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僕は苛立ちと踊り、君は怒りを寝かしつけた


仕事終わりの映画館。

大学生の同期だった友人と待ち合わせして、月に一、二度は映画を観るのがいつからか恒例になっていた。

事前にネットで予約したチケットを発券し、彼はコーラを、僕はジンジャーエールを片手に入場開始まで適当な席に座って待つ。

その間だけ、いつもと違い少し真面目な話でも取り合ってくれるこの時間が好きだった。

「ネーミングってすっげー大事だなって思ったことがあってさ」

「どうしたの」

友人から話題提供とは珍しい。

いつもと変わらず飄々とした風だがよほど思うところがあったのだろう。

「こないだの昼休みに初めて避難部屋を使ってさ。話したことあったっけ」

「入社直後に言ってた気がする、別ビルの部屋借りてあるやつだっけ」

彼の職場は関連会社のみが入っているオフィスビルで、裏に建っている小さなマンションの一室も借りているらしい。

職場で仕事がしづらくなってしまった人や一時的具合が優れなかったり仮眠をとりたかったりする人のための部屋のようで、一応第2オフィスとして正式名称もあるがみんな「避難部屋」と呼んでいるそうだ。

「そうそう。少しずれた時間に昼休みとって食堂行ったら一年目の事務の女の子がいてさ。土曜だったからそもそも出勤人数も少ないし、食堂営業してないし、ただでさえ夕方だったしでその子と俺しかいなくて」

彼がコーラを飲む間ひたすら頷く。

「でさ、挨拶してくれたし、土曜出勤大変そうだしこんな時間に事務の子が休憩って何かあったのかなーと思ってカップ麺にお湯入れて向かいに座ってさ。たわいもない話して。そしたら取引先からメールが来たから一言断って業端いじったのね」

「一言いれるあたりがえらいな」

「どうも。そしたらその子がYoutube見始めたの。爆音で」

爆音で、と思わず復唱した。彼はなんとも思ってなさそうに乾いた笑い声をあげた。

「俺固まっちゃってね。まあ他に人もいないしいいんだけど、いいんだけどよくなくて。俺のこと視界に入れませんし配慮しませんし邪魔になってもいいですよーって自分本位を宣言されてるみたいで、めちゃくちゃ引っかかって。俺が業端閉じてもそのままだったし。で、俺もなんかくたびれてたんだろうね、ちょっと当てつけ気味にイヤホンつけて音楽聴きながらカップ麺啜ったんだよ」

「それはなんというか、災難だな」

「うーん。で、飯食ってたら、その子が話しかけてきた」

「イヤホンしてるのに?」

「そう!イヤホンしてるのに」

彼の中で感情の整理は既についているのだろう。淡々と話してはいたものの、ここで語気が少し強くなって、「やばいな」と思わず笑った。

「くたびれてるの自覚できてない俺も悪かったんだけどね。もうそこから覚えてなくて。適当に返事して飯かきこんで、事務の同期に避難部屋の鍵借りて」

コーラをかき混ぜている彼の横顔はいつもと変わらない無表情だった。

「初めて避難部屋使ったんだけどね、2LDKの部屋で、ちゃんとワーキングスペースもあるからwifiも完備、寝室もあって、冷蔵庫には飲み物冷えててご自由にどうぞだし、あれっこの会社ホワイトすぎやしないか?って最高の気持ちでベッドで横になって音楽爆音で流してうたた寝した」

「最高じゃん」

「そう、最高だった」

アナウンスが流れる。僕らの観る作品ではなかった。少しほっとする。

「音楽シャフル再生してたらBUMP流れてきて、なんかすごい胸にきて。人ってこんな簡単に波立つんだな、って」

「……僕も仕事終わりに走ってバス停向かってて、終バスが時刻表より早い時間に素通りしていって思わずしゃがみこんだことある」

あはは、それは絶望するわ、と友人は笑った。

「最高の昼休みを過ごしたんだけど、事務所帰って同期に鍵返したら『鍵貸してるところ見た人が、高良くんが病んでるみたいな噂してたから気をつけた方がいいよ』だって。悪い子じゃないんだけど、俺にそれ伝えてくるお前はなんだよって。気をつけるって何をだよって。本当に俺が参ってたらそれ聞いて尚更参るだろ」

