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短編小説 「案件仕事」

半年前にブログにUPした短編小説が、先月地方の文芸誌に転載された。
そしてそれをきっかけに、とある輸入車ディーラーから案件仕事が舞い込んだ。
文芸誌の編集者が広告主であるディーラーに俺のことを推薦してくれたのだ。
そんな訳で先日俺は某県の外れに所在するディーラーを訪ねた。
出迎えてくれた担当者は40代半ばと思しき気の良さそうな男だった。

「どーもどーも。オンボロウ自動車販売、営業担当の轟です」
「どうも、ことぶきです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。具体的な仕事の内容につきましては、先日うちの上司から電話で説明があったかと思いますが…」
「ええ、伺いました。たしかこの春から新しい輸入車を販売なさるんですよね?」
「そーです、そーです」
「で、その車が登場する掌編小説を書くことで販売促進に協力させて頂くと…」
「その通りでございます。先生の作品は当社のホームページにデデ〜ンと掲載する予定です」
「あの、私はただの素人作家でして、決して先生なんかじゃ…」
「車が登場しさえすれば、なにをどう書いて頂いても結構です。車から受けたインスピレーションを素に、先生の芸術をドカーンと爆発させちゃって下さいよ。あは、あははは…」
「いや、だから…」
「さっそく車庫に参りましょう」

案内された車庫は物置みたいなプレハブの建物だった。
広さは15坪ほどだろうか。
シャッターにスプレーで「OMBOROUGH」と書き殴られている。

「ちょっとお待ち下さいね」

担当者はそう言うと、腰を屈め、尻を落としてシャッターに両手を掛けた。
しかし錆び付いているのか、歪んでいるのか、あるいはゴミが詰まっているのか、シャッターはカシャカシャと音と立てるだけで開かない。
その後、担当者は箒を持って来て隙間を掃いたり、スラットに体当たりしたり、柱に蹴りを入れたりと10数分に亘って悪戦苦闘した挙句、なんとかシャッターを開けた。

「開きました!」
「ええ…」
「どうぞ、なかにお入り下さい」
「はい。失礼します」

足を踏み入れると、庫内のど真ん中に中型車が一台駐まっていた。
薄っぺらいシルバーのボディカバーが掛けられている。

「楽しみですか、先生?」
「…そうですね」
「じゃあ、カバー取っちゃいますよ」
「はい」

担当者は「ジャジャーン!」と言いながら、ペラペラのカバーを引っぺがした。
目の前に現れ出たのはなんの変哲もない白いセダンだった。
外観に主だった特徴はなく、強いて例えるならば、20年ぐらい前によく見かけた9代目のカローラをいなたくしたような感じだった。

「これが、我が社が新しく販売するベントーレ社のBENTAGAYA  EWBです」
「べんたがや…?」
「はい、BENTAGAYA EWBです」
「そのEWBってのは、なんの略ですか?」
「先生はなんだと思いますか?」
「分かりません」
「じゃあ、聞いてみましょう」
「…」

担当者はポケットからスマホを取り出すと、誰かに電話を掛けて話し始めた。

「…あ、どうも、お疲れ様です。あのですね、ちょっと伺いたいことがありまして、BENTAGAYA  EWBについてなんですけど、あのEWBって一体なんの略なんですか? …はい? ….ははぁー、そうなんですか。…はい。了解しました」

通話は1分足らずで終わった。

「先生、お待たせしました。いまうちの社長に聞いてみたんですよ」
「はぁ。…で、なんの略でした?」
「分からないそうです」
「…」
「まあ、この際細かいことは気にしなくてもいいじゃないですか。とにかく車に触れてみて下さい。そして感じて下さい」
「…」
「さ、どうぞ」
「…どうぞって?」
「ドア、開けちゃって下さい」
「は、はい」

俺はBENTAGAYA  EWBのドアノブに手を掛けた。
すると引っ張ってもいないのにドアがすーっと手前に開いた。
かと思うと、接合部のヒンジが外れ、ドアはガシャンと音を立てて地面に落ちた。

「あぶねっ!!」

俺のつま先のほんの4、5センチ先だった。

「せっ、先生! お怪我はありませんか!?」
「なんですかこれ!?」
「失礼致しました! あのう、これはですね、あくまでも展示用でして…」
「そんな言い訳ありますか!?」
「気を取り直して参りましょう」
「どこに参るんだよ…」
「先生。これ、キーです。エンジン掛けて下さい」
「あなたがやって下さいよ」
「でもそれじゃあ、実感が…」
「怖いんですよ!」
「うーん…。そうですか。じゃあ、仕方がない。私がエンジンを掛けます」
「…」

担当者は車体に凭れ掛かったドアを足で蹴って手前に倒し、それを踏み付けて運転席に乗り込んだ。
下手したら爆発するかも知れない、そう危惧した俺は後退りして車から数メートル距離を取った。

