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短編小説 「ジパングの或る村で」

鈴木村長が告訴されたのは、ちょうど半年前のことだった。
原告は50歳の女性村議。
彼女は村長から強引に性的関係を持たされたと主張していた。
万年野党たるみんみん党の党首や決して一流とは言えない某大学の教授を始めとする複数の著名人が彼女への支援を表明したこともあり、メディアは大々的にこの騒動を報じた。
また早々に結成された後援会がSNSを使って英語で情報を発信した為、国外のメディアや活動団体からも注目を集め、女性村議は一躍時の人となった。

しかし彼女の話は終始不得要領であった。
肝心の告発内容ひとつ取っても、最初は「身体を触られた」だったのが、やがて「押し倒された」に変わり、しまいには「肉体関係を持った」へとエスカレートして行ったし、本会議場で突然「私以外にも村長から性的被害を受けた女性がいる」と発言しておきながら村長から「相手は誰でいつのことなんだ?」と問いただされると「プライバシーの侵害になるので名前を挙げることは出来ない」と言って煙に巻いたりもした。
また海外特派員協会で記者会見を行った際には「警察は信用出来ないので刑事告訴はしない」などと不可解なことを口走って支援者を慌てさせたこともあった。

身に覚えのない村長は当然のごとく反訴した。
そしてそれから5ヶ月にわたる地検の捜査を経て、女性村議は名誉棄損と虚偽告訴の疑いで在宅起訴されたのだった。
その1週間後、村長はジャーナリストの佐藤を役場に呼び付けた。
佐藤はろくすっぽ取材もせずに村長を貶める内容の本を書いて自費出版していた。

「この度はどーも。私の早とちりでしたね」
「ふん。支援団体の連中はどうしてるんだ?」
「明日解散するらしいです」
「聞いてないぞ。どこで会見をするんだよ?」
「会見なんかしませんよ。Facebookで解散を表明するんです」
「…それだけ?」
「ええ」
「海外特派員協会で世界中にウソを喧伝しておいて、解散する時はFacebook?」
「みたいです」
「他人ごとみたいに言うな」
「他人ごとですよ。僕はあの会に入っていませんでしたからね。へへ…」
「ちっ。みんみん党のアホ党首や四流大学のアホ教授は謝罪会見しないのか?」
「ハハハ。わざわざ『私は阿呆です。なので今後一切私の言うことを信じないで下さい』なんて宣言をする阿呆はいませんよ」
「…」
「メディアだって告訴された時のように大きく報道したりはしないでしょうしね。まんまと女性村議に担がれたことを追求されたくないでしょうから。それに誰かが吊し上げに遭うところっていうのはいい見せ物になりますけど、疑惑が晴れる場面なんか面白くもなんともないですからね。ひひひ…」

村長は深々とため息を吐いた。
そしてひとつ咳払いをしてから佐藤に詰め寄った。

「…ところで、分かってんだろうな?」
「は…?」
「本だよ」
「本…?」
「あんたが書いたあの本のことだよ!」
「あーはいはい。あれ書くの大変だったんですよ。書き上げるのにまる2ヶ月を要したんです。妻が身重だったもんで執筆時間を捻出するのに苦労しましてね。いやぁ大変だった。でも頑張った甲斐があって今まで書いた本の中で一番売れたんですよ。アマゾンで1位になったりもしたし。あれは嬉しかったなー」
「おい…」
「なんですか?」
「正気で言ってんのか?」
「…と、言いますと?」

