました。
「ダイニングルームが冷えているから、そこでお茶とお菓子にしましょうか」
そう言って母親が背中を向けたのでホッとして、ホッとした自分にちょっと後ろめたさを感じました。
母親はダイニングルームには行かず、タツの部屋へ行きます。クーラーのスイッチを入れるためです。

タツの家では、キッチンルームがダイニングルームやリビングルームとL字型になるように配置されており、対面式ではありません。母親は料理をしながら家族と話ができる対面キッチンにしたかったらしいのですが、父親が反対して今の形になりました。どうして? と聞いてみても、母親は「きっと、お父さんには考えがあるのでしょう」と言うだけでした。
母親がダイニングルームに入ってきて、麦茶にするかアイスティーにするか聞いてきましたが、悩んでいる間にアイスティーにさせられてしまいました。今日のお菓子はケーキだそうです。
「お弁当箱を出しておいて」と言われて、今日は無理やり食べたけれど「おいしかったよ」と渡しました。
「そう。良かった。タッちゃんにそう言われると、お母さん元気が出る。明日のもがんばる」
母親はうれしそうです。

手を洗ってきて、と言われて洗面所へ行き、手とついでに顔も洗いました。
いつものことですが、タツは鏡で自分の顔を見ることをしません。どうしてかはわからないけれど、鏡の中の自分を見るときどんな表情をすればいいのか困ってしまうからだそうです。無表情でもいいのだろうけれど、それではいけない気がして、結局は見るのをやめます。

今日のケーキはモンブランでした。
タツは、初めてモンブランを食べます。
「学校はどうだった?」と母親に聞かれました。
タツは本当はこの「学校はどうだった?」が好きではないのですが、そう言うと母親が悲しむだろうと思って、いつも話のネタをストックしています。数ヶ月前のものから今日のものまで、とりあえず話せるようなことを考えてストックから出すのです。
今日は数学の橋本先生が、いつまでも一年生の気分でいたら、あっという間に受験だぞっておどしてきた話をしました。
そしたら、母親がそれはおどしじゃなくて心配してくださったのよ、と笑いました。
母親に気を遣っているからでしょうか、この何気ないやりとりにもタツは疲れてしまって、疲れている自分にもびっくりしたりして、やっぱりぼくはどうしちゃったんだろう? と思いました。

自室に戻り、宿題をして、スマホゲームやYoutubeを見たりしているうちに、眠くなってベッドでいつの間にか寝てしまっていました。
すると、母親が頬をつんつんして起こしてきます。
「タッちゃん。起きて」
タツはまた朝と同じようにゾクッとして、慌てて起きました。
「お父さんが帰ってきたわよ。もうすぐ晩ご飯だから。中途半端に眠ったりしたら、夜に眠れないでしょ」
うれしそうな母親の顔から目を逸らしたタツは、「すぐ行く」とだけ答えました。

洗面所で顔を洗って眠気を覚まし、ダイニングルームに行くと父親が帰ってきていました。
引き戸を開けると、父親が「おう」と顔を上げて、タツは「お帰り」と返しました。それきり父親はまたタブレットに目を戻します。
飲料メーカーのマーケティングを担当している父親によると、勤務時間中はTwitterやYoutubeから情報を得る余裕がないので、こうした時間の隙間に消費者の動向を探っているのだそうです。
父親が一緒に食事をするとき、タツはごはんの準備を手伝います。理由は、父親と一緒に何もせず座っておくのが落ち着かないからです。というか、母親だけが働いているのが落ち着かないからというのが正しいかもしれません。そして、もう一つ。ひょっとしたらこれが真の理由かもしれないけれど、タツは料理にも興味がありました。

