「海がきこえる」 「アウトサイダー」その頃の私
「海がきこえる」
ネットの記事で知ったのだが、こんなジブリ作品があったとは今まで知らなかった。Youtubeで検索して予告を観る。面白そうだ。ジブリ作品なのでDVDを購入する。さらに調べてみると原作がある。
それも新装版として2022年7月に最新刊が出版さいれている。原作本も買ってみた。
時代
原作が1991年に雑誌に連載される。1993年にジブリ作品では稀だが、テレビアニメとて放映された。
時代として、風の谷のナウシカが1984年、となりのトトロが1988年。私が結婚したのが1989年、紅の豚が1992年、この時代をステレオタイプに言えば、バブル時代という。
バブル時代、サラリーマンにとっては営業経費が贅沢だけであって、給料が上がった記憶はない。銀行の金利は既に減り続けていた。つまり大企業と不動産と株屋が儲かっただけの話。
私は馬鹿馬鹿しいと思っていた。失われたのは会社の泡銭だけ、そこに中小起業や個人投資家が悪のりしただけだ。
「海がきこえる」の物語はファンタジーでもなく、熱い青春ものでもない、どちらかと言えば誰にでもあり得る物語を描いている。
だから巷のジブリ伝説に全く取り上げられなかった。そして今頃ネットで私が知ることになった。
それとイラストがいい。日本人の美人の特徴である一重のアーモンドアイ、武藤里伽子が美しかった。
原作の作者 氷室冴子 1957年生まれ、私と同世代だ。2008年に亡くなっている。
それと帯に天才YA作家とある。YAはYahoo Amazonではない。青少年を表す YA (Young Adult)だ。私はやや老成している子供達を指す言葉だと思っている。今はあまり聞かない言葉だ。
当時、YA小説と言えば「S・E・ヒントン アウトサイダー」が頭に浮かぶ。実際には小説より、フランシス・コッポラ監督した映画が好きだった。1983年公開されている。
当時、映画館で観て衝撃を受けた。「格好いい」クールだ。
アメリカの地方都市オクラホマ州、貧困層の若者のグループ「グリース」と、富裕層のグループ「ソッシュ」が対立していた。分裂ではない対立だ。そこには会話がある。そんな時代の話だ。
主演の「ポニーボーイ」C・トーマス・ハウエル、その兄貴のパトリック・スウェイジ、友達のマット・ディロン、ラルフ・マッチオ、ダイアン・レイン。そうそうバイト仲間にトム・クルーズがいた。若手俳優が勢揃いだ。
「凄いなアウトサイダー」
1990年代まで、YAモノは多くの若者達に指示されていた。
日本ではバブルだったけど、若者が一番大人っぽく見えた時代だ。コカコーラのCMを見ればそれが分かる。人と関わりを持たないと生きていけない、だから相手の気持ちを考え抜く、だからオシャレも目一杯する。そんな時代の青年達は大人だった。
アウトサイダーのラスト
「子ども達のために自分が犠牲になったこと、俺は後悔していない、子どもはみな黄金で未来がある。その心を持ち続けてほしい」ジョニーが亡くなる前にポニーボーイへ宛てた手紙。その朗読とスティービー・ワンダーのスティゴールドが流れるラストシーン、思いだしても泣ける。
この辺りで我に返る。
「さて、私は何を書いているのだろう」
「海がきこえる」の感想だった。
そう「海がきこえる」は私の青い春を思いださせるトリガーとなった。
この歳になると全てどうでもよくなっていく。精々、生きても後15年程度、
それでも私の時代はあった。それを思いださせてくれた。
氷室冴子さん。
文学少女がそのまま大人になって書いているような小説。当時の女の子の考え方が懐かしい。
SNSの無い時代。どうやて生きていたか、それがこここにある。
真実を知るには常に考え続け、友達と話、本を読む、そして時間が必要となる。
彼らの生きている世界は狭い、縦横8m?(教室のサイズ、文科省で決まっている)だった。
それが高校卒業とともにその制限が取れる。世界がどんどん広がる。今までの重荷から開放される。大人になるのが楽しみだった。そしてあの時代がノスタルジックとなる。
しかしさらにOY(Old Adults)になると、そんなことはどうでもいい話になる。人生の大分は自分が作ったものになっているからだ。
1980年から1990年のYA小説と映画に是非触れて欲しい。
おそらく、未成年の飲酒や喫煙シーンが多いのでテレビでは放映しないだろう。ジブリの「風立ちぬ」でさえ喫煙シーンが多いとクレームが来たくらいだ。もしかすると寛容だったかもしれない、あの時代を少し感じて欲しい。
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