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短編小説 「疑念の根拠」

ABCリサーチ社は、テレビ番組の視聴率調査をはじめとするメディアリサーチや、マーケティングリサーチを行う会社だ。
彼らは膨大なデータを収集して調査を行うことを売りにしていた。
例えば主業である視聴率調査においても、同業他社の調査対象世帯数が約1万であるのに対し、その100倍に当たる100万世帯を対象として調査を行なっているらしいのだ。
ちなみにABCリサーチ社は広告代理店であるイロハ社の持分法適用会社の位置付けにある。
ABCリサーチ社の全株式の40%をイロハ社が保有しているのだ。
ジャーナリストの利木元りきもと氏はこの2社の関係性を問題視しており、週刊誌に寄稿した記事のなかでこう述べている。

「恐縮です。イロハ社が保有するABCリサーチ社の株式保有率は50%に満たないわけですから、法的には両社は親会社と子会社の関係にはありません。しかし残りの株式を持っているのが謂わば身内であるテレビ局や調査機器を提供している電機メーカーであるという事実を鑑みれば、実質的にはイロハ社がABCリサーチ社の議決権を支配していると見るのが妥当でしょう。現にABCリサーチ社をイロハ社の子会社であると誤認している人もいますからね。先日私は桜新町のすき家で焼鮭たまかけ朝食を食べていたのですが、その時隣に掛けていたおじさんが納豆をかき混ぜながら連れ合いのおじさんに向かってこんなこと言っていました。…おい、おめえ知ってっか? ABCリサーチ社ってのはイロハ社の子会社なんだぞ。つまり広告代理店が子会社を使って視聴率調査をやってるんだ。ヤバくねえか? その気になりゃあ数字を水増しして広告主に真価以上の出稿費用を吹っ掛けることだって出来るんだからな。もちろん奴らが公明正大に仕事をしてる可能性もあるが、外部から検証する方法がない以上、部外者としちゃあやっぱり疑念を抱くわな。それに今はデジタル放送の時代だろ。時代遅れの測定器なんてのを使わなくても、もっとでっかいデータを収集することが出来るはずだ。なのにやらねえ。奴らは決してやろうとしねえんだ。要するに実際どれだけの国民がテレビを観ているのか、あるいは観ちゃいねえのか、その実態が明らかになっちまったら困る連中がいるってことだよ。そもそも広告代理店とかテレビ屋とかってのはなんだか怪しいじゃねえか。ほら、以前週刊誌に出てたろ? コスプレした未成年のアイドルがパンツ丸出しで代理店のおっさんの膝の上に乗っかってる写真がよ。いいな〜。俺も警備員止めて広告代理店に転職しよっかな…」

そして先月、おなじ週刊誌にこんな記事が掲載された。
タイトルは《ABCリサーチ社のウソを暴く 〜 視聴率調査対象世帯数100万を謳うも、実際にはたったの1,000程度!?》
記事はインタビュー形式で構成されており、取材者はジャーナリストの利木元氏。
情報提供者は某健康器具製造メーカーの社長A氏だ。

ーー恐縮です。ABCリサーチ社は視聴率を調査するにあたって100万世帯を対象としていると喧伝していますが、社長はそこに疑念を持っておられるのだとか?

「ああ。疑うてる。アイツら絶対ウソついとる。ワイには分かんねん」

ーーどうしてウソだと思うのですか? その根拠を仰って下さい。

「前にアイツらと仕事してん。テレビCM打ったんや。イロハ社が持っとる枠を買うてな。その効果が明らかにおかしいねん。ABCリサーチ社が、あいつら自身が喧伝しとる通り、ホンマに100万世帯を調査対象としとるんやったら、うっとこの商品はもっと売れてなおかしいねん。でもぜーんぜん売れなんだ。酷い有り様や。どえらい量の在庫抱えてしもて倉庫パンパンやねん。いっぺん見に来たらええわ。ホンマえげつないで。ワイ本格的にアタマ来とんにゃ。騙されたんやさかいな。詐欺に遭うたようなもんや。年内に在庫がせめて半分でも捌けなんだら、ワイ首回らんようになんねん。回らんどころか、山ん中へ入って木ぃから吊らんならんハメになる。冗談でゆうてんのとちゃうで。ホンマに青木ヶ原かどっかへ分け入って、木ぃからブラ〜ン、ブラ〜ンと…」

ーーまあまあ社長。ちょっと落ち着きましょう。

「落ち着いていられるかいな。命掛かってんねんで。あんな、利木元さん」

ーーはい。

「ここだけの話、ワイ相手方と刺し違えてもええ思うてんねん。そんだけの覚悟が出来たあんねん」

ーーちょ、ちょっと待って下さいよ。

「犬死にしてたまるかっちゅーねや。ワイかて男や。ヤる時はヤるで。おんなじ逝てまうんやったらその前に一矢報いたるわ。なあ利木元さん」

ーーはい…。

「これは書かんといて欲しいねんけどな…(ここから小声になる)イロハ社とABCリサーチ社、双方の社長や幹部連中の自宅は特定したあんねん。私立探偵雇うて調べたあんねや。のみならず連中の行きつけの飲み屋から妾の住んどるマンションからぜーんぶ把握してんねん。それだけやないで。ABCリサーチ社の社長の92になる母親が杉並の老人ホームに入居しとることも、イロハ社の社長の孫が世田谷の幼稚園に通うとることも…」

ーーまあまあまあまあ社長。本題に戻りましょう。えーと、えーと…。ちなみに御社がテレビCMで宣伝なさった商品はなんでしたっけ?