「いただきます」
「おう」
タツと母親は、いただきますを言うけれど、父親はなぜか言いません。まあ、いつものことなので気にはしないけれど。
「いただきます」はごはんの材料を作ってくれた人々にお礼を言うことだと小学生の頃に教わったけれど、ひょっとしたら父親は、自分に向けて言われていると思っているのかもしれません。
でも、考えてみれば、食材を作ってくれる人と、料理を作る母親と、食材を買うお金を稼いでくる父親みんなへの感謝ってことで、手を合わせてもいいのかもしれない。
「お父さん、タッちゃん今日、数学の橋本先生に『いつまでも一年生の気分でいたら、あっという間に受験だぞ』って言われたんだって。わたしはそれを、先生が心配されてのことだと思うのに、タッちゃんったら、おどしだって言うの」
「あ、今の母さんの言い方だと、橋本先生にぼくだけが言われたみたいに聞こえるけど、本当はクラス全員に言ったの」
タツが訂正します。
「クラス全員ということはおまえも言われたんだろう。じゃあ、そんなに細かく訂正するんじゃない」
「はい」
父親が言って、タツは素直に返事をしました。
「それは、おどしだろ」
「え?」
「だから、心配のわけはないと言っているんだ。先生はおまえたちが遊びほうけないように、おどしたんだよ」
タツがおどされたと言ったのは半分冗談で、橋本先生も冗談っぽく言っていたけれど、父親の意見は違う。
笑っているけれど、タツは父親のこの笑いが好きではありませんでした。まるで、人を小馬鹿にしたような笑いだからです。
タツは少し緊張しましたが、言いました。
「先生はおどしてないと思う。おどす振りをしていただけで」
「なぜそれが、おまえにわかる?」
タツは必死に考えます。
「ぼくはその場にいたし。だから本気のおどしじゃないってわかる」
「じゃあ、どうしてお母さんに、おどされたなどと言った」
「それは、え〜と」
「はっきりしないな、おまえは」
「冗談を言った」
「先生のことで、間違った情報をお母さんに伝えたのか?」
「間違った情報って……」
タツは落ち着くために味噌汁をすすります。
「だから、冗談だって」
「同じ話を繰り返しているな、タツキ」
そうなんだろうか? 父親が続けます。
「おまえは冗談のつもりだったかもしれないが、お母さんはそれをまじめに受け取った。その時点で、おまえは黙ってないで、冗談だったと訂正すべきだった。そうすれば、お母さんはわたしに、あんなふうに言わずに済んだ」
「それは、わたしが悪かったの、あなた。タッちゃんにきつく言わないで」
母親がうろたえます。
「でも、母さんが、先生のおどす振りを、先生がぼくたち生徒を心配してくれているからだと考えたのは、そんなに間違っていないと思うよ。それをおどしだったって言う、父さんのほうが間違っているんじゃない?」
「口答えするのか?」
父親が笑います。笑っているけれど、目が笑っていないことは、今までの経験でわかります。
「いや。わたしはこう思う。タツキはおどす振りのように受け取ったが、振りではなく本当のおどしだったと。な、お母さん」と父親が言いました。
いつものように母親が父親に同意するようにうなずきました。
「わたしもそう思うわ。しっかりしなきゃだめよ、タッちゃん」
タツは黙ってうなずいて、八宝菜を食べました。

こうして、一日目は終わります。
ご覧のように、タツの父親は高圧的で口答えを許さず、笑顔も目が笑っていない、支配的で理屈っぽく、冗談が通じない人、怖い印象を与える人です。
タツの母親は、そんな父親に逆らわない人。逆らえないのかもしれませんが。タツの前ではタツにべったりで過保護なのに、父親の前では父親に従うずるい人です。


二日目が始まります。
この日も朝家を出るときに母親に背中を触られてゾクッとしました。
いつもの4人で登校しているとき、カホから元気がないねと言われ、アヤから成長期だと言われました。

