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フェミニズムを理解するように熱燗を理解すること ~飲む人も日本酒も差別されないために~|あつかんオン・ザ・ロード番外編 |DJ Yudetaro


はじめに

個人的な都合で取材に行けなかったため、今回の旅の記録はお休みとする。
だが、連載開始当初からこの企画はあたためており、一度は書いておこうと思っていた。

あつかんオン・ザ・ロードは、熱燗の場を巡る旅であり、私にとっての理想の場とは、飲み手の人種/性別・日本酒の種類/温度帯が差別されることなく楽しめる空間である。

当初、全国の居酒屋、酒場に顔を出すなかで、それがしばしば侵害されるであろうことを覚悟していた。不寛容で排他的、保守的な側面を持ち、昭和の悪習の残香に鼻をつまむ状況があるだろうと思っていたからだ。
そして、私自身が嫌な思いをしたり、居合わせた客が差別やハラスメントを受けていたり、また店の空気が一部にせよそういった圧力に潰されていたりしたならば、目をつぶらずに声をあげ告発していこうと決めていた。
それも記事にして問題提起しようと思っていたのだ。

ところが、今まで訪れた所でそういった場面に出くわしたことは一度もなかった。
どこの店も性別年齢問わず幅広い客層が自由に日本酒を楽しんでいる場だったのである。店主が誰でも気持ちよく飲める雰囲気を作ってくれていたし、客もそれにこたえて気持ちいい立ち居振る舞いをしていた。
人に対してもそうだが、日本酒に対しても寛容で敬意があり、出された熱燗はどれも愛情がこもっていた。素晴らしいことだ。
引き続き、これが継続することを願って、旅を再開したいと思う。

……さて、しかし、ここまでで文章を終わりにしてしまったら、記事として内容がない。
実はオン・ザ・ロードの取材ではなく、私の普段の居酒屋探訪のなかでは「ん?」と思った出来事が時々あった。

今回それらのエピソードを紹介しながら、不適切な要素を考察していき、まだまだ酒場に残るジェンダーの不平等性、一部の日本酒ファンの排他性などを洗い出すことで、理想の熱燗の場構築に向けた問題提起としたい。

……といっても、私自身、そんなことをあまり偉そうに啓蒙できる人間ではない。
学生時代からフェミニズムに関する知識はあり、性差別是正の重要性は分かっていたものの、幼いころからトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)にまみれて育ってきた世代だ。女性に対し加害的な文化の影響を受け、就職してからもパワハラ、セクハラ体質の男性社長・上司のもとで働いてきた。
環境の要因は根が深く、如何に私が相対的に差別、不平等の問題を捉えることができても、自分自身が男性として数々の過ちを犯してきたことは認めざるをえない。
なので、各ケースに対し自身の経験を踏まえた反省も書き添えることで、自戒の念をこめようと思う。

居酒屋にいる女性をホステス扱いする男たち

先日立ち寄った家族経営の老舗居酒屋で、こんな出来事があった。
厨房に60代くらいのご夫婦が立ち、ホール担当が20代の若い女性(おそらく娘さん?)という構成の店である。


飲んでいると、常連と思しき60~70代くらい白髪の男性2人組が入ってきた。ほろ酔いで声が大きい。
男A「こんばんは~、どうもどうも、また来ちゃったよ~、(ホール担当の女性に向かって)ジジイでごめんな。」
男B「でもジジイは若い娘と話したくてたまらないんだよ~、ジジイの接客するのやだろ?」
女性 笑顔で「そんなことないですよ! お待ちしてました♪」
男A「嬉しいねえ~、○○ちゃん、やっぱいいねえ。可愛いねえ」
男B「可愛いんだよ。愛想があるからさ。愛想がないとダメだな」
男A「そうだよ、それに比べてXX(店の名)の▽▽ちゃん(女性の名)ときたらさ、むすっとしてるんだよ、いつも。別に顔は悪くないんだけどさ。事務的っていうの? それなのに結構話に入ってきて意見も言うんだよな。ほんと可愛げないよ」
男B「ああ、XXか。あそこ料理は美味いんだけどな」
男A「もったいねえよ。顔はすごい良いんだけどな。損してるよ」

その後、男AとBは店内のテーブルにいた女性だけのグループに、なれなれしく話しかける。
内容は「きれいだね」「芸能人の○○に似てるね」「ぜんぜん太らないね」など容姿を褒めるものが目立つ。
以前から顔見知りだったようで、会話自体は盛り上がっていた。


