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失恋と感情移入

中学時代、あれほど好きで好きで仕方なかったミッちゃんとは高校が別になり、ハイおしまい。

女ってのは潔い、コレはコレ、アレはアレ、過去は振り返らない。(人によるのだろうが)

よく男は過去付き合った相手を引きずったり〝名前をつけて保存″し、いつまでも自分のことを好きだと思っているフシがある。何年かぶりにたまたま再会しても、おうお前さぁ…みたいな…いや、もうあなたの彼氏でも何でもない、赤の他人ですから!とこちらは思う。勘違いも甚だしい。でも仕方ない、そういう生き物なのだから。
そういえば男性ミュージシャンの歌う失恋ソングの方が胸に刺さるなぁ…あの時はあーだったこうだったと、過去形で昔の彼女を懐かしんだ歌詞が多い。

女は恋愛に関して〝上書き保存″とよく言う。どんなに好きだった人も新しいターゲットや彼氏ができると夢中になり過去の男は綺麗サッパリ忘れる。上書き保存とはよく言ったものだ。
そして女性ミュージシャンの歌は圧倒的に現在進行形の歌詞が多い。


2学期の中旬、長年受け続けていた県内だけの小さなピアノのコンクールを今年で最後にしようとK先生と話し合って決めた。

高2になると、もう一つの全国に繋がるコンクール、音大進学に向けて志望校を決めたり、夏期講習を受けにわざわざ大学まで行ったり、その大学の先生のレッスンが入るので忙しくなる。
その時たまたま練習していたショパンの〝幻想即興曲″でコンクールを受けてみようと決めた。これまで入選すらした事がないが、最後なので自分の好きな曲で受けてみよう。



その前にどうしてもしておきたかった事があった。


1学期の終わり頃から急激に好きになったTくんに告白すること。



これまではバレンタインデーの日に好きな男子にチョコを渡し続けていたが、面と向かって告白をした事はない。2学期に入り、ユキちゃんや学年の女子たちにもチラホラと彼氏ができていた。
付き合ってくださいって言ってみようかな?


コンクール前にどうしても自分の気持ちに決着をつけたかった。気持ちがモヤモヤしたまま演奏をしたくなかった。
フラれるだろう、それでもいい、気持ちを伝えた上できちんと心の整理をしてから演奏をしたい、それでコンクールを受けたい、そう思った。


Tはバスケ部からハンドボール部に変わっていた。親友のみっきーや友美、しおりんと試行錯誤し、部活から帰るタイミングで駐輪場で告白しようと決めた。
皆にはよく放課後グランドでやっているハンドボール部の見学について来てもらっていた。もう好きなのがバレバレだ。


告白当日、部活を抜け出し、Tがいるグランドまでしおりんと行き、勇気を持ってTに話しかけた。
『部活が終わったら話したい事があるから、駐輪場に来てもらえる?誰にも話さないで、絶対1人で来てほしいの』
Tはキョトンとした顔をしていたが、何かを察したようで『わかった…』とそっけなく答えた。冷たいな、相変わらず…。


それだけで私としおりんは大興奮し、部室に戻ってみっきーたちに報告した。皆、自分のことのように一緒にワクワクドキドキしてくれた。


部活が終わって18時すぎ、11月なので外はもう真っ暗だ。みっきーとしおりんは電車通学なので先に帰り、友美も他の友達と帰った。


マフラーを整えて、リップバームを塗り直し、同じ香りのするバニラの香水をふって、真っ暗な駐輪場の少しだけ離れた場所に行って待っていると、Tが私を見つけて歩いてきた。さぁ、いよいよだ。


『1人で来てくれたんだ、ありがと。私ね、実はTくんの事好きなんだ…』


と言い終わらないうちに、突然Tが


『オレ、好きな人いるんで…』と片手をサッとあげた。


やっぱり告白される事分かってたんだ、まぁいいや…にしても彼は周囲の目を気にしている。


『あのね、ひとつだけお願いがあるんだけれど、この事絶対誰にも言わないでくれる?男友達とかに…』


彼は首を何度も縦にふり、『わかってる…』と答えた。んじゃ!とまた片手をあげ、彼は急いで自転車に乗って帰って行った。



よかった…1人で居て、真っ暗なので誰にも涙は見られない。15分で帰れる距離を倍近く時間をかけて帰宅した。



運の悪い事に、その日たまたま母が学校に呼び出されていた。母には〝保護者会″とだけ伝えていた。
担任の〝おぐちゃん″こと小倉先生が『今のままでは2年生に進級するのが難しくなるかもしれません…遅刻も多いです』と心配し、わざわざ母と個人面談をした。

おぐちゃんが学校に呼んだ保護者は、私の母&野球部キャッチャーの山本くんのお母さんだけだった。(山本くんは、なんと上位5%入学の者で高校に入った途端、私同様勉強に匙を投げた組であり、稲中仲間で1番仲の良い男友達である)


失恋の涙をふき、帰宅するやいなや、母から怒鳴られ気が済むまで殴られた。


『私に恥をかかせて!お前はどんだけバカなんだ!保護者会って行ったら私だけだったじゃないか、親の顔に泥をぬって、この恥さらし!』


私は失恋して泣いて帰ったんだ、母に言い返す元気も言葉もみつからない。今日は1年間で1番最低な日だ。気が済むまで殴られ、失恋のショックとダブルパンチで大泣きして顔も目も腫れた。