昼休み、今日もお弁当を眺めます。
昨日、お風呂から上がったタツは、母親が今日の弁当のおかずの準備をしているのを見ました。「タッちゃんと同じように、お母さんもお昼にこれを食べるね」と笑っていました。
タツは思い出して、ゾクッときました。
「食べないの?」
隣の席のマシロが声をかけてきました。
「いや、そういうことはないけど」
タツはマシロのお弁当を見ました。
「お母さんが作ったの?」
「残念でした。うちは共働きだけど、二人ともお昼は外食をしていて、お弁当はわたしだけだから」
「親は作ってくれないの?」
「昼食にコンビニでサンドイッチやお弁当を買うお金ならくれる。でも、それもわびしいし」
「まさか、自分で作るの?」
タツは驚きました。
「なんか、変?」
「いやそうじゃないけど、子どもが自分で弁当を作るなんて思っても見なかったから」
「子どもで悪かったねえ。あんたも子どもだろ」
マシロが箸を置いて、怒ったように言いました。
「そういう意味じゃなくて」
「冗談だよ。しんどいときはコンビニ弁当で済ませるけど、たいていは自分で作る。作るのは嫌いじゃないし。それに今日のなんか、簡単だろ。レトルトのごぼうサラダに、ハンバーグだけだもん。あんたのお弁当ほど豪華じゃないよ。それって誰の手作り?」
マシロと談笑しながらお弁当を食べる日々が始まりました。そして、自分でもお弁当を作れると知ったのも、マシロがいてのことでした。

帰宅部のタツは、学校が終わってまだ家に帰りたくないとき、図書館に行くか、駅前のスーパーに行きます。
今日はスーパーが入っている建物の一階入り口が自動販売機の置いてあるカフェスペースになっていて、そこに行きました。無料で水も飲めます。タツは水を出しました。

タツは、昨日からのゾクッの意味を考え始めました。
今までは母親に触られても安心感を感じていたのに、昨日はゾクッときて、今日は触られる前からずっと緊張していました。
結局、意味はわかりませんでした。

タツは帰宅し、今日は自分で玄関の鍵を開けました。それから、母親がタツの部屋のクーラーをつけに行こうとしたので、自分でやると断りました。
ダイニングには、急に作りたくなって、と言ってクッキーがたくさん置かれていました。タツに近づいた母親が夏場の汗が出ているタツの髪に触ろうと手を伸ばしてきます。
タツは避けきれずに、くしゃくしゃにされました。
そっと触られるのも、くしゃくしゃにされるのも、どっちも嫌だなと思いました。
クッキーを食べている間にまた学校はどうだったかと聞かれたので、タツはマシロのことを話しました。
「山崎さん、母さんのお弁当を豪華だって言ってたよ」
「嫌だ。そんな。山崎さんって人、大げさ。あんなの普通でしょ」
それでもそんなふうに言われるのは嬉しい、山崎さんにお礼を言っておいて、明日からのお弁当もがんばるねと母親は喜びました。
「楽しみ」
タツは、思ってもないことを言う自分にうんざりしました。嘘つきだと。

自室に戻ったとき、タツは母親が勝手に部屋に入ってくるのは嫌だなと思っている自分に気づきました。
洗濯物を畳んで仕舞ってくれているのも、学校に行っている間に掃除をしてくれているのも、「侵入」だと思った途端、なんだか居心地が悪くなってきて居ても立っても居られなくなりましたが、ここしか自分の部屋はないんだと思って、こらえました。