まず、男Aと男Bの発言は典型的な「ミソジニー(女性蔑視、女性嫌悪)」であるといえる。

・女性だから優しく相手にしてくれるのが当然だと思っている
・優しく相手にしてくれない女性を嫌悪している
・女性が意見を言うのは可愛げないと思っている

自分に対して愛想がない女性、意見を言う女性に対しての嫌悪、ミソジニーの発露である。加えてルッキズム思考もみられる。

なおこの店、厨房から時々大将が出てくるときがあったのだが、かなりムスッとしてて不愛想だった。だがそれについては何も気にする素振りがない。
つまり、この男たちは女性にだけ愛想を求めていて、男性にはそれを求めていないということになる。
男性は料理を美味く作ればよく、女性は愛想がないと店の損になるという考えなのである。

おそらく、この男たちには女性蔑視の自覚がない。
問われたら、きっと「女性のことを崇拝している」とでも言うだろう。
「俺たちは女性のことを褒めているんだぞ、何が蔑視だ!?」と。
だが、自分にとって都合のいい女性像に当てはまった女性だけ崇拝しているにすぎず、その枠を外れた女性を嫌悪していることに気付かない。
居酒屋店員に求める役割も、女性だけに愛想というタスクを押し付けている。まるで嫌な部下にだけ重荷を背負わせるように。

また、顔見知りとはいえ女性だけのテーブルにいきなり踏み込んでいって喋りはじめるのは、女性客のことを勝手にホステスと見做しているような振る舞いだと感じた。
執拗に容姿を褒める発言をしているが、口説こうとでも思っているのだろうか。容姿を貶しているわけではないから問題ない? 常連でいつもそうやってるし、相手も拒否してないから問題ない? 
私には見ていて違和感が残った。
(おそらく▽▽ちゃんには嫌われているのだと思う、それに気付かない鈍感さ、厚かましさもなかなかのものだ)

お店のスタッフや女性客は、最後まで彼らを相手にしながら笑顔を絶やさなかったが、本当に心から楽しめていたのだろうか。内心、ストレスは相当溜まっているのではないだろうか。
彼らの行為のせいで心理的な負担が蓄積されていき、いつか店を辞めてしまったり、店に来なくなったりする日があるかもしれないと思った。

【自己反省】
私自身も以前泥酔し、DJバーやクラブで馴れ馴れしい態度をとって女子を困らせたことがあった。それどころか抱きついたり身体を触ったこともあったと思う。直球のセクハラ行為だ。最低だった。本当にすみません。今はもうない。

日本酒を勝手に語りはじめる男たち

ときどき行く日本酒バーでの出来事。その店の客層は主に40~60代、男性が多め。感じ悪い客は少なく、和気藹々としており、普段はとても雰囲気がよい。


その日、日本酒にかなり詳しく、物静かな常連のSさん(50代後半男性)はいつもの席で淡々と飲んでいた。
そこに、この店としてはかなり珍しい20代後半くらいの女性が1人で来店してきた。空いていたSさんの隣に着席。
「このお店初めてなんで、いろいろ教えてください。最初の一杯どうしようかなあ……」
接客で忙しくしていた店主はそこで「Sさん、何かおススメ教えてあげてくださいよ」と軽い気持ちで振ったのだと思う。
だがそこからSさんは人が変わったかのように、彼女に対し怒涛のように「日本酒論」を語り出し、止まらなかった。
薫酒・爽酒・醇酒・熟酒の4タイプの分類に始まり、酒米や製法の違い等、唾を飛ばして延々と説明、講義。
「山田錦がいいよ、なんか最近は雄町が好きだみたいな女性も多いんだけどね、山田錦が結局間違いないから」
「ここは蔵まで行ったんだけどね、去年の方がよかったね。麹蓋を変えてから造りがイマイチだな」
聞いてもないことを喋られ、女性も戸惑っている。店に置いてある酒をイマイチといわれて店主の顔も曇った。
結局、女性の好みに合った酒というよりも「Sさんイチオシの銘柄」を立て続けに注文させられていた。
Sさんのマシンガントークは止まらない。知識をひけらかし尽くした後は、自分が今までどれだけ飲んできたか、蔵を巡ってきたかの自慢話。
女性も「すごいですね、お詳しいですね」と同じ相槌をうつのが精一杯で、質問の猶予すら与えられない。
最後、その女性は「楽しかったです、日本酒って奥深いんですね。また来たいと思います」とにこやかに去って行ったが、あれ以来店で姿を見かけたことはなかった。


典型的な「マンスプレイニング」である。
マンスプレイニングとは、主に男性が、相手を無知または特定の分野に詳しくないと決めつけて、見下すように何かを解説したり、知識をひけらかしたりすることをいう(※1)。

Sさんは、さぞかし気持ち良かったことだろう。自分の話を目一杯披露できて、ご満悦だったはずだ。
だが、その女性としてはSさんの圧にのしかかられ続けており、不快だったに違いない。
Sさんが初見の客に接するとき常にこのように語るのかというと、私が見る限り男性客に対してはそのようなことはないので、やはり女性に対する偏見があると言わざるを得ない。
また、酒に対してネガティブなメンションも多いのは、店全体にとってマイナスとなり、失礼だ。