村長は激昂した。

「とぼけるんじゃないよ!こっちはエラい迷惑を被ったんだぞ!」
「まあまあ。せめて結審するまでは売らせて下さいよ。彼女が起訴されてからまだ1週間しか経ってないじゃないですか」
「あんたはあの女が無罪だと思うのか?」
「いいえ。どう考えたってクロでしょう。全財産賭けたっていいです。なんせ公判を重ねる度にどんどんウソが明るみになるんですからね。特に証拠として提出した村長とのやり取りを収録した音声データに手を加えていたことがバレたのは痛かったなー。墓穴を掘ったも同然ですよ。心象が悪くなったばかりでなく、データが解析されたことで、村長が無罪だということがはっきりしちゃったんですから」
「しちゃった、ってなんだよ」
「まあまあ。言葉の綾です。それにしても支援団体が結審を待たずに解散しちゃうなんて前代未聞ですね。笑っちゃうなー。あははは…」
「おい…」
「なんですか?」
「…あんたは彼女が虚偽告訴をしたと思ってるんだよな?」
「ええ。いま申し上げた通りです」
「そう思うのなら…」
「2週間前に子供が生まれたんですよ」
「…それがどうした?」
「金が必要なんです」
「…」
「あのねぇ、村長。今が本の売り時なんですよ。内容が事実に反していようが話題になっているというだけで面白がって欲しがるバカがいますからね。それに女性村議に有罪判決が下っても、あの本の需要は無くなりませんよ。陰謀論かなにかを持ち出して村長のことを疑い続ける連中ってのが少なからずいるでしょうからね。フェミニズムに限らず『イズム』に染まってる人たちって聞く耳を持たないでしょ? 彼らは見たいものを見たいようにしか見ないんです。その一点においてはフェミニストもマスキュリストも同類なんですよ。右翼も左翼もリベラルもみんな同じです。…そうだ、ひとつ予言をしておきましょう。今後、村長が今回の件で報道番組かなにかに出たとしますよね。そしてそこにフェミニストの論客がいたとする。そしたらそいつは必ず『この件が過大に取り上げられることで本当に性被害に遭っている女性が声を上げにくくなることを懸念します』みたいな論旨にそぐわないコメントを強引に挟み込んで来ますよ。間違いない。全財産賭けたっていいです」
「なあ、佐藤さん…。あんたがこの騒動を商機と見なしてあの本を書いたことは理解したよ。しかし、なんでまた女の側の味方をしたんだ?」
「リスクヘッジです」
「リスクヘッジ…?」
「ええ。少なくとも彼女が村長を告訴した時点ではどっちが正しいのかは分からなかった。だから見込みを誤った際のことを考えて彼女の味方をしたんです。ジャーナリストは同業者に先駆けて記事を書いて本にしなければなりません。一番じゃなきゃ意味がない。スピードが命なんです。だからどっちに肩入れするかは一種の賭けなんですよ。投機と一緒です」
「あのな…」
「要するに安全策を取ったんですよ。現に私はウソつきの肩を持ったにもかかわらず、いまだにジャーナリストの看板を掲げて商売を続けられているでしょう? もちろんそれなりに批判を受けてはいますが、決して追い込まれてはいない。これがもし逆だったらどうなっていたと思います? つまり村長が実際に性的暴行を働いていて私が村長の肩を持っていたとしたら…。一巻の終わりでしょう。あーこわ。ぶるぶる」
「こ、この野郎…」
「ねえ、村長」
「なんだよ!?」
「私を訴えませんか?」

佐藤は顔色ひとつ変えずにそう言ってのけた。

「は…?」
「私を名誉毀損で訴えませんか?」
「…なんだって?」
「裁判になったら本に注目が集まって一気に在庫が捌けるでしょうからね。まだ家の6畳間を半分ぐらい占拠してる状態でして『なんとかしろ』って嫁がうるさいんですよ。もちろん動きが良ければ増刷して更にひと儲けしたいところですがね。へへ...。裁判費用と賠償金を合わせて幾らになるのか私には見当も付きませんが、上手く立ち回れば必ず元は取れるはずです。だって訴訟沙汰になれば新聞雑誌のみならずテレビの取材を受けることにもなるでしょうし、そうすると私は日本中に顔を売るチャンスを得ることになる。裁判に幾ら金が掛かったってテレビCMを打つことを考えれば安いもんですよ。損して得取れってやつです。マグロや佐藤錦の初セリと一緒でね。目指せFIRE! なーんちゃって。がははは…」
「おい…」
「しかし娘ってのは可愛いもんですねー。せめて高校は私学に入れてやりたいんだよなぁ…」
「バカヤロー!!」

村長はついに我慢の限界に達した。
机を叩いて立ち上がり、今にも食って掛からんばかりの形相で佐藤を睨み付ける。

「四の五の言ってないでとっとと回収しろよ!」
「どうしてですか?」
「ウソが書いてあるからに決まってんだろーが!」
「面白く書けてるのに…」
「面白いかどうかなんて問題じゃねえんだよ!」
「そうですかね? 内容が間違っていても読み物として面白ければ永く親しまれるベストセラーになる可能性があるんじゃないでしょうか?」
「ある訳ねーだろ!」
「そうかな…。村長、ひとつ質問してもいいですか?」
「なんだよ…」
「13世紀の日本では宮殿や民家が黄金で作られていたんですか?」

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