翌朝起きると、それでなくても重い一重まぶたが糸みたいに細くなっていた。泣きすぎて顔も目も腫れている。学校に行くか休もうかとても迷った。
でもココで休んだら私は〝負け″だ。
失恋したショックで休んだと思われるのも嫌だった。休むもんか!死んでも行ってやる。


重い足どりで登校した、みっきーや友美たちは何も言わず接してくれた。よりによって1限目が音楽だ、最悪…。Tも登校していた。


音楽の時間、Tの横に座っていた牛田という男子がニヤニヤしながら私をみてはコソコソ喋っている。
まさか…告白した事、喋ったの?
あれだけ内緒にしてね、と言ったのに…よりによって牛田に喋ってたんだ…涙が出てきた。教科書で顔を隠した。
あまりに牛田が私を見て、笑って冷やかしていたので、Tが『やめろよ』と牛田に言っていた。


ていうか、やめろよって…あなたが牛田に喋ったからじゃない…ひどい。でも、もしかしたらT自身、私をフッたわけだが初めて告白されて誰かに喋りたかったのかもしれない。そう思うようにした。



それからコンクールまでの2週間、自分の感情を重ねて練習した。悲しみ、涙、全てショパンの幻想即興曲に気持ちをぶち込んで弾き込んで仕上げた。1日3時間しか練習できなかったが、そのまま最後のコンクールを受けた。


高校生の部、結果は初めての2位だった。



審査員の先生から表彰状をもらうとき、長い間毎年よく頑張ったわね、と声をかけられた。この2位は何なんだ…努力賞?オマケの2位なの?


翌朝の朝刊に載っていた。


私はピアノを習っている事をそれとなくみっきー、友美、しおりんにだけ話していたが、コンクールを受ける事など誰にも話していなかった。皆、ピアノかエレクトーンを習っていたし、小・中と嫌がらせに遭っていたので、今度こそ誰にも話さなかった。


ところが、B組のチューバを吹いていた女子が突然昼休みにわざわざ私のクラスまで来て

『ハッシー!朝刊見たよ、ピアノ習ってたんだね〜しかも2位って、ウチの親がビックリしてたよ。知らなかったよ!』と言った。私の隣にはみっきーや友美たちが居た。

『いや、たまたまだよ…あははー』と笑って誤魔化したが、みっきー、友美、しおりん、皆驚いて『なんでそんなおめでたい事黙ってたの?すごいじゃん、おめでとう!』と祝福してくれた。

初めて〝友人が祝福″してくれた。担任のおぐちゃんもビックリして声をかけてくれた。


中学までは、ピアノを習っていて少しばかり弾けるというだけで、散々な目に遭っていたのでたとえ友達でも話さなかった。みっきーたちも皆ピアノやエレクトーンを習っていたが、これまでの友人と違い、素直に喜んでくれ、それはそれで驚いた。


高校生くらいになると、ずっとピアノを習ってたけど、今は趣味で続けてます派と音大行きます派にきっちり分かれるんだ。そうか、そういう事か。皆大人になる時期なんだ。



同じ頃、祖父母宅の近所に住んでいて、幼稚園、小・中とずーっと嫌がらせ&イジメをしていた恵子ちゃんの両親が離婚して引っ越したと聞いた。
そういえば恵子ちゃんは、中学を卒業した途端ピアノをやめ、看護科のある高校に進学し、急激に〝ヤンキー風ギャル″に変貌していた。
駅で私に出会っても『レナちゃん、元気〜?』とニコニコ笑うようになっていて、不思議に思っていた。恵子ちゃんの中から〝毒″が消えている。

祖母から話を聞いてショックを受けた。恵子ちゃんのお父さんは壮絶なDV男で、お母さんを毎晩殴っては他に女を作っていた。

あ…恵子ちゃんの家もだったんだ…全然気づかなかった。恵子ちゃんはきっとストレスの捌け口として私を長年イジメてたんだろうな。
でも暴力をふるうお父さんから解放されてハジケたんだ、お母さんも恵子ちゃんも妹も辛かったね…だからこの前出会った時、人が変わったように私にニコニコ話しかけてきたんだ…
私の家とよく似ている、恵子ちゃんが私にしてきた事は決して忘れることはできないけれど、もういい、水に流そう。
恵子ちゃんも色々と辛かったんだね…


私は彼女を許した。


彼女もまた父親の暴力を毎晩見て過ごし、どんなに辛かっただろう。近所に住みながら何も知らなかった。涙がこみあげてきた。


高校生くらいになると、進路が皆変わることで家庭環境も変わったり、それまでの確執がなくなったりする事もある。


恵子ちゃんは、高校を卒業してしばらくすると、元ヤンの彼氏と結婚した。今度こそ、自分の手で幸せな家庭を築きたいんだろうな…


幸せに暮らしているかな…子どもにピアノ習わせてそうだな…もう何十年も会ってないけれど、いつか会えたらいいな。



高校1年生の秋、失恋してコンクールを終え、恵子ちゃんの事情も知った。


晩秋、私は16歳になった。
早く大人になれますように…早く自立して、おばあちゃんと佳子ちゃんをこの手で守れる日が来ますように、と願いながら。




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