今回のケースではマンスプレイニングを行ったのは常連客だったが、店主がやってしまう場合もあると思う。
ことさら日本酒好きは「こだわりが強く」「語りたがる」人が多い。
そして女性の客、特に初心者は標的にされやすい。

【自己反省】
私もマンスプレイニングをやってしまうタイプだ。日本酒以外でも、本の話とかパソコンの使い方とか音楽のこととなると、つい女性に対し延々としゃべってしまうことがある。引かれたことも多々ある。意図的に気を付けるようにしている。

※1 引用:https://ideasforgood.jp/glossary/mansplaining/

日本酒を規定、否定したがる人たち

日本酒の種類が豊富で、店主が燗酒も好きな居酒屋。そこでこんな出来事があった。


60代くらいの男性客が刺身を注文。ビールも終わり、日本酒を頼むことになる。
客「辛口の酒ちょうだい!」
店員「本日ですと、辛口以外にも色々取り揃えてございますが、いかがいたしますか?」
客「とにかく一番の辛口で! 刺身には辛口しかあわないから」
店員「かしこまりました、では一番日本酒度が高いこちらでよろしいでしょうか。ぬる燗くらいがおススメですが温度はどうなさいますか?」
客「え? 地酒だろ?純米でしょ? 冷やの方が美味いんだよ。冷やで!」


今でも時々見かける「辛口原理主義者」である。だいぶ減ってきた印象だが、まだ生息している。
辛口以外の酒も試してくれればまだいいのだが、得てして辛口以外は酒と認めないという考えの持ち主で耳を貸さないのが特徴だ。
その他、地酒や純米、純米吟醸といった「上等な」酒は冷やで飲むものだと決めつけている人も多いし、醸造アルコールいわゆるアル添が入った酒を毛嫌いして飲まない人もいる。

客ではなく店側がそういうスタンスの例もあり、たとえば
・なぜか「燗はできません」と突っぱねる店。
・特定の蔵や酒の悪口や揶揄を延々と聞かされる店。
・店のこだわり以外に対して不寛容であり、日本酒の規定と否定がすぎる店。
「うちは純米なら〇〇だけ。△△なんて認めませんよ、あれ飲んでる奴はダメだね!」など冗談ではなく言う人もいるが、もし客のなかに△△ファンがいたとしたら、どう思うだろうか。

【自己反省】
5年ほど前、少し日本酒を詳しくなってきたころ、口当たりがよくてフルーティーな純米酒だけを冷酒で飲むようになり、それ以外の酒、主に重くコクが強いタイプについて「こういう酒は不味い」と切り捨て、無視していた。燗酒の奥深さを知り、以前の思い込みが誤りだと分かって恥ずかしくなった。

日本酒の多様性は性の多様性と同じ?

私はフェミニズム関連の本を読むのが好きである。
生まれながらの性も男性で、性自認も男のシス・ジェンダー(生まれ持った性別と性自認が一致していること)であり、性愛の対象も女性という一番のマジョリティである私が、フェミニズムに相当な関心を持っている理由は、学生時代からマイノリティ文学やカウンターカルチャーに傾倒していたということもあるが、哲学的興味によるものも大きい。

昭和の終わり頃生まれた私にとって、学生時代まではジェンダー多様性の概念は無知だったから(せいぜいゲイ、レズビアンくらいだった)、2010年代くらいからのLGBTQ+という用語の普及に伴うセクシュアリティの細かい分類とそれに伴う論議は、新しい哲学の登場とその浸透にリアルタイムに接しているようで大いに面白かった。
また、自分自身が小さい頃から男らしさを強要されるホモソーシャルな環境に抑圧され苦しんでいたので、性的マイノリティの置かれた立場に共感し、すぐにアライ(味方)になったというのもある。

そんななか、私はジェンダーの分類と日本酒に相似性を見出した。

日本酒の種類は多種多様すぎる。
火入れ、生酒、山廃、生酛、精米歩合によって大吟醸、吟醸と別れたり、添加物が入っていると本醸造になったり、搾りたてもあるし熟成酒もある、味わいだってさまざまで、あまりにも多くのタイプに分かれている。

では、そのうちどれが「いちばんふつうで、一般的な日本酒」なのか、と考えると、どれでもないのである。
セクシュアリティも同じで、肉体的な特徴、自認している性、さらにはノンバイナリーといって男でも女でもないなど、多種多様で、どれが「一般的な性なのか」というと、どれも違う。

