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「阿部一」「張本智」など。こういう名前表記もチェックしています。

パリ五輪もあっという間に終わり、次はパラリンピックですね。
今大会は時差の都合上、新聞製作と同時並行で競技が行われており、校閲をしながらリアルタイムで一喜一憂していました。

ところで、五輪に関する記事や見出しでこんな表記を見かけませんでしたか?

「阿部詩」「阿部一」は7月29日付、「張本智」は8月9日付、「張本美」は8月8日付、「太田海」「太田り」は8月10日付。この記事中の紙面の引用は、いずれも中日新聞朝刊運動面から

このように、新聞では人名を「名字+名前の最初の1文字」で表すことがあります。スポーツ記事で特に多く見られ、同じチーム内、あるいは同じ競技内に同姓の選手がいるとき、どの選手のことを指しているのかを分かりやすくするための表記です。

同姓の選手が複数いるケースは意外と少なくなく、紙面での登場頻度はわりと高めです。

こうした名前の書き方が紙面に登場するとき、校閲として気を付けているポイントをまとめてみました。実際の新聞記事を例に紹介していきたいと思います。

「チーム内に同姓の選手がいるので…」

経験上、これが一番多いパターンです。
今年7月のプロ野球の記事で見ていきましょう。

2024年7月20日付

この日の試合に「岡本」という選手は両チーム合わせて、読売ジャイアンツの岡本和真選手しか出ていませんが、「岡本和」という表記になっています。これは、2024年現在、同じく読売ジャイアンツに岡本大翔選手が育成として在籍しているためです。

もし、ここが単に「岡本」となっていた場合は「『和』を入れてください」と、提稿部のデスクに言いに行きます。
こんなふうに、チーム競技で選手名が出てきたときには、同姓の選手がチーム内にいないかを確認しています。「ジャイアンツの岡本選手」のように、片方が育成選手だったりと同じ試合に出る機会が少ないと気付きにくいので、やっぱり一人一人調べたいところです。

なにで調べているかというと、私はプロ野球ならば球団のホームページよりもNPBのオフィシャルサイトをよく使っています。

現役の選手に限定して検索することができるのが便利です。
ただ、新聞では統一している字体(「斎藤/齋藤」や「渡辺/渡邊/渡邉」など)が、NPBでは別のものとされていることを頭に置いておかなければなりません。

「今年から、下の名前は要りません」

続いて、今度は先ほどとは逆のパターン。
プロ野球、中日ドラゴンズの大野雄大投手の表記が今季から変わりました。

(上)2024年4月4日付
(下)23年9月22日付


そもそもこれまで「大野雄」表記だったのは、同球団に大野奨太捕手が在籍していたため。その大野奨太捕手が昨季限りで引退したため、今季から「雄」をつけて区別する必要がなくなったのです。

名前ありの表記に慣れてしまうと、見逃してしまいそうになるので注意しなくてはなりません。

「同じ競技をしている同姓の選手がいますが、名前は要りませんか?」

上記ふたつは、「同じチームで」という括りでしたが、こちらは「同じ競技で」というパターンです。とくに個人競技の場合が多いです。
つい先日のパリ五輪でも活躍していた、卓球の張本智和選手張本美和選手についての記事の見出しで見ていきましょう。

(上)2024年8月9日付
(下)24年8月8日付

記事中にフルネームが出てきたり、出だしに「男子の」「女子の」とあったりで、「智」「美」がなくても、どちらのことを言っているのかは分かります。それでもパッと見て分かりやすいためか、入っていることがほとんどです。

そのため、もし抜けていた場合には念のため確認をするようにしています。

「今回は、なくても大丈夫です」

なかには、ケースバイケースで表記を使い分けるときもあります。
次に引用する記事と見出しは、どちらも同じ人物を指していますが、表記が異なっています。

(左)2023年12月17日付
(右)24年5月8日付

「赤穂ひ」「赤穂」と書かれているのは、どちらもバスケットボール女子の赤穂ひまわり選手のこと。左は、所属しているWリーグのデンソーアイリスに関する記事で、右はパリ五輪に関する記事の見出しです。

なぜ左の記事には「ひ」と名前の1文字目が入っているかというと、姉の赤穂さくら選手が同じくデンソーアイリスに所属しているから。ふだんリーグの試合結果などを伝える記事では、それぞれ「赤穂ひ」「赤穂さ」と区別されています。

しかし、今回のパリ五輪代表メンバーに入っていたのは、妹のひまわり選手のみ。そうなると、右のように五輪関係の話題のときには「ひ」と区別しなくても、「赤穂」だけでひまわり選手のことと伝わりますよね。

ただ、もし「赤穂ひ」となっていても、間違いになるわけではないので、こういったケースは指摘するかどうかいつも悩んでしまいます。

こんなとき、どうしよう?

最後に、実際に校閲をしていて「これはどうするのがいいのだろう…」と悩んだものを紹介します。

2022年9月6日付

2022年夏の甲子園に千葉代表として出場した、市船橋高の森本哲星投手がプロ志望届を提出、という記事の見出しです。

はじめは「市船橋・森本」となっていたのですが、この森本哲星投手、実は同じチームに双子の森本哲太選手がいたのです。
記事を見る限り志望届を出したのは哲星投手だけのようですが、甲子園シーズンには双子として話題になっていたことも踏まえ、どちらのことであるのか分かった方が良いのでは?と、まずは思いました。

しかし、そこで問題なのが、名前の1文字目を入れてもどちらも「森本哲」になることです。

見出しをつけた整理記者に事情を伝えた結果、画像のようにフルネームで表記することになりました。

伝わりやすさ、が大前提

これまで、「名字+名前の1文字目」という名前表記について紹介してきましたが、これはあくまで伝わりやすくするためのルールです。

入れなくても明らかな場合などその時々によって入れないこともあり、それは記事を書いている提稿部や紙面を組んでいる整理部が判断を下します。とくに文字数が限られている見出しでは、ほかに必要不可欠な情報があればそちらを優先して省かれることもしばしばです。

校閲としてできることは、「入れなくても大丈夫ですか?」「なくても伝わりますがどうしますか?」という確認を丁寧にして、ケアレスミスを防ぐことだと思います。時間に余裕を持って指摘できるよう、気を配っていきたいです。

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