「じゃあ、掛けまーす」

そう言って担当者がキーを回すと、エンジンが掛かると同時にワイパーがもの凄い速度で動き出した。
担当者が「あれ、おかしいなぁ…」などとぶつぶつ独り言を言いながら、ハンドルの付け根から伸びたスイッチを捻ると、なぜかトランクがパカっと開いた。
肝心のワイパーは依然ぶっ壊れたメトロノームみたいに左右に振れ続けている。
担当者は車を下りて後部に回り込み、トランクを閉めた。
バタンと音がしたかと思うと、今度はハザードランプが点滅した。
担当者は運転席に戻ってランプを消すと、今度は車の前に回って、ワイパーを止めるべくフロントガラスを素手でバンバン叩き始めた。
そしてようやくワイパーを押さえると、俺の顔を見てこう言った。

「先生、入口の右手に物置があるでしょう? そこにガムテープが入っているので取って来て貰えませんか?」

俺は仕方なく物置からガムテープを取って来て、担当者の側に立った。

「なにしてるんですか、先生。早く貼り付けて下さい!」

言われた通り、俺はワイパーをガムテープでフロントガラスに適当に貼り付けた。
すると担当者は顔をこちらに向け、ニコッと微笑んで親指を立てた。
そのあともBENTAGAYA  EWBは、なんらかの操作をする度に予測不可能な反応を示した。
ディスプレイオーディオを起動するとシートが倒れ、パワーウィンドウのスイッチを押すとサイドミラーが捥げ、ヘッドライトを点けるとスピーカーから演歌が流れ出した。
またクラクションは鳴るには鳴ったが、止むことなくずーっと鳴り続けた。

「先生っ!?」
「はい!?」
「聞こえますかぁ!?」
「まあ、なんとか!」
「小説の件、よろしくお願いしますねっ!」
「なんですか!?」
「小説ですよ、小説!」
「ほんとに書くんですか!?」
「あたりまえじゃないですか!」
「あたりめがどうかしたんですか!?」
「あ、た、り、ま、え、だと言ったんです!」
「はいはい、了解しました!」

クラクションが鳴り響くなか、俺は担当者に会釈し、代理店をあとにした。
そして店のすぐ真裏にある駅に行き、改札を抜けるや否やスマホを取り出した。
そしてホームの支柱に凭れながらさっそく小説を書き始めた。
クラクションは電車が到着し発車したあともずっと鳴り続けていた。
帰宅後、車両のなかで書き上げた小説をちょいちょいと校閲し、代理店にメールで送信した。
すると程なくして担当者から「ありがとうございました」という返信が届き、翌日普通郵便で3,000円分のQUOカードが送られて来た。
3日後、小説はオンボロウ自動車のホームページに掲載された。
驚いたことに、俺の書いた小説はとあるインフルエンサーが面白がってSNSでシェアしたことにより、ネット上でそこそこ話題を集めた。

