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(仮説)両利き経営の"第3の道"をゆく組織構造

私のnoteで最も長く読まれ続けているのは2020年3月の記事で「従来のピラミッド型組織にコミュニティの力を取り戻すことで組織の分離を繋ぎ直し、環境変化に適応する」ことを考察したものです。

今回は、この記事以降の私の実践と研究をもとに、両利きの経営において第3の道をゆく実現する組織構造として議論を更に発展させます。「両利きの経営」「自律分散型組織」「越境学習」等のキーワードに関心ある方にとって、思考材料の一つになれたら幸いです。



企業が成長し続けるための「両利きの経営」

昨今注目されている「両利きの経営」とは、「既存事業の深化」と「新規事業の探索」を同時に追求する経営のあり方です。不確実性が高まる経営環境の中で企業が長期的に成長するために、重要性が増しています。

両利きは、深化と探索の能力を同時に追求すること

これは一見当たり前に聞こえますが、言うは易し、行うは難しです。なぜなら「深化」と「探索」という相反する能力を1つの組織に併存させる必要があり、そのための組織カルチャー変革が求められるからです。両利きの経営については、素材メーカーAGCの事例と共にこちらの記事で分かりやすく解説されています。



両利きを推進する3つのアプローチ

両利き経営を推進するアプローチについて、経営学では様々な研究がなされており、こちらの記事で整理されています。その内容を簡単にまとめたものが下表で、研究された時代順に ①連続的アプローチ ②構造的アプローチ ③文脈的アプローチ に分類されます。尚、これらは複数のアプローチを組合わせることもできます。

両利きの経営を推進する3つのアプローチ

このうち現在世の中の議論で主流となっているのは②構造的アプローチです(前述AGCの記事も構造的アプローチ中心に語られています)。一方、たとえ既存事業であっても不確実性が増大する昨今の状況を踏まえると、組織全体で創造性を高めることが求められるため、第3の道である文脈的アプローチの重要性が増していることが指摘されています。



20%ルールが機能しにくい理由

両利き経営の文脈的アプローチ(各人が探索と深化の間で時間を分ける)を見て、20%ルール(業務時間の20%を自由な探索に充てて良いとする就業制度)を連想した方もいると思います。しかし、20%ルールの導入企業は増えているものの、実際十分に探索時間をとれているという人の話をあまり聞いたことがありません。なぜでしょう?
その理由は、経済学者ハーバート・A・サイモンが提唱した「計画のグレシャムの法則」によって説明できます。計画のグレシャムの法則とは「定型的タスクが先に遂行され、創造的タスクは後回しにされる傾向」であり、その背景には「手間のかかることを敬遠したい」という心理が働いています。

計画のグレシャムの法則

つまり、たとえ20%ルールがあったとしても、実際の個々人のタスク管理では、計画のグレシャムの法則により探索時間は排除されてしまうのです。この問題を解決するには、ルールを設けるだけでなく、深化と探索の「場」を明確に分けることが有効です。



「デュアル・システム」という組織構造

ここで話題を、デュアル・システムという組織構造に移します。組織経営学者ジョン・P・コッターが提唱する「デュアル・システム」とは、「階層組織」と「ネットワーク組織」という2つのシステムが併存し補い合う組織構造です。2つのシステムと言っても、階層組織の集団とネットワーク組織の集団が別個に存在するのではなく、階層組織の社員が同時にネットワーク組織にも属している状態です。階層組織とネットワーク組織にはそれぞれ得意不得意があり、互いに補い合うことで、大企業も俊敏な企業に変わることができると説いています。デュアル・システムの詳細は、コッター著『実行する組織』を参照ください。

デュアル・システム(『実行する組織』ジョン・P・コッター著をもとに筆者作成)



(仮説)デュアル・システムによる文脈的両利き

ここからは私の仮説ですが、前述の文脈的両利き経営を推進するには、デュアル・システムという組織構造が有効だと考えています。つまり階層組織を「深化の場」、ネットワーク組織を「探索の場」と位置づけて、各人が両方を行き来することで文脈的両利きを実現するのです。具体的には、ネットワーク組織で新たなアイデアを探索,発想,試行し、そのアイデアを階層組織に持ち込んで深化,実現,改善していくという流れです。このような連携によって、企業は迅速かつ継続的に価値を創出することができると考えます。

デュアル・システムによる文脈的両利き



企業内コミュニティが持続しにくい理由

この仮説を実行する上で大きな課題は「どうやってネットワーク組織を築くか?」です。この点について、私の実践上の知見も含めて議論を進めます。

どうやってネットワーク組織を築くか?

