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俺の毎日(LAST)You've gat The LOVE(50年目の七夕)

■エピソード1
 八ヶ岳が見えるキャンプ場、トレーラーハウスの前に置いたラレマンド ウッド ロール テーブル。テーブルクロスを広げて草花を飾る。
ちょっとお洒落な感じとなる。

ラレマンド ウッド ロール テーブル

 雰囲気もよくなったので、俺は夕刻からビールを飲み始める。
つまみは炭で焼いたと焼き鳥と枝豆、両方とも美味い。ビールの次は芋焼酎の水割りに変わる。   

 辺りは次第に暗くなり、シューと言う音とともにコールマンの200Aのシングルランタンが灯る。
 ランタンの音が俺を眠りに誘う。これには抗えない。眠ってしまう。
     
 どれ位の時間が経ったのだろうか、眠りから覚めると霧の中だった。ランタンも暗く、消えかかっている。気温が上がったのか、白い靄がキャンプ場を包み込んでいる。霧が濃すぎてテーブルに置かれた花も見えない。

 立ち上がると周りが見えないので平行感覚がなくっていく。
俺は水が飲みたかったので、テーブルのある方向へ足を一歩踏み出す。  

 霧の中に小さく光るものがあった。テーブルの上にあるようだ。
誰かが小型のランタンを置いたのだろうか。ゆっくりと手を差し出す。すると突然光の輪が広がった。光は強烈に発光し、俺の体を包み込んだ。あまりにも明るく、目がやられて周りが見えなくなった。
そして、その光とともに俺は浮遊した。

 一気に霧を突き抜け、明るい星空の下にでる。俺は浮かんでいた。
「驚いたなぁ」
宇宙人にさらわれたのか、トトロのしわざか、それとも幽体離脱。理由はわからないが、俺はそれほどパニックにもならずにいた。
見上げれば満天の星空、黒い八ヶ岳連峰のシルエット、その上に天の川が見える。

「綺麗だ」 暫く満天の星空に見とれていた。
心臓発作で俺も終わったのかと思い始めた時、ふっと隣に人の気配がする。振り向くと美しい女性がいた。
「こんばんは、牽牛(けんぎゅう)、ごめんね、段取りが悪くって」
「こんばんは」俺は理解した。
「君は織姫(おりひめ)だろう?」
「そうよ、最近、異常気象で七夕は雨ばかり、だから忘れていたでしょう」
「そうだよなぁ、忘れていた」
「思いだした? ではお願いします」
「はい」俺は唇を織姫の唇に重ねた。

生暖かいものを唇に感じた。
目を開けると、目の前に輝くアーモンドアイがあった。それと同時に頬をぶたれた。
「なにするんだよ!痛いな」俺は完全に目覚めた。
「ごめん、私も眠っていたような気分で、目が覚めたらアナタの顔のアップ、つい条件反射で、ごめんなさい」
それはヨウコだった。

■エピソード2
 天気は朝から雨、今朝も京王線が人身事故で全面ストップ、市川の客先に出向いている途中だった。このまま都営新宿線に乗り換えて本八幡に向かう段取りだったが、その予定が狂う。

 俺は明大前で井の頭線に乗り、小田急線で新宿へ向かうことにした。当然京王線の振り替え輸送で混雑している。人の波に翻弄される。まるで海に浮くペットボトルのようだ。俺ってゴミみたいだな。
俺の人生もゴミだ。もともと人間は地球のゴミだ。そんな支離滅裂な気持ちだった。
そう言えば先週末も雨だった。
 
 先週の金曜日、帰宅時に京王線が人身事故で全面ストップした。人身事故が多すぎだ。そんなに世の中は不幸なのか、失われた30年とも言う。
この時は新宿に出て中央線で三鷹駅へ向かった。三鷹駅を出てバス停に向かうと雨の影響もあり、長蛇の列だった。東京は人だらけだ。

 バス停で、皆押し黙り能面の様な顔をして並んでいる。100人近い人の「苛苛、苛苛」の怨念が雨の降る暗い空を埋め尽くしていた。
 
 人が多すぎて、どの列がどの系統か分からず、俺は適当に調布行きの掲示のバスに乗る。これが間違いで、このバスは天文台通りを回り、自宅から遠のく方向へ向かった。慌てて三鷹の大沢バス停で降りた。
そして雨の東八道路を歩く。何か惨めだ。
どうせなら三鷹駅から歩いた方が潔かったかなと、ぐずぐずと考え込む。

 時間も午後8時を過ぎていた。急に腹が減ってきた。
そう思うと、「ラーメン二郎」が目の前にあった。こんなところにあの人間の限界に挑戦するラーメン二郎が、いやラーメン二郎ズか、紛らわしい。
俺は「戦争知らない子共達」を口ずさみ、とにかく何かを食べようとカウンター式の狭いラーメン屋に入っていった。
  
「いらっしゃい、今日は暇だよ」
少々小太りの角刈りの親父さんがカウンターの向こうから声をかけてきた。
「ラーメンと餃子ね」俺は無難な注文をした。
「お客さん、今日はまだ二人目だよ」
「え?」
「電車の事故で、ここのラーメン屋に来たとい人がもう一人いたよ」
「そうなんだ。俺と同じだ」
 
