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#19 好きが感謝に昇華した話⑥【空白の春】

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chapter11 3つの未来


平日のビル街

暖かな日差しが降り注ぐ大通りにはたくさんの人が行き交っている

塾が乱立するエリアに入ると一気に年齢層が低くなった

隣も、前も学生服を着た人で溢れている

小学生も中学生も高校生もいる

そんな人込みをかき分け、私は最も高いビルに入った

エントランスには警備員が配備されておりやや威圧感を感じる

それとは対照的に受付にはぱっと見10人を超えるスタッフが笑顔でお出迎えだ

担当者に連れられエレベーターに乗った。エレベーターでさえ驚いていたのに、大ターミナル駅が一望できるような鉄道ファンにはたまらないであろう光景が7階ロビーから見えたときは息をのんだ

こんな景色があるんだ

たくさんの列車がポイントを渡っている光景は見てて飽きない

「ここ、電車好きにはたまらないですよね」

窓の外の一点を見つめていた私を我に返らせてくれた

説明会の会場にいかなくては

そうそう、今は予備校探しの最中

気合いれなくちゃ

それは、後期試験の不合格が決まってからおよそ5時間後のこと


***


説明会の会場に行くまでの廊下には様々な掲示があった

どこどこ大学に何名合格とか
この問題がドンピシャで出たとか
超有名講師が講演にくる!とか

情報に目が追い付かない

なんだかずっとここにいたら洗脳されてしまいそうだ

まあ、どこもそうなのかもしれないが

長い廊下を歩いてやっと広い教室に着いた

なんだこりゃ

こんな広かったら後ろでさぼれるじゃないか

この頃の私は今と比べ物にならない程真っすぐな思考回路をしていたようだ

大教室でマイクを使った授業

これだけで、ここはやめようと思えてしまった

全体説明の後個人相談会があったが内容はほとんど覚えていない

大手だからか、妙にしっかりした広告セットを受け取り、見送られた

どこの塾かは、想像にお任せしたい


***


お次は駅の反対側の塾だ

こちらも超大手

さっきの雑居ビルが多かった場所に比べてこちらはとてもきれいに整備されたエリアだ

高3の時のオープン模試以来である

大学病院みたいな入口をくぐり、これまたエレベータのおでまし

なんでこう、縦に長い

教室はとても綺麗、なのだが椅子が小学生サイズ

どうしてこの椅子にしたんだろうと疑問が絶えない

全体説明会で話した男性職員の方はまあ口が上手くて講演会でも開いたらぼろもうけしそうな人であった

残念ながら、私には響かなかったのだが

その場で申し込むと安くなるとか無茶苦茶言い出すので帰った

この塾の教室も、広くてマイク使用だった


***


お腹がすいたので駅の中の喫茶店に入る

甘いケーキとブラックコーヒーが体に染みわたる

時間にして夜18:00といったところか

思えば今日一日の精神的ストレスは尋常じゃないのによく体を動かせたものだ

しかし、喫茶店の窓の外に見えるロータリーをぼーっと見つめていると、突然虚無感に襲われた

「この先どうなるんだろう」

考えないようにしていたことが、集中力が途切れたことで復活してくる

あと何点だったんだろうとか、何位だったんだろうとか、もはやどうでもいいことに思いを巡らす

そうやって負のループに陥ると、一番考えてはいけないテーマが浮かぶ

「あいつ、どうなったんだ…?」

朝、体が反射的にスマホをしまったあの瞬間が蘇る

訊いてみるか

いや、今はやめとこう

まあじきに会えるさ

うん、会えるよね


相手のいない喫茶店で目のやり場に困ってしまった私は仕方がないので机をじっと見る。スマホを開くのもなんだか気が引けて

そうやってかれこれ30分

さすがにぬるくなったコーヒーも残りわずか

いかなきゃ!

今日はあと1つ予備校に見学に行くんだ

ここを出たらすぐそこのこじんまりとした、ホテルの中に埋め込まれたような予備校に

いかなきゃ…

何か、あと1cm残ったコーヒーを飲み干して立ち上がる勇気が欲しい


と、そう願ったとき

着信があった、LINEの

まさかあいつか!?と思ったが

差出人はなんと”ふわっとしたあの人”

うわ!10日ぶりくらいだああ!!