※もちろん、女性/男性に生まれてきて女性/男性を自認し、性愛の対象も異性なのが「ふつうだ」などということは差別である

つまり、性別に「ふつうの性」がないように日本酒にも「ふつうの日本酒」がないのである。私たちは全員ふつうじゃない、いってみれば全員クィア(風変わり)で、日本酒も1本1本みんなクィアなのだ。
だからどれも否定できない。尊重する必要がある。

仮に、吟醸酒の生酒を女性、山廃の純米酒を男性と例えたうえで(何ともステレオタイプではあるが)冷酒で飲むのを「女らしい服(スカートなど)を着る」とたとえよう。燗を「男らしい服を着る」とする。
酒にとって、どちらがどんな服を着たっていいのである。もちろんそのうえで結局似合わなかったな、というのは仕方ない。
「ふつう生酒は温めないよ」というのは「女は女らしい格好をするべき」と言っているのに等しいのではないか。

これは統計的な根拠があるわけではなく、あくまでも私の経験と所感によるものであるが、「自分の好みに合わない日本酒をやたら否定したがる人」や「日本酒の飲み方をやたら規定したがる人」は、女性蔑視的な考えを持つ年長の男性(50代~)に多い気がする。
私が散々嫌な思いをさせられた以前の会社の社長や上司も、なぜか皆日本酒とは「辛口の上等な酒を冷やで飲む」ことだと決めつけていた。
そして酒を飲めば出てくるのは女性蔑視、セクハラ発言のオンパレードだった。取引先との飲み会では、女性社員にお酌を強要させていた。

おわりに

ジェンダーギャップ指数が低迷し、社会に根強い女性差別が残る日本。

熱燗を楽しむ場を「家父長社会である昭和の遺産」にしてはならず、差別、ハラスメント、何かしらのジェンダーのアンバランスさがあれば、積極的に是正していきたい。
特に筆者(40代)以上の世代の男にとって、ミソジニーやマンスプレイニングの根源的な撲滅は課題である。私自身、こうして書くことで振り返ってみると女性への加害を多々行っていたことがわかり、猛省した。今後は再発しないように、ここに誓いたい。
ゼロにするのは困難な道のりかもしれないが、ヘテロ男性(異性に対し性的な感情を抱く男性)ひとりひとりがフェミニズムを理解して意識を持つことから始めれば、変わるはずだ。
決して「女子なのに熱燗なんて好きなの?」などと口が裂けても言わないように。

そして、セクシュアリティと同じく多様で、どれが正解でもなく、どれがふつうでもない日本酒に対するスタンスも同様だ。こだわりを持つことは大事かもしれないが、規定、決めつけ、排除ではなく、各々の酒質を認め尊重し、自由に楽しむマインドを持つこと。
それが、「今このお酒を熱燗にする」意味への理解につながるだろう。

さて、最後に残念な事例をあげて終わろう。
日本酒界ではミスターsake/ミスsakeコンテストというのが毎年開かれている。別に私はコンテスト自体は否定しない。好きではないが。
問題はその応募資格である。

「男性は満20 歳以上であること。(2023 年4 月1 日現在)男性であること。女性は満20 歳以上39 歳以下であること。(2023 年4 月1 日現在)未婚の女性であること。」

この非対称性の背後に何が見え隠れするだろうか。

詳しくは以下の記事で取り上げられているので、一読いただきたい。
https://note.com/sakeschi/n/ndf151c03e603


【参考文献、サイト】
レベッカ ソルニット (著)、ハーン小路恭子 (訳)『説教したがる男たち』左右社
荒木菜穂「エッセイ:可愛げのない「酒場女子」のいる風景 ~酒場の魅力とモヤモヤと」『女子学研究会』
http://joshigaku.net/_src/sc1247/araki_2018.pdf
太田啓子 『これからの男の子たちへ :「男らしさ」から自由になるためのレッスン』大月書店
「インチキ自己肯定からくるミソジニー 根底にある寂しさ」『朝日新聞』
https://www.asahi.com/articles/ASP9X3QKKP9JUPQJ00K.html

著者:DJ Yudetaro
神奈川県生まれ。DJ、プロデューサー、文筆家。
写真家の鳥野みるめ、デザイナー大久保有彩と共同で熱燗専門のZINE「あつかんファン」、マニアックなお酒とレコードを紹介するZINE「日本酒と電子音楽」を刊行中。年二回、三浦海岸の海の家「ミナトヤ」にてチルアウト・イベントを主催。
Instagram:https://www.instagram.com/udt_aka_yudetaro/
Twitter:https://twitter.com/DJYudetaro/

この連載ついて
日本酒を愛するDJ Yudetaroが全国の熱燗を求めて旅する連載企画「あつかんオン・ザ・ロード」。毎月15日の18時公開予定です。

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