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常識を疑え

私の脚本の師匠は芦沢俊郎先生と言いまして、先生の私塾で教わったことをひと言にまとめると、
「一般社会通念を疑え」ということになります。
例えば、
「愛する人と添い遂げることはすばらしい」
「結果がどうであれ、努力はそれ自体に価値がある」
といった、誰からも否定されないであろう、”正しい考え”や、常識を疑い、そこから逆立ちした価値観を魅力的に描くことができれば、脚本家としては「百戦危うからず」なのだというのが芦沢イズム。
芦沢先生はこの「一般社会通念から逆立ちした独自の価値観」を「妖しい情念」と呼んでいます。

例えば、落語の『目黒のさんま』。
遠乗りに出かけてお腹を空かせた殿様が、帰りに通りかかった目黒で「庶民が食べる下衆魚」である、さんまを焼いたものを口にします。
これが驚くほどおいしく、後日殿様は「またさんまが食べたい」と所望。
ところがお城で用意されたさんまは、家臣の余計な気遣いで脂がすっかり抜かれ、骨も一本一本抜かれて無残な姿。
食べてみて、その味にガッカリした殿様は「さんまは目黒に限る」と嘆いた……という噺。

これは、「殿様は偉い」「殿様は庶民よりもずっと幸せ」という社会通念をひっくり返した噺であり、だから面白いんだと思うんです。
「殿様はいつも偉そうにしてるけど、俺たち庶民が気楽に食べてるさんますら、好きに食べられない」
「殿様はかわいそう」
という価値観の逆転があるわけです。

不思議なことに、私は脚本の教室を卒業してからも度々「それって、”妖しい情念”と同じことだよね?」という話をよく見聞きするんですよね。

例えば、『ゼロトゥワン』という本。著者はスタートアップ企業への投資を行うエンジェル投資家のピーター・ティール。
「まだ誰も気付いていない、価値あるビジネスを行う会社こそが、投資に値するイノベーティブな企業」
「そういうビジネスを見つけるために大切なことは、バイアス(思い込みや偏見)を頭から取り払うことが重要」
ということが繰り返し書かれています。

この「思い込みを外す」ということが、私の人生全般の大事なスローガンになっているような気もするんですよね。(ちょっと大げさかも……。)
わが家は、私が東京、夫が香港で働いていまして、東京—香港間の遠距離恋愛から結婚に至りました。
「結婚したら、夫婦は一緒に暮らすもの」という一般常識を守ると、私が脚本家を辞めて香港に移るか、夫に東京に戻ってもらうかのどちらかしか、選択肢がなかった。
でも「常識とは違っていたとしても、自分たちにとってベストの選択ができればいいんだ」と考えることができたので、今の生活スタイル(東京7割、香港3割ぐらいの生活)を選ぶことができました。

「重要な局面にいるときほど、一旦思い込みを外して考えてみよう!」を心がけている者としては、この考え方、悪くないんじゃないかと思っています。

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