死んだ魚のような目にハイライトがともる

自然と笑みがこぼれて、気づけば会計を済ませていた

今日最後の予備校へ、いざ___


***


結果的に、ここにした

いろいろと自分にあっていたしそこまで規模がでかくないのも好印象だった

契約とかもろもろはまた後日ということで一旦校舎を去る

すっかり夜になったターミナル駅は通勤客でいっぱいだ

ちょっと脇道にそれて、スマホを取り出す

さっきのLINEメッセージを開封したくて

今までの会話の内容は、「ふわっとしていることについて」

現実とは裏腹に、なんてほのぼのとしているのだ

私ふわっとすぎるあまり責任感喪失しつつあるんよね、、だからこうしてる

という言葉のあとに続く一枚のロック画面のスクショ

それは縦に大きく太い筆でかいたであろう

『責任』

というワードである

なんて威圧感だ

どこから拾ってきた画像か知らないが、見るだけでスマホがおもーく感じるロック画面である

一体だれがこんなロック画面にするのだろう

思わず吹き出してしまった

あなた今日後期試験落ちたのに

道端でスマホ見ながら笑ってるよ

責任感を気にする彼女に、ほのぼのうさぎの写真を送っておいた

あ、そうだ今日は買いたいものがあるんだ

今年1年の手帳

スケジュール管理とか、目標とか、やることとかいろんなことを書き留めるものが欲しくて

そして
これから1年で経験する感情を記録したくて

それは浪人生活で感じることでもいいし、背高猫背男のことでも、部活同期の彼女のことでも、”ロック画面が責任の人”のことでも

空白の1年を、後で見返せるように


これから先の話はこの手帳を軸として書いていく





2021.3.22

その日、私は高校に報告に行った

担任の先生とはすぐに会えた

「お疲れ様」

まずはねぎらいの言葉を頂いた

そして
「君は来年必ず受かる」

なんて根拠のない言葉も頂いた

そして
「○○の話聞いた?」

ついに、あの男の話題を口にした



「彼、受かったんだよ」

聞きたいけど、聞きたくなかったその言葉を先生はいともたやすく言ってしまう

驚きと喜びが半々の表情を先生はしている

「職員室中大騒ぎだったんよ!」

そりゃそうだ、私は心底思う

前期も後期もE判定で突っ込んで後期で受かるなんて奇跡の領域だ

まあ、それに2人も挑戦したのだが


わかっていたようで、受け入れられなかった事実

それを他人の口から聞いたことでやっと目が覚めた

本当に、あいつは合格したんだ

素直におめでとうが真っ先に心に浮かばない自分を憎んだ


その後は軽く先生と雑談をして予備校のパンフをみてきた

もう決めているのに

進路指導室の前で資料をパラパラとめくっているとだ、


え?

声が漏れる


「合格した男」がそこにいた


***


おおお!!!

久しぶりの再会だ

2人共驚きを隠せない

どうやら彼は部活の顧問に挨拶にきていたらしい


彼は自分が落ちたことを知っている

非常に彼らしくなく、やりずらそうだ

というのも、今まで
「ま、俺だけ受かってお前落ちるから、その時のために先に謝っとくわ」

とかぬかしてたからだ

まさかそれが現実になるなんて2人共思ってもいなかったが

ぎこちなくも、彼は今後どうするのかいろいろ訊いてきた

この予備校にいくんよー

って話したら彼は一旦この話題をわきに置いた


先生との挨拶どうだった?

とか

後輩は元気そうだった?