「ぶら下がり健康器や」

ーーあー、あのぶら下がるやつですね?

「当たり前やん」

ーー愚問でした。ちなみにアレって効くんですか?

「そら腰伸ばしたら腰痛の予防になるんとちゃうのん?」

ーーですよね…。えーと、では実際にスポンサードした番組は?

「ドラマや。アレなんちゅうタイトルやったかいなぁ…。(A氏、側近の男性に訊ねる)あー、せやせや。『ブギウギにもほどがあるが役に立つ』や。最近のドラマのタイトルはややこしいて覚えられへん。我々の時代のんは分かり良かったのになぁ。『水戸黄門』とか『大岡越前』とか一発で覚えられるやん。いっぺん覚えたら絶対忘れへんし。ややこしいもんはあかん。じき古なる。シンプル・イズ・ベストやで。商売も、人生も。ワイええことゆうたな、今。ガハハ…。なあ利木元さん。人間っちゅーのは、シンプルに真っ直ぐ生きなあかんねん。そう思わへん?」

ーーそ、そうですね。同感です。えーと、なんの話してたっけ? …あ、そーだ。ところで社長はそもそも如何ほどの宣伝効果を期待しておられたのですか? 具体的な数字を教えて下さい。

「10万台売る予定やってん」

ーーじゅ、10万台!?

「ああ。そやのに1,500台しか売れへんかってん。在庫なんぼあると思う?」

ーーきゅ、きゅ…。

「98,500台や」

ーーはい。

「どない思う?」

ーーたくさんだなーと思います。

「やろ?」

ーーはい。

「CM打つさかい当て込んで計画生産してん。それがこのザマや。倉庫に98,500台のぶら下がり健康器が寝とんねや。本来であれば、今頃日本中の家庭でぶら下がられとるはずのぶら下がり健康器が、彦根の賃貸倉庫にパンパンに詰まっとんねん。地獄やで。毎晩夢に出よる。夢にごっつい倉庫が現れてな、なかからオッソロしい声が聞こえて来よんにゃ。『ブラさっがってくれ〜。早よブラさっがってくれ〜』ゆうてな。どんだけ怖い。98,500の声が合わさって、さも恨めしそ〜な調子で『ブラさっがってくれ〜』言いよんねんで。ごっつい怖いがな。いま真冬やのに起きたら汗びっしょりや。2へんほど小便チビって目ぇ覚ましたこともある」

ーーはぁ…。ちなみにですが、その10万台という数字はどのように算出なさったのですか?

「あのさっきゆうたドラマ…」

ーー『ブギウギにもほどがあるが役に立つ』ですか?

「そや、それや。その番組の視聴率が10パーらしいねん。そもそも代理店がそうゆうて話持って来よってな、ほんで実際10パー出てん。っちゅーことはや、100万世帯かける10パーで、少なくとも10万台は売れるはずやん? 」

ーーウーン…。

「ウーンやあれへん」

ーーいや、その..。

「異論は認めん。売れなおかしいねん。とにかく10万台売れるはずが、たったの1,500台しか売れへんかったんや。つまりアイツらが視聴率調査の対象としとる世帯数は1万5,000以下やっちゅーことがはっきりと証明されたわけや。それからな、この件を通してもう一つ事実が明らかになった」

ーーと言いますと?

「今日びテレビなんかだーれも観てへんっちゅーこっちゃ。もし日本全国5,000万世帯が日常的にテレビを観とるんやとしたら、5,000万かける10パーで、うっとこの会社へ500万件の注文が入らんとおかしいやないか。要するに調査会社が協力依頼しとる世帯以外の家は、ほとんどテレビみたいなもん観とらへんねん。なあ利木元さん。いまはインターネットの時代やねんで。テレビなんかより、ネットフリックスやとかYouTubeやとかXVIDEOやとかそんなんを観とる人間のほうが圧倒的に多いねや」

ーーあのう、社長。

「なんや?」

ーお言葉ですが、CMを観たからといって視聴者が必ずその商品を買うとは…。

「買う」

ーーそうですかね…。

「買う。絶対買う。あのCM観た人間は必ずうっとこのぶら下がり健康器を買うはずやねん。あのCMよう出来とったもん。ワイなんか、あれ見直すたんびに、思わず自分で注文してしもたぐらいや。ガハハ!」

ーーんー。

「利木元さん…」

ーーはい。

「あんた、あのCM観てへんやろ?」

ーーはい。失礼ながら。

「観てみ」

(ここでA氏はセカンドバッグから「らくらくホン」を取り出して、件のCMを再生して私に観せた。尺は1分)

ーーはぁ。私には一見なんの変哲もないCMのように…。あっ!

「ヒヒヒ…」

ーーな、なんだか猛烈にぶら下がり健康器が欲しくなって来ました!

「せやろ? 実はこのCMにはある仕掛けがしてあんねん」

ーー仕掛け…?

「おん。3000分の1秒の極々短いカットを5秒ごとに繰り返し本編に二重映写しとんねや」

ーーへ?

「カットにはメッセージが表示されよる。全部で5パターンや。これを5秒ごとに順繰りに映しとんねん」

ーーそ、それってサブリミナルメッセージじゃ…。

「その通り。サブリミナルメッセージや。あんた物知りやな」

ーー恐縮です…。ちなみにそのメッセージってどんなものなんですか?

「これや」

(A氏は再び「らくらくホン」を操作して、件のメッセージの静止画を順々に私に見せた)

《このぶら下がり健康器を買え》
《必ず買え》
《買わなんだら地獄行きやど》
《末代まで祟られっど》
《末代まで祟られっど…》

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