今日の夜ごはんは父親が遅くなるとのことで先に食べようか? と言われましたが、待つことにしました。
ごはんを食べるとき「今日、学校はどうだった?」と父親が聞くときは大抵機嫌がいいときです。
何を話そうかと思っていると、母親が話し始めました。マシロのことです。
「タッちゃんのクラスメイトの女の子が、わたしの作ったお弁当を豪華だとうらやましがったそうよ、お父さん」
うらやましがったと言った覚えはないけれど。
「で、それを、君は喜んでいるの?」
父親が母親を無表情に見つめます。
母親があわてたように言います。
「そうでもないけど」
そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいんじゃなかったの?
「ユキは、家事が仕事なんだから、しっかりした弁当を作るのは当たり前だろ。それを豪華と言われて喜んでいるのはおかしい」
「そうよね。わたしもタッちゃんにそう言ったの。『あんなの普通でしょ』って」
タツは黙って煮浸しを食べます。
「『あんなの』はよけいだが、ユキの弁当は普通においしいよ。いつもありがとう」
父親が笑顔で言いました。
それから、父親の部下の話になりました。父と仲が良いと周りに自慢していたらしいのですが、自分は可愛がっているだけで仲が良いのとは違うと訂正して、その部下にも撤回するように言ったそうです。
父親は、黙っていると怖いくらい静かですが、話し始めると止まりません。たいていは自慢話か、誰かの批判や悪口ですが、それをとても楽しそうに話すのです。小さな頃、そんな父親をすごい人なんだと勘違いしていましたが、今は父親の一方的な見方であって、他の会社の人や社会は違うのだということを知っています。けれど、それを少しでも指摘すると、父親は自分が理屈で勝つまで問い詰めてくるし、ときにはタツを傷つけてくることもあるので、今は黙って聞いています。
母親は、ときどき合いの手を入れながら、父親の話に感心しています。それが本当にそう思っているからなのか、家族の平和を守るためなのかはわかりませんが、うれしそうにしていることは確かでした。


三日目。
お弁当を作るのは大変じゃない? と聞くと、大変じゃないわよ。お父さんと大事なタッちゃんのためだもの、と返ってきました。そうじゃないんだけどな、と思いましたが、「大事なタッちゃんのため」というのを頭で繰り返してゾクッとしました。

またいつものメンバーで登校していると、今度はタツは成長期ではなくて反抗期ということになりました。

お昼。今日のお弁当は昨日より豪華になっていました。マシロに豪華だと言われて張り切ったのでしょう。マシロにもグレードアップしたねと言われました。
昨日母親にマシロのことを話したからだよと言うと、そんなことも母親に話してるの? 仲良いんだねと言われて驚きました。タツは母親と仲が良い自覚はありませんでした。
そして、今日のマシロのお弁当には自然解凍するタイプの冷凍食品が使われていて、なるほどそんなものもあるのかと勉強になりました。

今日は珍しく帰りがカホと一緒になって、カホに最近マシロとよく話してるねと言われました。けれど、マシロと話すきっかけになった"弁当箱を眺めていた理由"がうまく話せなくて、いつか話すそのときまで待ってもらうことにしました。
カホと別れて、タツは駅前のスーパーに寄りました。マシロから聞いていた冷凍食品を見に行くと、タツは無意識のうちに調理方法を調べたり一個当たりの値段やトータルでいくらの弁当になるかなどシミュレーションをしていました。

家に帰ると、母親がミルクティーとお菓子を出してくれました。
そして、昨日の父親の悪口を言い始めました。
タツは、母親が悪口を言うときもあれば良いことを言うこともあって、どっちが本音なのだろうと思いましたが、たぶん目が輝いているので悪口のほうだろうと思いました。そういうところは、母親も父親に似ています。
自分はというと、適当に母親に話を合わせているので、父親に話を合わせる母親に似ているのかもしれないなと思いました。
マシロの冷凍食品のお弁当の話をしたら、母親は「そんな手抜きなんて、お母さんは絶対にしたくない」と機嫌を損ねました。
いつもは置いていく食器を、今日は自分で洗いました。

自室に入り、また考えます。
ぼくは母親を嫌っているんだろうか?
困るのは、タツにはそれがよくわからないことでした。
最近のタツにとって、母親は、ただそこにいるだけの存在でした。
学校へ送り出し、弁当を作り、帰ったらおやつを出してくれて、洗濯もしてくれて……
母親に何でもしてもらっている自分に気づいたタツは、それではダメだと思いました。今までは当たり前だと思っていた、というか当たり前すら考えず、何も考えていませんでした。
なんだろ、これは? なんだろ、ぼくって。
ぼくは子どもだから、勉強だけをしておけばいいのだろうか?
うん。それはそうかも。ぼくはよけいなことを考え始めているのかもしれない。
だいたいぼくは、ぼくが母親を嫌っているのかを考えようとしていたはずなのに、どうしてぼくがダメなやつだって話になっていくのだろう?
ぼくが感じるゾクッと、ぼくがダメだってことは関係があるのだろうか?
それともこれはみんなが言うように反抗期だからなんだろうか? 反抗期だから、母親にゾクッとくるし、弁当が気持ち悪くなるのだろうか?
タツの頭には疑問ばかりが浮かんでは消えました。

