現代社会は、頭が良くても、心が育たない、子供のままの大人が増えちゃうよ?の話。
備忘録でもあるので、読みにくい。ごめん。
頭は良いのに心が脆い人間より、多少バカでもしぶとく生きる方が良いと思う。
先日、本屋さんに行き、何気なく子供のための本のコーナーに行きました。
知育絵本とか、子供のための教養本とかありますよね。
あれを手に取ってパラパラめくってみると、…知らない事が多い!
そんな本を子供のうちに与えられていたら、そりゃあ頭も良くなりますよ。
後の世代の人の方が頭が良くなるのが、良く分かる。だって学習環境が整ってきているからね。
さらに、床に座って本屋さんの本を読んでいる子供がいました。
それを見て、
「商品だから、お店だから、しちゃダメです」とも言える
「子供が夢中になっているのを止めさせたくない」とも言える
「他人の子供がどう行動しようと関係ない」とも言える
私は3通りのことを考えて、結局何も行動しない人だった。
その子はそのまま、本を読み続けた。
*
先日、マルチ商法の紹介人みたいな人と会いました。末端の末端の人。(私の予想です)
まだその上位の人と会ったことはないし、会う予定もないのだけれど。
とりあえず雑談で話をつないで、その日はさよなら〜したのだが、
雑談している時、自分はこういう学校に通ってたとか、部活は何してたとか、学校帰りに寄り道して…とかそんな過去話はたぶん本当のことなんだよね。
ただ、今の話や将来の話をすると何かおかしくなる。
本当は良い人なんだろうけど、なんか残念。
(とか言う私も、将来の夢とか語っちゃう系の痛いやつなんで…笑)
マルチをする末端の人は、本当は素直で、純粋で、何でも受け入れるいい人で、中途半端に頭がいい人
それに対抗する人は、疑うことから始める、ズル賢い人?
社会的には、マルチをする人が悪で、対抗する人が善のようだけれど、
精神や性格面だけ見れば、前者は善で、後者が悪にも思える。
子供のように純粋であることは、良いことのように思えるが、時に残酷なこともする。それが残酷だなんてことも知らずに。
狡く生きることは、大人になると言うことなのか。
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例えば、「みんなが喜ぶこと」というタイトルで、他人が傷つく行為が書いてある本を、子供に渡したら、
これをすれば、みんなが喜んでくれるんだ!と疑いもせずに他人を傷つけるだろう。
疑わずに受け入れる行為の恐ろしさ。
無知とは恐ろしい。
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今の子供の教育は、どうだろうか?
学校では、頭の良さしか教えない。
知識を詰め込む系の頭の良さ。
では心の教育は誰がするのか?親か?家族か?
…きっとそれだけじゃない。周りの人、事、全てから判断している。周りと関わることで育まれる。
自分の行動も、子供に見られている。恐ろしいほど吸収力のある子供達に、見られているんだよ。
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ズル賢い事が善なのか、純粋なままが善なのか。
これは程度の問題。
どれに対してズル賢く、どれに対して純粋か。
やっぱりこの世の中は、白でも黒でもない、グレーなんだ。
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