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ショートショート 「おやつ」

ジョヴァンニとシューヴァンニが山道を歩いていた。
山の中腹に差し掛かった時、彼らは前方に大きなヒグマがいるのを発見した。
距離はまだ充分にあったが、ヒグマは明らかにふたりを認識している様子だった。
シューヴァンニは顔面蒼白になった。

「なあ、ジョヴァンニ。死んだフリをしようぜ」
「シューヴァンニよ。そう慌てるな」

ジョヴァンニは落ち着き払ってそう言うと、バックパックを地面に下ろし、なかからフライパンを取り出した。
シューヴァンニはその様子を見て表情を曇らせた。

「おい、ジョヴァンニ…」
「なんだ?」
「お前、気でも狂ったのか? そんなもので倒せる訳が…」
「分かってるよ。熊におやつをやるんだ」
「…おやつ?」

と、ジョヴァンニが突然大声を上げた。

「シューヴァンニ、うしろっ!!」

シューヴァンニは反射的に背後を振り返った。
と同時に、糸が切れたマリオネットのように地面に倒れ込んでしまった。
その音を聞いたヒグマが猛然と走り出す。
シューヴァンニは迫り来るヒグマの姿を90度傾いた視界に捉えながら、遠ざかって行く足音を背中の向こうに聞いた。
それから間もなくして想像を絶する激しい痛みに襲われ、後頭部の鈍痛を忘れ去った。

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