「ドライブ・マイ・BENTAGAYA」

早朝、俺はいつものようにニワトリの声で目を覚ました。
窓を開けると、近所の養鶏場からプ〜ンと糞便の匂いが漂って来た。
天気は快晴、澄み渡った空に卵型をした雲がちょうど100個浮かんでいる。
俺はワクワクする気持ちを抑え切れず、冷蔵庫から母親が2日前に蒸したサツマイモを取り出して咥えると、家を飛び出してガレージに向かった。
今日はBENTAGAYA  EWBで彼女とドライブをするのだ。
なぜBENTAGAYA  EWBを選んだかって?
安いからに決まってるだろ。
ドアノブに手を掛けると扉が外れた。
気にすることはない。
屋根付きのバイクに乗っていると思えばいいのだ。
俺は運転席に乗り込んでエンジンを掛けた。
するとワイパーが高速で動き出してフロントガラスにこびり付いていたハトのフンを横っちょにすっ飛ばした。
フンは隣に停まっていた真っ赤なテスラ・モデルSのドアガラスに付着した。
ザマアミロ。
俺はアクセルを踏んでBENTAGAYA  EWBを発進させた。
ワイパーは止めない。
なぜならスイッチを操作するとトランクが開き、トランクを閉めるとハザードランプが点滅するからだ。
どうしてもワイパーを止めたい時はガムテープで貼り付ければいい。
購入を検討している人は覚えておいてくれ。
BENTAGAYA  EWBは朝の国道を快調に突っ走り、助手席側のドアをガードレールに2、3回擦っただけで無事彼女のマンションに着いた。
彼女に電話を掛けると30コール目でようやく繋がった。
彼女は不機嫌そうな声で「いま何時だと思ってんの!?」と俺を怒鳴り付けた。
5時20分だった。
俺は「ちょっと早かったね。出直して9時に迎えに来るよ」と告げて電話を切り、BENTAGAYA  EWBをマンションの前に路駐して近所の公園に行った。
この車のいいところは、なんと言っても盗難に遭わないことだ。
さて、公園に着いたはいいが、やることがなかった。
退屈した俺は小石を拾ってハトに投げ付けた。
車にクソをされた腹いせだ。
何回目かに投げたそこそこデカい石がハトに命中し、ハトは死んだ。
まあいい、放っておこう。
誰かが拾ってシビエ料理を作るかも知れない。
そのあと、俺は老人たちに混じってラジオ体操をしたり、カンフースーツを着た連中と一緒に太極拳をしたりして時間を潰した。
9時ちょうどにマンションに戻ると、彼女はBENTAGAYA  EWBの側で俺を待っていた。
俺は彼女を助手席に乗せると、エンジンを掛け、海に向かって車を走らせた。
レーンをスイッチした時、俺は屁をこいてしまった。
きっと蒸かし芋を食ったせいだろう。
ケツが異常なまでに熱かったので「こりゃ、相当臭せえぞ」と思った。
普段から俺の屁はべらぼうに音がデカく、実家で飼っているカナリアを気絶させたことがあるぐらい臭いのだ。
しかし、破裂音は騒音に掻き消され、臭いは風に乗って後方へと流れて行った。
運転席の扉が外れていて良かった。
おかげで彼女の前で恥をかかずに済んだのだ。
BENTAGAYA  EWB、最高!
ほっと胸を撫で下ろしていると、ふいに背後から大きな音がした。
ルームミラーを見てみると、後続のレクサスLC500コンバーチブルが街路樹に激突していた。
きっと運転手が俺の屁の臭いにヤラれたのだろう。
いちびってオープンカーなんかに乗るからいけないのだ。
ザマアミロ。
俺は助手席に視線を投げた。
彼女は吹き込む強風に煽られて髪をざんばらにしながら「音楽聴こ!」と言ってディスプレイオーディオに手を伸ばした。
俺は咄嗟に「ダメだ!」と叫んだが、もう遅かった。
彼女の細い指がディスプレイに触れた瞬間、まるでバネ式のねずみ取り器が作動したかのように、ふたり揃って仰向けにぶっ倒れ、車が蛇行した。
慌てて体を起こしてハンドルを握ったので大事には至らなかったが、彼女は打ちどころが悪かったようで倒れたまま泡を吹いて白目を剥いている。
右手でハンドルを握ったまま左手で体を揺すり続けて5分、彼女はようやく意識を取り戻した。
しかし上体を起こすことは出来たものの、呼吸が苦しくなったカニみたいに唇の端に泡を蓄えながら目を白黒させている。
俺は「パワーウィンドウのスイッチに触っちゃダメだよ。サイドミラーが捥げるからね」と彼女に注意し、左腕で肩を抱いた。
BENTAGAYA  EWBはやがて山道に入った。
そしてひとつ目のトンネルに入った時、俺はうっかりヘッドライトを点けてしまった。
途端、スピーカーから天童よしみの「珍島物語」が流れ出した。
すると彼女は急に元気を取り戻し、シャツの袖で唇の泡を拭って歌い出した。
「海が割れるのよぉ〜 道ができるのよぉ〜♪」
俺は「ヨンドンサリのぉ〜 願いはひとつぅ〜♪」と斉唱しながら、左腕で彼女の肩を抱いた。
出発から4時間掛けてBENTAGAYA  EWBはなんとか海に辿り着いた。
海を見ながら彼女は言った。
「帰り、どうする?」
俺は小石をひとつ海に投げ、左腕で彼女の肩を抱いて答えた。
「バスに乗ろう」
俺たちはBENTAGAYA  EWBを港の駐車場に置き去りにして、バス停を探した。

了。

2023年1月 ことぶき寿 ©️Hisashi Kotobuki

この小説がオンボロウ自動車のホームページに掲載されてから一週間後、俺の元に新たな案件仕事が舞い込んだ。
依頼主は、とある石油会社系列のガソリンスタンドだった。
今度の仕事は小説ではなく、キャッチコピーの案出だ。
商品の名前は「マゼモン-X」。
石油元売系列のスタンドで販売される、俗に「系列玉」と呼ばれるオリジナルブランドのハイオクガソリンだ。
なんでもスタンドの経営者はオンボロウ自動車の社長の古い知り合いなんだそうで、BENTAGAYA  EWBとのコラボ広告を作るつもりらしい。
たしかに送られてきたイメージ画像にはBENTAGAYA  EWBが写っており、それを背景に、いかにもといった感じのするフォントで「マゼモン-X」という商品名がデザインされている。
俺はものの2秒でキャッチコピー考え付き、依頼主にメールを送った。

「安心と信頼のマゼモン-X あのBENTAGAYAでさえ真っ直ぐに走ります」

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