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映画『おくりびと』感想

オーケストラの一員だった主人公は、自身のチェロを1000万円かけて新しく購入し不退転の思いで楽器に励み夢を追いかける。しかしオーケストラの人気は出ず、客は少なくあっさりと楽団は解散になる。彼は自分の夢との葛藤で悩む。もう若くはないし、自分の楽器の才能は悪くはないが、明らかに才能があるというわけではないのだ。

東京から出てきた彼は山形に帰る決心をする。それを決めたのが、夕飯用に妻が買ってきた蛸が生きていて、二人で近くの川まで戻しにいくも、蛸は泳ぎ出すわけでもなく場違いに生きているかも死んでいるかもわからず浮かんでいる、というシーンの後であることは象徴的だ。——徒労感。彼はもう若くはないのだ。

夢を諦め地元に帰り職を探し、たまたま見つけた職が納棺師である。はじめはいやいや仕事をしていたが、真摯にご遺体と向き合う社長の仕事ぶりにだんだん心が動かされる。主人公自身もこの仕事に誇りを覚える。しかし、このタイミングで妻には隠していた「仕事」の内容がばれてしまう。

「けがわらしい!触らないで!」はきつい言葉である。自分の誇りに思っているものをいちばん言われたくない人に、いちばんきつい言葉でののしられる。妻は実家に帰り、彼はひとりで仕事を続ける。

しばらくした後、妻が突然帰ってくる。笑顔で妊娠を報告し、「だからもう中途半端な仕事はやめて3人でまた1からやりなおそ!」そういうふっきれた様子の妻に対して、主人公の表情は重い。そんな折に、二人が親しくしていた銭湯のおばちゃんが亡くなったとの連絡が入る。

その納棺の仕事を任された主人公は、はじめて、妻の前で納棺をする。妻ははじめてみる夫の仕事ぶりに心が動かされる。動作がひとつひとつ丁寧で、ご遺体に対する敬意、仕事に対する誠実さが見える。「中途半端な仕事」、「けがわらしい仕事」では決してないのだ。

ラスト、主人公の亡くなった父を自身で納棺するシーン。「中途半端な」仕事ぶりで死体を納棺する地元の業者たちを前に「父に触るな、俺がやる」と怒りを隠せない彼。戸惑う業者に対して、妻がこう言う。「彼は、納棺師なんです」。感動的なシーンだ。

あれだけ夫がこの仕事をするのを嫌がっていた妻が、彼を、「納棺師である」と紹介するのである。そこにはもう、「死体を棺に納める仕事」に対する偏見はない。挑戦とはなにか、夢を諦めるとはどういうことか。葛藤するすべての人々に届く作品。勝海舟は200年前にこういっている「職業には貴賤はないが、生き方には貴賤があるのだ」と。

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