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自分を見失わない方法。

僕らの生活は日々ストレスとの向き合い。
外的にもたらされる悲しい事実や
誰かに干渉されて支配をされる。
苦しいと思って発散しようとすると
大抵の場合は失敗する。
またやっちゃったと嘆いた時にはもう遅い。
自分を責めるか、誰かに当たっているかのどちらか。
たまに物に当たったりもするけど、
想像以上の頑丈さにまたストレスを感じる。

自分なりに整えたと思った環境下であっても
いつの間にかストレスの空間になっていたりもする。
では、どうしたらいいのか。
混沌とした情報社会でどうすればいいのか。
僕なりに考えることにした。

1、インプットを溢れさせてアウトプットする

これは最近特に意識していること、
僕の場合、カメラの仕事をやっているけど
それに準じた内容でなくても良い。
大切なことは、なんでもいいからある分野に特化すること。
インプットの中身はSNS・動画・書籍なんでも構わない。
とはいえ、個人的にお勧めするのは書籍。
想像してみてほしい。
自分以外の周りの人は情報をインプットする人どうしてるか?
書籍で最もインプットすることを
手段としている人は珍しいはず。
そう、それだけで人との違いが作れる。
その「異なり」こそが、自分らしさに変わっていく。
情報量も書籍の方が豊富で選ぶ物によっては
体系的に学びにつなげることができる。
何冊も、何十冊も特定分野でインプットができると
は3ヶ月もすれば人に十分説明できるレベルにまでなる。
おすすめの本を検索するのではなく、
なんでも雑食しておすすめの本を見つけることが
血となり肉となる。

2、自分を変えるのではなく、自分の手段を変える

よく自分を変えたいと思っている人がいる。
僕もこれまでそうだった。
自分で自分をたくさん恥じてきたし、
そこらへんの人には負けない自信がある←
最も大切なことは
「自分を変えずにできる”手段”を見つけること」
もちろん、簡単なことでないし苦労をたくさんする。
それでも自分を変えようとすることは、
自分の方向性を見失う近道になってしまう。
自分の考えを変えるなんて人もいるけど、
考えはそんなに変えなくていい。
変えるよりも前に、行動の手段を変えてみてほしい。
例えば、ダイエットがしたい。と思ったら
ダイエットしたくない自分でもできることを考える。
間違っても、楽にダイエットできるわけがないから
そんな方法を検索なり調べているのなら
いますぐやめてほしい。
アプローチの方法は角度を変えるだけで変わる。
実践するに十分値するかどうかはやってみてから。
まずは手段を。

3、自宅以外の場所でSNSを開く

家は魔物だ。
この世の中にある空間で最も自分を見失わせる空間。
自分で自分を管理できない人にとっては
最も自分を見失いやすい場所。
そこには横たわるベットがあるから。
そこには癒しのお風呂があるから。
そこにはTVという無の境地に入れるスイッチがあるから。
この空間に対して対応ができるようになると
びっくりするぐらいに人生が好転する。
家で何かをするよりも、
家以外の場所で何か作業した方がいい。
雑多な環境で、人の声がするような
一見、劣悪なところでも作業できる力を身につけたい。
集中すると、「音が消える」感覚になる。
一時的には時間軸からも解放されて
気がつけば30〜60分は平気で過ぎてる。
それを訓練していくことで何かの作業時に
想像し得ないほどの、捗り、を手にできる。
たとえSNSだとしても、外で開く。
それぐらいの気持ちを持っておくといい。
外に出ることは、それだけ大事なのだ。

4、ラッキーは、見つけるのが上手い人にやってくる

自分を見失わずに
前に進む活力がある人の大抵は
「自分は運が良い」と思っている人。
運は手繰り寄せるものではなく、
見つけ出していくこと。
行動をもってして、
はじめて出会いに恵まれることを理解してる。
見つけるというのは、ある意味では
思い込み力のような自己暗示に似てる。
「きっとそうなんだ」と信じることを
疑わない人こそ、ラッキーな人。
人はそれを、ポジティブ/前向き思考ともいう。
そういう人たちの類でもっともいいなと
個人的にも感じる点は、発言だと思う。
ポジティブな生き方をしているように見える人ほど
その人の弱さを感じる時に人らしさを感じれる。
「応援したい/協力したい」は
弱さを知って初めて心からの行動になる。
そんな人たちに出会うためには、
せめて、自分はラッキーだと思って
生きていくと良い気がする。
ちなみに僕は、両親が亡くなった交通事故に同乗していた。
それでもほぼ無傷で(これには周囲が本当に驚いたらしい)
3日で退院できた。(念のための入院だったらしい)
その事故で父は即死、母は植物状態。
その中での僕の無傷っぷりは
「運が良い」以外なにものでもない。
もっと言えば、母方の祖父母に引き取られ、
母の妹家族である叔父叔母に両親の代わりとして
育ててもらった。
6人の両親を経験した自分はとても、ラッキーだ。




人を妬むことも、
人を羨むことも、


幼少期にたくさんあった。


足りないものを自覚して、
何度も自分を見失いそうにもなった。



それでも、今日まで強く生きれているのは


間違いなく、



自分の人生に誇りをもっているからだ。



誇りを持つことは簡単じゃないけど、



目の前にあるものを大切に、丁寧に
感じることができるなら、
少しの行動と努力ができるなら、


きっと解決できる。


僕だけじゃなくて、
この文章を見ている人それぞれが
確かな強さを必ず持ってる。


だって、
こうしてこの文章を読み切ったのだから。


強さは案外、ちいさなものだよ。きっとね。




おれ、がんばれ。

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