とか他愛もない話を進路指導室の前の廊下でする


しばらくして、やっぱり、

「いいなー」って

「うらやましいなー」って

「俺どうなるんやろ」って

正直な気持ちがコップから溢れ出す水のごとく零れていく

同じ言葉を何周もする

ずーっと、ずっと、1時間くらい

景色の変わらない冬のトラック10周走を思い出す

気持ちがスッキリするまで、吐き出す

これまで運命を共にしてきた人だからこそ、こんな恥ずかしい姿を見せられる

まあ、ここからどうしようもなく離れ離れにはなるのだが


"あの責任感をもちたいふわっとさん"の話もした

「あの子学校くるんちゃう?そしたら俺そっと帰っちゃるで」

珍しく彼らしくない優しい言葉だ

もちろん、彼女が来ることなんてなかったが

だがこの話はいい気晴らしになった気がする


そんなこんなで1時間がたった時、これも何かの運命なのか、部活が同期の彼女にばったり会った

なんと彼女も先生に挨拶だそうで

「ええ!こたつやん、、、と、○○よね!こたつと同じクラスの!」

自分の隣にいる猫背男にはあまり面識がないようだったがそれでも彼女は持ち前のコミュ力ですぐに打ち解けていた

目の前で芽生える友情をほほえましく思う保護者のような立場になっていると、突然彼女が

「こたつ、私だめだった」

という

その場の空気が一瞬で張り詰める

彼女の成績が良いことも努力家なことも猫背男は知っていた

もちろん、長く部活で付き合いがある自分も

前期試験に落ちたときはきっと二次でやらかしたんだって思い込んでいた。だって共通テストの点は自分たちより100点以上高かったのだ

だからこんな俺らとは違って後期でいけると思っていた

なのに、なんで

なんで、こう、受験って冷酷なんだろう

さすがにさっきまで自分をなだめていた彼も返す言葉がないらしく、驚きの表情で立ち尽くしている

彼自身、彼女ほど努力していないことを認識しているからだ

そんな自分が声をかけることはできないのだろう

でも彼女は
「○○、受かったんだよね?いいなー私もいれて!」

って明るいんだ

「一人暮らししたい!!!」

って駄々までこねる

どうやら彼女は地元の私立に通うらしい

そして、彼女は
「こたつはもう1年頑張るんだよね?いいなーまだ希望があって。私にはもう絶対にないのに」

そんなことを言われたら本当にいたたまれなくなる

でもそれを明るいテンションでいう彼女に、いつしか救われていたのかもしれない

気づいたら、もう放課後の時間だ


元は繋がりがなかった3人が、同じ大学を目指していたという理由で繋がった

結果は
奇跡的に後期で合格
浪人
地元私立に進学

と別の道を歩むことに

それぞれが3つの未来を突き進む

各々の生活は全く違うのかもしれない

でも、また3人で会いたいと願うことは一緒だった


帰りがけに、今までにない眼差しで彼は

「俺に追いついてこい!!!」

といった

「ま、お前が留年したら相殺だな!首を洗って待っとけ」

なんてジョークを交えて返しながら、いろいろと吹っ切れた私はスッキリとした気持ちで帰った

さあ、あいつに追いつくか

足取りは軽かった



この日、3人のグループが誕生した






chapter12 ただ、ひたすらに


はじめに
1年(約10カ月)後、「浪人してよかった」といえるように頑張る。
これからいろんなことがあるかもしれないが、「つらい」とか「苦しい」とか思わないで。毎日を「楽しむ」こと、それが一番大切。
浪人は決して暗いものではない。可能性を広げる1年だ。

