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ショートショート 「ポテトサラダが不味いわけ」

あかさたな食品工業は惣菜と弁当を製造する食品加工会社だ。
彼らはいまスーパーマーケットのバイヤーを工場に招いている。

「本日はお忙しいところご足労いただきましてありがとうございます。あかさたな食品工業製造営業部製品企画開発課係長補佐兼第一工場三班班長補佐の鈴木です」
「スーパーわをん商品部部長の佐藤です」
「ではさっそく工場を案内いたします」
「よろしくお願いします」

佐藤は更衣室で作業着に着替え、帽子とマスクと長靴を着用した。
鈴木に案内されて工場に入る。

「佐藤部長。こちらをご覧下さい」
「はい」
「日本に30台しかない高圧処理装置です」
「30台?」
「はい。レアなんです。高いんです」
「へぇ…」
「この処理装置は、加熱することなく食品の中にうじゃうじゃ湧いているであろう微生物を殺菌し、不活性化することが出来るんです。工員たちはこの処理を粛清、あるいは族滅などと呼んでおります」
「…」
「冗談です」
「あ。あはは…」
「あはははは。おほん…。高圧処理を施すと賞味期限が従来に比して長くなります」
「ほう。我々販売業者は大いに助かりますね」
「どういたしまして。では高圧処理のメカニズムとプロセスを簡単に説明します」
「メカニズムトプロセス…」
「食品の高圧処理は、処理対象となる食品を水で満たした耐圧性の容器に入れ、圧力を加えて行います。高圧処理には幾つか別称がございまして、高圧力処理、超高圧処理、静水圧処理、ハイ・プレッシャー・プロセッシング処理などと呼ばれることもあります。この技術はまず欧米のどっかしらの国で実用化され、その後日本に輸入されたわけですが…。佐藤さん?」
「…」
「おい」
「…んぁ?」
「いま寝てました?」
「は、はい。じゅる…。寝てました。ごめんなさい」
「試食しますか?」
「します」

鈴木はポテトサラダのフィルムを開けて、テーブルの上の紙皿に中身をにゅっと絞り出した。
フォークを添えて佐藤に勧める。

「どーも。じゃあいただきます」

佐藤はマスクを顎にずらして一口食べた。

「ん。食感…いいですね」
「ありがとうございます」
「このサラダの賞味期限は何日ですか?」
「製造から10日間です」
「そりゃすごい」
「でしょ? ちなみに今お召し上がりいただいている現物の賞味期限は…」

鈴木はポテトサラダが入っていたフィルムを拾い上げ、じっと目を凝らして表面に印刷された数字を読んだ。

「昨日まででした」

佐藤の顔から血の気が引いた。
と同時に、彼は腑に落ちたような表情を見せた。

「どうりで…」
「どうりで、なんですか?」
「不味いはずだ」
「あ、それは元々です」

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