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【小説・ショートショート】 赤いアンスリウムが道で土下座をしている。

赤いアンスリウムが、道で土下座をしている。

きっと花束から転げ落ちたのであろう。
さっきまで華やかな会場にいたのであろうその切り花は、
今や新宿のアスファルトに突っ伏して、雨に打たれて、とても惨めな様子だった。

雨は強い。

傘をさした気まぐれな女が、モデルウォークのようにやってくる。ヒールの音がコツコツと僕の横を通り過ぎる。あまりに近くを通るので、頭に響く。

体を濡らす雨の温度と、やって来ては通り過ぎていく雑踏に、僕は辟易した。

一度通り過ぎたヒール音が、踵を返して戻ってきた。
そして、美しい所作で、僕を拾い上げる。
まじまじと眺めた挙句、口の開いた鞄に僕を滑り込ませた。

僕は驚き、声をあげてしまう。
どうして僕を拾ったんだい。こんなに傷だらけで、美しくもない。ただの一本の花なのに。

女はそんなこと意にも介さない様子で答える。
あら、そうなの?
雨に濡れた赤色の花なんて、とても鮮やかで素敵だと思ったのだけれど。

でもご覧よ。花弁の先が少し黒ずんでる。切れてしまった所もあるんだ。

彼女はふふふ、と笑う。
何だって、少しくらい欠点があった方が、可愛げがあるってものよ。
完璧すぎてはいけないの。遠いモノのように感じてしまうから。

分かるような、分からないような。君、変わってるね…言われないかい?

えぇ、とても。ダメかしら?

僕は黙って、女の鞄の揺れに身を委ねた。

今日の雨は、なんだか暖かい匂いがする。

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