ねえ#7
「ねえ、私たち、どうすればいいのかな?」
そんな言葉が、頭の中に浮かんでは消える。
勤め先の私立高校の一室にいる洋介の前に、侑子はいない。
洋介の前に侑子が現れなくなって十日ほど経った。毎日のようにやって来て心を乱していった彼女がいないことによって、自分の心が異常をきたしていることには気付いている。
オレたちは、どうすればいいんだ?
自分の気持ちにも気付いている。侑子はもう、自分の一部と言っても過言ではない。それくらい奥深くまで踏み込まれた。
もちろん、悪い意味ではない。欠かせない、大切な存在になったということだ。
だが洋介が何を考えようと、侑子の気持ちもあることだ。いくら思い悩んでも道は開けない。それに、さすがにもう愛想つかされたよな、と思う。
どれだけ理由があっても、あんなに素直に真っ直ぐに気持ちを伝えてくれた相手に、気の迷いだ、などと言ったのだ。本心でなかったとは言え、酷い罪悪感にさいなまれる。
しかし、オレに何が出来たと言うんだ? 職業・年齢・その他もろもろ、そう言った弊害を乗り越えてアイツに手を伸ばせば良かったのか? そんなことをして、その話が表に出れば、社会的な死を経験することになる。それも自分だけでなく侑子も。なのにアイツを抱き締めた。なのにアイツに好きだと言った。それが答えではないか。
それは、分かっている。
一緒にいても、会えなくても、こんなにも心が揺れるのは、アイツを好きである何よりの証拠だ。でもその気持ちの、この荒ぶる感情のふたを開けてしまったら、きっとオレは止まれない、自分を止められない。抑えていた分、その分だけ、きっと暴走する。それだけの感情を抱えている。こんなに狂おしい想いになるのは、初めてだ。人の心の力になる仕事をしているのに、自分の心ひとつ、その心ひとつに振り回される。人間って愚かだな、とどこか他人事のように思う。
アイツ、どうしてるかな? 飯、食ってるかな? 友達と仲良くやってんのかな? 男子生徒にあの笑顔向けてたりすんのかな?
ズキリ、と胸が痛んだ。
アイツを好きな男としては、アイツに幸せであって欲しい。今までもアイツのためを思って言葉をかけてきたつもりだ。だからアイツが他の誰かとでもあっても、幸せであればいい、はずなのに。隣にいるのは自分であって欲しい、またこの部屋でくだらないことで笑ったり痴話喧嘩したりしたい。
なんでこんなに好きなのにずっとつっぱねてしまったんだ? なんでこんなにあふれてくるまで自分の気持ちに素直になれなかったんだ?
なんて情けない男だ。
女々しいな。自分が女だったらこんな男、絶対嫌だ。だからやっぱ、愛想つかされたんだろうな。もう自分であることをやめたい。
大きく溜め息を吐いてデスクの引き出しを開ける。
侑子のくれたチェックのハンカチ。
やっぱ女々しい、そう思って引き出しを閉めた。
*******
「バカか、オレはお前に興味なんてない」
喉元に突き付けられた刃のように、その言葉が侑子の心を蝕んでいた。
そんな決定的な言葉を叩き付けられた訳ではない。それでも、洋介の煮え切らない、侑子を拒絶する態度を、侑子はそう捉えてしまっていた。
頭から布団を被りなおす。
あの日から二週間弱、学校には行かずに自宅に引きこもっていた。深夜に高校生に見えない程度の化粧をして、ラフな格好でコンビニに出かける以外に外出はしていない。
少ない友人から、自分を案じる言葉が届く。自宅の場所を担任に聞いた、と家を訪れてくれた友人もいたが、会わずに追い返した。
そんなもの、いらない。私が欲しいのは……と思う。
欲しいのは彼女たちの言葉でも優しさでもない。彼の言葉であり、その優しさだ。
乾いた自分の言葉を思い出す。
「好きって言ってくれたの、嘘だったの?」
嘘じゃない、そう言って欲しかった。オレもお前が好きだと、もう一度抱き締めて欲しかった。そのどちらもが、叶わなかった。
片想い、ツラいな。もう、先生を好きでいるの、やめようかな?
やめようと思ってやめられないことくらいわかっている。論理的な思考を経て恋愛をする訳ではないと語ったのは他ならぬ侑子だ。
でも、それでもやめてしまいたい。叶わない恋なんて、もう……。
もう先生なんかいなくなればいい、そうすればこんなにも苦しくなんてならない。先生なんかと出逢わなければよかった、そうであったならこんなにも涙なんて流さない。
なのに、会いたい、顔が見たい、手で触れたい、もう一度、抱き締めたい。
気持ちに応えてもらえないならそれでもいい、届かない想いならもう仕方ない、だけどもう一度だけ、あと一度だけ……。
冬の寒さが底を抜けつつある二月の終わりのその日、侑子は学校へ向かった、洋介に会うために。
続く
おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)