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世界は狭く、広い。青春を彩る9分間のドラマ「ブロードキャスト」(湊かなえ氏)

先日読んだ湊かなえ氏の作品『ブロードキャスト』※文庫版

物語の紹介は以下のように綴られている

湊かなえが描く、青春小説の新境地!!中学時代、駅伝で全国大会を目指していた圭祐は、あと少しのところで出場を逃した。高校入学後、とある理由によって競技人生を断念した圭祐は、放送部に入部。新たな居場所で再び全国を目指すことになる。

湊かなえ氏が描く青春小説

過去の作品は『告白』『Nのために』『往復書簡』を含め多くの作品を執筆。ミステリーの要素が強い筆者が今回描いたのは高校生の部活動にスポットを当てた青春小説だった

もちろん青春小説と言っても個人的には随所に湊かなえ氏らしさが出ているように感じた。高校でのクラス内で起こる現代の課題や、人間の心理模様。子供と大人との心理的距離感

心がざわつくミステリー的な要素とは異なる、「なぜ?」の部分を著書の中で表現してくれているように感じました

趣味は登山で大学時代はサイクリング部にも所属していた経験を持つ筆者。今回作品内で登場する陸上部と放送部は個の競技でもありチームの競技でもある。その要素をどのように描いていくのかも楽しみな一冊ですね

共感したのは自身の経験から

本作に共感したのは主人公の町田圭祐と自分を重ねる部分があったからかもしれない

とはいえ彼とは明確に違う部分もある

私自身は大学時代にアメリカンフットボール部から放送部に転向した

理由も主人公の町田君とは全く違う。私の転向はもっと自分勝手で、利己的な部分が強かった。今でも当時の仲間に対して勝手に後ろめたい気持ちを持っている

何かを辞める。という決断はそれだけでも恐ろしく辛く、勇気がいる決断だ

運動部から文化部への転向。この変化に戸惑う気持ちや、穿った見方を持ってしまっていた事。当時を振り返ると少なからず自分自身も持っていたように思う

サッカー部、アメリカンフットボール部と絵に描いたような体育会系の部活動を経験していた自分は、部活動での過ごし方やそこにいる人に対して戸惑いも正直あった

自分が馴染めるのか。この空間で全力を尽くせるのか

しかしながら甘いのは自分自身だったと当時を振り返っても思う

当時の大学の放送部は映像技術、音声技術、制作、アナウンスの4つの部門に分かれていた。私はアナウンスの部門に入り校内の放送やイベントでアナウンサーとしての役割を担当した

正直に驚いた。全員がプロフェッショナルを目指して、いやこだわって作品作りや画作りを行っていたからだ

自分が見たことのなかった世界は、これまで自分がいた世界と共通している部分も多くあったと、本書を読みながら思い返していた

作品の話に戻ろう

世界を広げてくれる他者の存在

部活動という中高生では象徴的な活動

その中で陸上部という部活動を選び、少しづつ自信と夢を描いてきた主人公の町田圭祐

駅伝という個人ではなくチームで競う競技で全国大会を目指した町田はあと一歩のところで出場を逃した。エースであり親友でもある良太のケガ、出場が見送られた不可解な理由が拭いきれないまま彼の中学での青春が終わった

高校で新たに全国という舞台を目指す。陸上で。そのはずだった。しかし彼に立ちはだかった壁は大きかった

陸上競技を続けることが難しい。という現実、ショックの度合いは正直図りかねない。文庫本の紙をめくりながら主人公の心に自分を重ねた

仲間と汗を流し、タイムを伸ばし、小さかった自分の自信を徐々に積み上がっていく。築き上げた仲間との信頼や自信が0になることはない

しかし、どう感じてしまうくらいの絶望を味わったのかもしれない

そんな彼に声をかけたのは同じ三崎中学校出身だった親友、陸上部のエースであった良太。ではなく、中学当時は全く接点のなかった正也だった

その正也は、熱心に彼を放送部に誘った。脚本家を夢見る正也は、彼の「声」に一目惚れならぬ一聞惚れをしたのだ

最初は戸惑った圭祐も、正也の熱意に押され、そして高校の陸上部で全国を狙う良太を前に素直になれない気持ちを抱きつつ、放送部の体験入部へ臨む

そこで圭祐は新しい世界に出会う

自分が過去経験してきた運動部との違い

同時に身近でエネルギーを持って本気で取り組もうとする友人の存在

その環境に戸惑いながら自分に起こる変化を受け入れていく

同じ放送部として所属する1年生は脚本家を目指す正也、そして圭祐と同じクラスの久米さん

このクラスメイトの久米さんの存在も物語の、そして彼らが作り出す作品の大きなエッセンスになっている

クラスの中で疎ましい対象になっていた気弱な久米さんという存在

ある意味中学校・高校の中でイメージできそうな人物

現在の学校生活の中で「課題」として取り上げれられる事の多い事象を、物語の中で取り上げているように見えた

ただ、これは見方を変えると子供たちの社会だけでなく、大人になった私たちの日常の中でもより色濃く表れている事象でもある

1年生の3人を含め、放送部全体でつくりだす「ケンガイ」という作品は、様々な状況や課題感を着想させる

圏外という言葉の意味とは相反するような、新たな世界の広がりを正也や久米さん、そして登場する多くのキャラクターが圭祐に広げていく

9分間に込められたドラマ

9分間という数字は、圭祐が中学時代目指してた3,000メートル走のタイム

その数字を再び目指すことが難しくなった圭祐には新たに、9分以内というルールの基、放送部で全国大会に出場するための作品を創るという新たな機会を得る

「走る」とはまた違う

ただ、彼には過去9分間を目指し、息を切らし、自分で足掻き目指してきた過去がある

その9分間という同じ時間を、今度は仲間と一緒に1つの作品作りの中で目指していく

その難しさ、葛藤、そして喜び

作中の中で描かれている、高校生だからこその柔軟性ある瑞々しい変化を、感じてほしい

そして、是非自身の中学生や高校生時代と重ねてみてほしい

紙をめくりながら、時折空を見つめる瞬間があるかもしれない

そうした過去と、その過去がつくってきた今を反芻しながらも、青春を感じられる一冊になっている

あまり過去に執着のない自分自身ですが、ほんの少しだけ、当時に戻りたいと感じました

続編の「ドキュメント」も発売中

こちらもまた読了後に感想を綴りたいと思います



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