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今日は『ことばの日』

見つけてくれてありがとうございます。
琴🍀です。


今朝、こんなページを目にした。

どうやら今日は、ことばの日だそうだ。

言葉が好きな生き物として、今日という日を大切にしたいな、と思った。そして、今日の私を記事として残すことにした。


そんな私の瞳には、朝からずっと、少しだけの涙が溜っている。
拭うほどでもない、もちろん、溢れだしてくるほどでもないのだが、確実にそこにあって、私の視界を曇らせ、歪ませる。情緒が、崩れている。

胃も痛む。拒食でありながら、主治医の先生との信頼関係のため、そして自分自身のため、入院中の欠食を許せない私。
そんな私は、朝食を摂るのに普段の倍以上苦戦した。量は少ないが、一応口にしたため、自責の念に駆られることはなかった。ただ、おなかは痛い。

noteを始めてから、1ヶ月と少し。日々さまざまな方の記事を目にしている。分かりやすくて、読みやすくて、個性豊かな記事がたくさん。刺激をいっぱい受けている。特殊な経験を持つ数多くの方に、文章を通じて出会った。それに対しては、喜びをおぼえた。だけどそれと同時に、自分の存在はものすごく小さくて、やっぱりなくなっても気づかれないような、そんなものに感じている。それから自分の言葉に、迷いが生じてきている。

  • 表現は適切か?

  • 誤解を生まないか?

  • 誰かを、傷付けやしないか?

  • 拙い、恥ずかしいものではないか?

  • わたしらしさを、自ら消してはいないか?

自信を、失いかけている。もともと、決して多くない自信をかき集めて、さらに他者から背中を押してもらって、始めた発信活動。続けたいとは思えども、少しだけ、後ろ向きになりそうである。

私は今、精神科病棟という、ある種…世から僅かに隔たれた、護られた場所に居る。ただ、ここに居られるのも、残り僅かなのである。ここを出なければいけない。そうしたら私は……

  • どうしたらいいんだろう

  • どうやって過ごすのだろう

  • せっかくここでもらった、『まだ、生きていたいのかもしれない』を、暗闇に包まれぬようにする方法は?

  • どこで眠るのだろう

  • 安心や、安寧が無くなってしまう

ここで関わってくださる方々は、皆さん口を揃えて、「焦ってはいけないよ」と言う。私はそれでも、切羽詰まってきてしまっているようである。
寂しさや、心細さや、漠然とした不安感など、いろいろな感情が混じりあって、私を焦らせる。焦っても、正しい答えに早く辿り着けることなんてない。そもそも正しい答えが存在しているのかすら怪しい。それを、わかっているのに。

つい数日前、私は珍しく、窓の外を見ていた。病棟の開かない窓から、空を眺めていた。

白い雲が、私の目の前にずっと、留まっていた。私はその雲をずっと、見つめていた。ただ、ほんの少しだけ目を離した隙に、ついさっきまで私の目の前に留まっていてくれた雲が、強そうな風に流されて、ずっと向こうに行ってしまっていた。そして私の目の前には、黒に近い灰色の雨雲が、さっきの雲の存在を消すように、あっという間に広がった。

白い雲が、自分自身と重なった。ここに留まって居られなくなり、黒色に覆われた目の前の景色。外の世界へ戻った自分と、リンクした。気がついた時には、頬が涙で濡れていた。

声を出せない今の私が、揺れる視界の中で必死に書いて、看護師さんへ渡したメモ

居られない、ここにも。
お外には、尚更。
やっぱり、出されたら、生きられない。

雲、いっちゃった。
また、日が暮れる。
1日は長いはずなのに。

そんな、『ことばの日』。あんなに長いはずの1日が、もう半分以上、終わってしまった。

長いはずの一日がもう暮れる

♪生きていたんだよな/あいみょん

中学生の頃、苦しくて苦しくてたまらない時によく、聴いて泣いていた。最近また聞いて、また涙した。

きっと今日も、あっという間に暮れてしまう。
時間さん、もう少し、待って。
私を、置いていかないでよ…。


⬆️今の、私のこと。


拝読感謝致します。
また書きます。

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