とりあえず、弁当は自分で作ることにしました。
自転車で駅前のスーパーに行き、冷凍食品を買いました。ドライアイスも手に入れて、何だか一つ賢くなったような気がしました。

家に帰ると、母親が冷凍食品を見て、「何なのこれは?」と聞いてきました。
そこから言い争いになって、母親は父親とタッちゃんの二人分を作ってるのだから、タツの分だけ無いのはややこしいでしょと言って、一人分も二人分も手間は変わらないから、お母さんが作ると言って聞きませんでした。
「でも、もう冷凍食品を買ったから。それで作るよ。面倒はかけない」
母親は冷凍食品にかかったお金を払うから、お弁当は作らなくていいと言います。
二人とも譲りませんでしたが、結局母親が折れました。
「じゃあ、作れば、タッちゃん」
母親が本当には笑ってない笑みを浮かべて、タツはゾクッとしました。

母親が夜ごはんのときに、父親にさっきのことを言いました。
すると父親が怒り出し、弁当なんて作る必要はないと言いました。
しかしタツが食い下がったため、それなら勝手にしろと父親に言われます。つまらんやつだ、とも。
タツはそれでも弁当を作ろうと決心して、その日は早めに寝ました。


それから、タツのお弁当作り生活が始まります。
この物語は13日目までですが、ずっと両親には反対されています。
タツは自覚があまりありませんが母親からの自立がテーマなので、お弁当作りだけでなく、食器を洗ったり、洗濯物も自分で洗うようになります。
父親とも大口論になった末、お小遣いを止められてしまいます。
タツは正直そこまでするか? と思いましたが、逆に断固として譲れないと思い、お年玉貯金を崩して続けることにしました。
これには父親も何も言うことができず、冷戦状態に。
母親は相も変わらず、タツにベッタリで、タツが生きがいで、いつまでも小さな頃のタツでいてほしいと本気で願う状態でした。
これでは、タツが逃げたくなるのも無理はありません。
タツは、両親が結婚するときに決めた取り決め(役割分担)にヒビを入れることになりました。父親は外で稼いで家にお金を入れ、母親は専業主婦で家のことをする。タツは勉強をしていればいい。その関係にヒビを入れるのです。
子供が自立を願うとき、家族の在り方も少しずつ変わっていって、それこそ役割分担なども変わっていって、いつかは家を出て一人暮らしをすると思うけれど、その日まで変わり続けるものだと思います。そうやって大人になっていくのだと思います。
親が子供の自立を妨げる構図というのは、意外とあるものです。
そこをなんとか乗り越えて、子供は大人になっていくのかもしれません。
そこには、親の変化も避けては通れません。どんなに小さな変化でもいいので、毎日少しずつ子供に影響されて、親の在り方も変わっていく。そうやって、親もまた大人になっていくのかもしれません。

タツは、物語中どんなにこわいと思っても、ゾクッとしても、父親や母親にNOという意思表示をしてきました。子どものままでは嫌だと。
タツが作中で言っているように、この子どものままでいられる時間も数年しかありません。どんどん大人になっていきます。モラトリアムは確かに大学生まであるのかもしれませんし、伸びているのかもしれませんが、タツの場合最初の成長期、あるいは反抗期、あるいは自立心の芽生えは中学一年生から始まりました。これが早いのか遅いのかはわかりませんが、あんなに小さかった子が制服を着て中学校に通う、それだけでもう今までの無邪気な子供ではないのだなと思わされます。
少しだけ成長して大人に近づいているのです。
思春期という言葉もあります。
母親から自立したいと思うのは当然のことだと思います。
タツは、母親の愛が重いと言っていました。
自分以外のものに興味を持って、趣味でも何でも探すべきだと。