デュアル・システムのネットワーク組織は「複数の企業内コミュニティの集合体」と捉えることができます。企業内には、自己成長や他者貢献などを動機として、特定のテーマのもとに活動するコミュニティがしばしば現れます("有志団体"や"勉強会"など呼び方は様々)。ネットワーク組織は、階層組織に匹敵するほどの規模と持続性を必要としますが、1つの企業内コミュニティだけでは力不足なのが実情です。

ネットワーク組織は、複数の企業内コミュニティの集合体

特にコミュニティの持続性については、以下3つの課題があると考えています。これらが阻害要因となって、企業内コミュニティは単独ではネットワーク組織にはなりにくいでしょう。

■企業内コミュニティの活動持続における課題
A.一過性で燃え尽きる
:交流は熱しやすく冷めやすい。活動がひと段落すると一気に冷めていく。
B.活動資源の確保難:活動時間や活動資金、職場メンバーの理解などは、公式業務を優先するため、十分な資源確保が難しい。
C.主催者の発信に依存:資源が不足する中、冷めやすい交流の維持・向上は、強い想いを持つコミュニティ主催者の努力と発信に依存する。

企業内コミュニティの活動持続における課題



企業内コミュニティのエコシステムをつくる

以上の課題を克服し、階層組織に匹敵するほどの規模と持続性を備えるためには、複数の企業内コミュニティが連携し共存共栄するエコシステムをつくる必要があります。私が考えるコミュニティのエコシステムは、前述のコミュニティの課題A,B,Cをそれぞれ解決する3つの機能を備えます。

■企業内コミュニティのエコシステムが備えるべき機能
A.多様な活動テーマ:コミュニティ各々が多様な方向性やフェーズの活動テーマを掲げており、それらが全体に可視化されること
B.階層組織からの資源獲得:エコシステムへの信頼の上に階層組織との協力関係が築かれ、必要に応じて活動資源を獲得できること
C.相互発信による触発:各コミュニティの活動情報が相互に発信され、次のコミュニティ活動を触発すること

企業内コミュニティのエコシステムが備えるべき支援機能

尚これらの機能は、システムが自己組織化して創発する構造を説明した散逸構造理論の3条件(A.非均衡な状態、B.外部との開放性、C.ポジティブフィードバック)をもとに設計しています(散逸構造の詳細は以下Wikiを参照)。このような企業内コミュニティのエコシステムを、デュアル・システムのネットワーク組織として位置付けることで、文脈的両利きの探索の場を構築することができます。



デュアル・システムは越境学習を促す

最後に「階層組織とネットワーク組織の境界では何が起きているのか?」「社員個人にとって、デュアル・システムはどんな意味があるのか?」という視点で考察します。

境界では何が起きているか? 社員にとってどんな意味があるか?

結論から言えば「階層組織とネットワーク組織の境界を跨いで行き来する社員には、越境学習が起こる」と考えられます。越境学習とは、普段の場と異なる場の間を行き来する経験から学ぶことであり、パラレルキャリアやリカレント教育が普及する中で昨今注目されている学習理論です。越境は必ずしも「企業の中⇔外」とも限らず、企業内の「普段の職場⇔異なる場」「深化の場⇔探索の場」でも越境といえます。
越境学習で得られる学びには、知識に関する学びと、自身に関する学びの2種類があります。デュアル・システムの越境に即して言えば、探索の場で新たな知を獲得して深化の場に持ち帰ることや、当たり前が通用しない探索の場で自組織の価値観を再認識して視座が高まることなどが考えられます。越境学習の詳細や知識に関する学びの具体的な進め方については、以下の記事にまとめています。

越境学習

デュアル・システムを提唱したジョン・P・コッターは「デュアル・システムには多くのチェンジエージェント(変革の担い手)が活動し、リーダーシップを発揮する」と説明していますが、以上で見た通り「デュアル・システムを越境する社員は、越境学習により新たな知と高い視座を獲得し、チェンジエージェントとして成長する」と解釈できます。



自己の複雑さを育て、複雑な世界を泳ごう

この記事では、両利き経営の第3の道である文脈的アプローチ、それを推進するデュアル・システムという組織構造、その中のネットワーク組織の構築方法、最後にデュアル・システム内で起こる越境学習について考察してきました。
ここまでお読みいただくと「なんか複雑でヤダなー」という印象を持つ方も少なくないと思います。たしかにデュアル・システムは従来の階層組織より複雑な組織構造です。しかし、複雑性を増す経営環境に適応していくためには、自組織の内部構造にも相応の複雑性を備えておくべきではないでしょうか?そのためには私達一人一人が、複雑な物事に少しずつ慣れ親しんで、自分のOSをアップデートしていくことが必要かもしれません。

嬉しくて鼻血出ます \(^,,^)/