手帳の表紙から


2021.4.2

この日は自習をしに予備校へ。入学式は4.10だが一足早く校舎に行くことにした

丁度桜が満開の時期だった

電車に乗っていると、途中で大きな一級河川を渡るのだが、その川沿いの桜並木がすごく綺麗で、思わず下車してしまう



毎年、桜の景色とにおいに癒されている

散ってしまったときは、あと1年待たなくちゃな…って、悲しくなる

桜並木を歩く人、走る人、自転車で駆け抜ける人、ベンチに座っている人、体操をしている人、犬の散歩をしている人

その光景すべてが暖かな光に包まれている

1年後の桜を、自分はどんな気持ちで見ているのだろう

どんな表情で

どんなしぐさで


__いや、それは今の自分が作っていくもの

今日一日の自分が未来を作るなら、頑張らないと

さあ、もたもたしてないで、いこ


***


入学してから、私はただひたすらに目の前のことを必死にこなしていたように思える

会話をするのは親と講師とチューターだけ

それ以外の一切の人間関係を作らなかった

はたからみれば、閉鎖的な、箱庭のような環境にみえるだろう

でも私はそれでもよかった

今友達を作れば必ず足かせになる

自分よりレベルの高い友達を作れば私は劣等感でつぶれる
自分よりレベルの低い友達を作れば私はそっちに流される

私には一人で頑張るほかないのだ

それにもともと一人で過ごすことに抵抗はなく、むしろのびのびできたのではないかと感じる

友達は、大学生になってから

きっと素敵な人たちに会えるから

だから今はただひたすらに頑張る時

それに、私には外部に大きな支えが存在した

「真面目で、明るくて、寄り添ってくれて、でもちょっぴりドジな人」
「猫背で、背が高くて、目つきは悪い、でも根はいい奴で現役時代に共に戦った人」
「告白して失敗した、全国制覇した幸せオーラを纏う、ふわっとして責任感をもちたい人」

私がこの空白の1年の間でLINEをしたのは親を除けばこの3人だけだ

LINEの通知がうっとうしくてつい返信をためてしまうような人とは逆だった

だから、私はLINEの通知がくるということの嬉しさを人一倍感じやすいと自負している

ただのスタ連だって

しょうーもない話だって

"弾丸告白に失敗してもなお好きな人"からの返信も嬉しかった

でも思えば、この頃は好きという感情を引き出しのなかに無理にしまっていた

週1で返信がきていたため、その返信にどれだけ支えられているのか深くは感じていなかったのかもしれない



変化が起き始めるのは6月になったころ

私の引き出しはいとも容易く壊れた

その日きた返信の内容が大好きで

「最近嬉しかったことはある?」って聞いてみたら

最近忙しい(よくいえば充実してる)から難しいな…。毎日楽しくて幸せだから選べないけど、強いて言うなら毎日おいしいごはん沢山食べれて、布団で気持ちよく寝れることが嬉しいかなあ。

「本当に疲れたときのストレス発散方法って、何があると思う?」って聞いてみたら

食べる。ひたすらに食べる

私が高3の時勝手に想像してた「幸せオーラ」そのままの人だったのだ

好きなことは何?って聞かれたら食べることと寝ることですって答えそうな人だと思ってたらそのままだった

嬉しくて嬉しくてその後2週間くらいずっとそれが力になって頑張れた


でも人間の心はよくわからないもので

私は嬉しい半面不安もあった

あの人は一体どんな気持ちで返信しているのか

なんで振った人にこんな返信してくれるのか

もちろん、彼女は私が浪人していることなんて知る由もない

だから、励ましてくれてる、とか気を遣ってくれてるとかでもない

このままLINEを続けてもいいのか

あの人に迷惑じゃないのか

__本当はずっとずっと会話し続けたいくせに



そして、私はこんなメッセージを送った

「○○さんの返信に本当に元気をもらっています。他愛もない話でも全然嬉しくて。だから、これからも話かけていいですか?」


なんでこんなことするんだって今じゃ笑ってしまうような行為だ。でもね、もし過去をやり直せるとしても、私は同じことをしていたと思う

それが自分にとって必要な筋というものだったから

返信を待つ、長い2週間が始まった

時期は梅雨

コンクリートに濡れた雨のにおいが心地よかった

雨の匂いはコンクリートのなんとかの成分らしい!

これをあの人から聞いたからかも








あの日から3か月が経ったのに、忘れるどころかもっと好きになってしまっている自分がいる。たまにくる返信が嬉しくて嬉しくて、その日一日がハッピーになる。活力が湧いてくる。眠気にだって耐えられる。
つながりはLINEだけで今にも途切れてしまいそうなのにそれにすがっている。でもLINEができていることが奇跡のようなものだと思う。3/1の自分は本当によくやってくれた。あの時声をかけられていなかったら、あの日で完全に関係は途切れていたはずだ。
このままずっとLINEを続けたら、その先に何が待っているのだろう。いつか途切れてしまうか単に仲良くなっておしまいか。そもそも彼女はどんな気持ちで返信しているのだろう。やっぱり嫌かもしれない。一度彼女に聞いてみようか。
こんなことを考えながらも、やっぱり彼女が好きな自分がいる。たぶん彼女のことは今もこの先もずっと好きなんだろうと思う。でも、自分の好きを受け取って欲しいのか、そうではないのか、分からなくなってきている気がする。

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