この物語は教師という大人の第三者が関わってきませんが、友達は関わってきます。いろんな意見を持った友達がタツの考えを整理するのに手助けしてくれます。
家庭の中の異常さを子供はわかっています。
気づいていないのは大人のほうです。
それをかち割って救ってくれるのが、ある意味子供との衝突かもしれません。
また子供は成長していく中で、親のありがたみも理解していきます。父親が仕事をしてお金を稼げること、母親が家事をしてくれること、それは大変なことなのです。それを自分でやってみながら親に感謝の気持ちも湧くのです。
でも、家族の仲がこじれていたら、感謝の気持ちは親には届きません。子供の中で養分になり、また反面教師の部分も養分になり、大きくなっていくだけです。

タツはまた、部屋の中に入って欲しくないと言っています。
これはプライバシーの問題です。
親はいつまでなら子供の部屋に許可なく入ってもいいのでしょうか?
子供も成長してくると、自分のテリトリーの中に入ってこないでほしいと思うものです。
自分だけのパーソナルスペース。別に何かやましいことをしているとか秘密があるとかそういうことではなくて、ただ不快だから入ってほしくないのです。
一人の人権の獲得、というと大袈裟ですが、タツの両親がタツが生まれる前から決めていた取り決めは、タツを自由にはさせてくれません。むしろ人権などないように思われます。
子供には子供の立場があり、思いや考えがあり、それこそ成長するための安全な場所が必要です。家族として存在するためには、人権が必要なのです。
何を言っても母親が入ってくるので、タツはとうとう南京錠を買ってきて取り付けました。ぼくが居るときも、居ないときも、部屋には入らないで。
しかし、父親にバレて、怒りのまま留め金をバキッと剥がされてしまいます。壁やドアの一部もはがれるくらい力任せに剥いだそれは、あまりにも衝撃的で、タツが可哀想で、侵害とはこのことだなと私も思いました。
タツも鍵をつけるのはやり過ぎだとわかっているのです。
そうまでして、なぜ人権をくれないのかという訴えを起こしているのです。

今まで普通に過ごしていたのに、父親のように家で何もせずふんぞり返ることはしたくないと思えるタツは大人だと思います。
母親にそれってどうなの? と思うことを言われても、母親を傷つけないように配慮しながら発言するタツは、嘘つきかもしれませんが大人です。不甲斐ないとか弱虫だとかいろいろ自分でへこんでいますが、私は根っこの部分の他人への優しさがあるから、タツはグレずに自立したいと思うようになったのだろうと思います。
弁当を作ったり洗濯を自分でしている間はお小遣いを止められてしまうので(それもどうかと思いますが)、高校生になっても続けるためにはバイトをしなくてはいけません。でもタツは、バイトをしてもいい高校に入って、バイトも楽しんで乗り越えていくのだと思います。そして、料理もレパートリーを増やしていって、大学生になった頃には一人暮らしをするのかもしれません。
その頃に、あのとき反抗し続けて良かったと、心から思うはずです。
誰も味方がいない中で、よく頑張ったと。
あんなこわい父親からよく自分を守ったなと、思えるはずです。
自分が今まで身につけたことが全部自分を助けてくれます。
今度は自由になれるのです。
そんな爽やかさを一瞬だけ、最後の文章で感じることができます。
この物語は始まりのたった13日間の話ですが、タツの戦いはずっと続くのです。


さて、長くなってしまいました。
いかがでしたでしょうか?
自立がテーマの物語でした。
私は料理も洗濯も大きくなってからしかしてこなかったので、タツは偉いなと思いながら、心の中で応援しながら読んでいました。
中高校生の方にも読んでほしいですが、その親御さんにも読んでほしい物語です。
子供の成長は一瞬です。
それでも、その成長を自分が妨げていないか、よく考えてみなければいけません。
タツが普通に育ちますように。
良い家庭を築けますように。

それでは、また
次の本でお会いしましょう~!


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