 その時、右奥のトイレの戸が開いた。
「今晩は、その確率は2300万分の1ね」黄色のサーマーセータ、濃い緑の色のスカートをはいている女が俺を見て言った。ストレートの黒髪で背は高い。そして、あの目だった。アーモンドアイ。
「こんばんは」参ったなと俺はそう思うしかなかった。
「ねぇ、今日は7月7日、七夕、そして雨の金曜日」とヨウコは俺に言う。
「それは残念だったな」
「本当に私、運が無いのね」
  
■エピソード3
 昨日からユーザのネットワーク機器の故障で、現地にSEが出ている。昔みたいに現地で、SEの判断で処理してくるということはない。色んな事で俺に判断を仰いでくる。
報告すれば自分の責任が無くなると思っている。
 
 ここ50年で日本は超管理社会になっており、アバウトさルーズさを許容する大人が消えた。そして管理という仕事ばかりが増え続ける。何でも白黒つけて、正義か悪か、まるでオセロゲームのようだ。
こんな偉そうな事を考えている時間が多くなっている。管理職なんてうんざりだった。そして残業続きで寝不足だった。
昼飯前に眠くなるなんておかしいが、結局俺は居眠りをしていた。

 目が覚めると森の上にいた。浮かんでいる。この展開は昔あった。俺は思いだした。
眼下に緑豊かな森が見える。緑の森がインデイゴブルーの海岸に沿って続いている。
「どうです、凄いでしょう、50年でこんな森になりました」
「えっ」なんと同じように宮脇さんが浮かんでいる。
宮脇昭さん「鎮守の森」を作る人だ。

森の堤防です」と宮脇さんは言う。
 このお爺さん、死ぬまで植林を続けていた人だ。どうしてここへ?
俺は会話を続けた。
「凄いですね、これでベストな状態なのですか?」
「わかりません、自然相手です。津波が来て初めてわかる」
「そうですね、やってみなければ何が正しいか、わからない、そう思います」
「ほーっ、素晴らしい、おっしゃる通りだ。自然には善悪はないです。では失礼、色々とこちらでも忙しいのですよ」
そして目の前から消えた。それと同時に俺の体が落下する。
森を凄いスピードで突き抜け、地面に降り立った。

宮脇昭 鎮守の森

 ■エピソード4
 降り立ったのは高尾山の山頂だ。面倒くさいところに降ろされたものだ。もうすぐ昼だった。
とにかく会社へ戻らないと。振り向けば青々とした山の稜線の向こうに、夏の黒い富士山が見える。
俺は駆け足で登山道を下った。

 ようやく駅に着く。喉が乾いたので、水を買おうと自販機に前に立ち、財布を取りだそうとした。
「あれ、ない」
思い出した。財布は作業着の内ポケットの中だ。つまり会社のロッカーにある。
今度はズボンの後ろポケットに手をやる。スマホはある。これで買おう。「あれ、電子マネーに対応してない自販機か・・」

 「困っているみたいね」振り向くと、薄い水色のノースリーブのワンピース、素足に赤いサンダルを履いている女がいた。髪は後ろで束ねてポニーテールにしている。
「ええ、ちょっと財布を忘れて」
「そう、大変ね。それと私のことも忘れていない?」女は小さく首をかしげ。あのアーモンドアイを俺に向けた。それはヨウコだった。

 その時50年の長きに渡る記憶が一気に蘇った。
「なんだ君か」
「そうよ、本当にここ50年程ついてなかったわ」
「それはわかるけど、君はこの茶番を何時まで続ける気だ?」
「牽牛、これはサークルゲームじゃないから、これで終わりよ」
「終わりなのか、それで、君は満足したの?」
「ええ、50年間、十分に楽しめたわ」
「そうだろうなぁ、俺も楽しかった」
「終わりにしましょう」と言うと織姫は目を閉じる。
 俺は彼女の唇に自分の唇を重ねる。森の香りがした。

 それがトリガーとなり、俺と彼女は天空へ向かって上昇した。
眼下には、抜け殻となった男女が自販機の前にいた。
「あの二人はどうする」
「さあ、後は本人達次第ね」
「冷たいなぁ、散々楽しんだくせに」
「貴方もおなじでしょう」

 ■エピソード5(LAST)
 男は妙な虚脱感に襲われていた。気づくと自販機の前だった。
「大丈夫ですか」その男に声をかけた女がいた。
「はい、なんとか、朝から何も食べてないようで」男が言う
「大丈夫ですか」
「甘い物でも飲めば、血糖値があがると思います」
「実は、私も今、意識がなくなっていたような気がするの」
「なんか不思議ですね、とりあえず甘いコーヒーを飲みましょう、奢ります」
 男はスマホの電子決済で、甘い缶コーヒーを2本買う。使えた。(あれ、なんで?)
気持ちの整理がつかないまま、男は缶コーヒーを女に渡した。
「ありがとうございます」

 男は缶コーヒーを飲みながら、女を見た。何となく見覚えがある。
「あの、どこかで会いました」男は訊いてみた。
「私も、何処かであったような気がするんです」
「そうですか、失礼ですが、お名前は?」
男は突然思いだした。
「もしかして、ヨウコさんですか?」
「ハイ」
「高校卒業以来だ。でも何度も会っていた様な感じがする」
「私も、そう感じています」
二人は缶コーヒーを持ちながら見つめ合っていた。
「幾つですか」
「同じですよ」
二人は68才のお爺さんとお婆さんになっていた。
そして、ヨウコの目はもうアーモンドアイではなくなっていた。

終わり
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