「影口を告げ口してきていい人面するのわかんないよな、他の人を差し出して、自分は味方側だよってアピールなんかな」

「なー。あげく、昼休みの爆音ガールがきてさ、『先輩、大丈夫でしたか?イヤホンつけるなんて、らしくない行動だから心配だったんですよぉ』だって。悪気ないんだろうけど、らしくないって、俺の何を知ってるのって」

きゅるるん、と効果音が聞こえそうな裏声の物真似に含みがあって笑う。

「想像してたよりもめちゃくちゃ面倒な状況になったな」

「そうそう。出勤人数少ないからすぐ知れ渡ってやたらお菓子とかもらうの。美味かったけどさ。必要ない気遣いされるのがだるいのなんの。普段気遣いしてサポートする側だって関係構築すんだ後にそこが揺らぐの嫌いだからすごく違和感あった。気遣いありがとうございます、俺は大丈夫ですよ助かりました、ってする時間や労力あったら誰かに業務上のサポートしたいのに」

相槌を打ちながらジンジャーエールを口に含むと舌の上で少しだけ弾けた。

「もしもさ、第2オフィスが『いらいら鎮静部屋』とかだったら俺は腫れ物扱いだったと思うんだよ。『避難部屋』なんてネーミングだったから、俺が弱ってると思ってみんな優しくしにきたわけで。情緒がいつも通りじゃないからこそいつも通りに接してくれると日常に戻りやすいはずなのに、部屋のネーミングで左右されて俺の気持ちが勝手に決められて、優しさだと分かっていても煩わしかった。受け取れないのは未熟さなんだろうけどさ」

シャカシャカシャカシャカ、とコーラがリズムを刻んでいる。

「そーだなぁ。フラットな選択肢じゃなくて、どうしてもメインオフィスを選べなくなったときの選択肢って感じだからかな」

「あー、そうかもね。逃げ場っぽさがあるよな、逃げて何が悪いんだとも思うし、逃げるのは辛いことからだけじゃなくて苛立つことからでもいいはずなのにな」

苛立つと僕は不機嫌に見えるように振舞って、周囲の人に話しかけられないようにしてしまうな。それよりはたしかに、席を外した方が建設的だ。言葉にする前に友人が続ける。

「まあ、噂されるの面倒なら会社の外で散歩でもすれば良かったんだろうけどベッドで横になりたいなって思ったし、実際俺は避難したかったんだろうな。使ったことがばれるとかそういうこと考えられない程度には疲労しててそれにすら気付けなかったっていう」

「おつかれさま、大変だったな」

「ありがとう。つまらない話で悪かった」

友人はコーラに口をつけ、炭酸抜けちゃったなと呟いた。ずっと彼の手遊びを見ていたのでそりゃそうだろう、と心の中で返事する。

「俺なー、コーラ好きなんだけど、基本的にお前としか飲まないんだよ」

「は?なんで」

友人は立ち上がって、僕に背を向け軽く伸びをする。

「小学生の頃、なんか苗字と被せてつまらないこと言われて面倒だったんだよな。それから人前では飲まなくなった」

「初めてきいたな」

彼の苗字は高く良いと書いて「こうら」と読む。なるほど。

「でもさ、映画館といえばコーラじゃん。感謝してるよ」

こちらを振り返らずに彼はすたすたと歩いていく。ちょうどアナウンスが流れて、僕たちの観る作品の入場が始まった。








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高良くんは元々口調が投げやりなんですけど、「僕」と話すとき引っ張られて若干丁寧になるので字面にするとどちらの発話かわかりづらいですね。

ふたりの会話はシリーズになりつつあります。

他の作品はマガジンからどうぞ。

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珍しくタイトルで悩みました。

「おやすみの一撃」ださいなと消して。

「グッドナイト・」まで書いて、お、英語にしたらそれっぽいな、と思い立ち。

「グッドナイト・アタック」あまりにださいな、と声を出して笑いました。

高良くんが胸を打たれた曲はBUMP OF CHICKENの『ギルド』という曲です。大変おすすめです。


大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。