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俺の毎日 シンガポール編 ナイト・サファリ

 YCAT(横浜)の待合室で俺は完全にグロッキー状態だった。昨日から寒気がすると思っていたら、朝から体がだるい。熱もある、頭も痛い。
「風邪だな」
 しかしも、これからシンガポールへ向かうため飛行機に乗る。海外出張だ。かなりヤバい状況だった。
「全く、何て日だ」
しばらくすると待ち合わせていたY氏が来た。現状を話す。
「だるい、死にそうだよ、出張止めようかな」
「イケさん、ユンケル飲んで、飛行機内で寝ていれば復活しますよ」
他人事だった。
「はーっ、行くか」
俺は取りあえず、ふらつく体でリムジンバスに乗り込んだ。
2001年コロナなんか知らない時代は熱があっても飛行機に乗れる。
 
***
 女性のキャビンアテンダーに毛布と枕を貰い座席に沈み込む。
離陸前から意識が朦朧となる。社長のT田さんから貰った風邪薬とユンケルを飲んだせいか、体が火照る。さらに体が中に浮いているような異様なトリップ感だ。
「これは覚醒剤か?」
俺の意識は次第に薄れて行き知らぬ間に泥のような眠りに落ちていった。

***
 目を覚ますと真っ暗だった。どうやら俺はベッドで寝ているようだ。
「ここはどこだ?」
なかなか記憶が戻らない。
手探りでベッドの横のダウンライトのスイッチを入れる。
(眩しい)
ようやく見えてきた。どうもホテルらしい。ここまで全く記憶がない。窓にはカーテンが引かれており外が見えない。
上半身を起こす。頭がくらくらする。
そうか、思いだした。俺はシンガポールへ向かう飛行機に乗っていた。

 ベッドから降りて、窓を開ける。風が入ってカーテンがなびく、外を見ると夜景が広がる。シンガポールの百万ドルの夜景だ。ここは高層階のホテルだった。
こんなホテルを予約していたとは驚きだった。
腹が減った、熱も下がった感じだ。
皆、食事して夜遊びしているのか、俺は置いてかれたようだ。
ダウンライトの下にカードキーが1枚置いてあった。パンツ一丁だったので、パンツを脱いで、バスに入り暑いシャワーを浴びた。

***
 部屋を出てホテルのラウンジに降りる。
冷房がきつい。夏用スラックスと薄手のアロハシャツでは寒い。
エントランスへ出ると、熱帯特有の絡みつくような高温と高湿度だ。
今度は汗が吹き出てきた。ここは街の中心街のようだ。
タクシーには乗らず。取りあえずネオンが煌びやかな方へ歩き始めた。

***
 有名なLong Barの看板が見えてきたので、そこで足を速めた。
入るかどうか迷っていた時だった。
「イケちゃん、私!!」日本語が聞こえた。右手にあるイタリア料理店の開いたドアの前に女がいた。小走りで近づいてきた。
「やっぱりあなたね、なにしているのよ、こんな所で」
「誰だお前」と言うまえに思いだした。
「仕事で来た・・」

 何時も突然出遭うヨウコだった。シメントリー・ショートの髪、素足にサンダル、赤いミニスカートの上に白いノースリーブのシャツ姿だ。背は高い。俺と同じくらいある。
「ちょっと顔色悪くない」俺の顔を覗き込んで言う。
 
 ヨウコの後ろで待っていた白人のカップルに、二言三言英語で話すと、二人に手を振った。そのカップルは立ち去っていく。そして俺の肘に手をかけて言う。
「取りあえず、食事しましょう、いい店知っているから、そこへ行きましょう」
「君は二度目じゃないのか?」
「大丈夫、その間飲んでいるから」
 俺とヨウコはそのままLong Barの前を通り過ぎた。

どこかだ??

***
 ヨウコに連れてかれた店は日本料理店だった。俺は体力回復のため、寿司をしこたま食べた。その間、横でヨウコは日本酒を飲んでいた。
「で、これからどうするの?」ヨウコが冷酒の杯を手に持ち聞いてきた。
「予定はないよ、ホテルへ帰って寝るだけ」
ヨウコが冷酒を一気に飲み干す。昔の悪夢が蘇る。
「あまり、飲まない方がいいんじゃないか」

「心配なんでしょう、大丈夫だよ、そんなに飲んでないから」俺はヨウコの手から冷酒の杯を取り上げる。睨むヨウコだが、怒ってはいない。
「ねぇ、ナイト・サファリに行かない。今日一緒に行こうとした子が、急な用事で来られなくなったの、どう行かない」
「ナイト・サファリって、夜の動物園だろう。時差ボケと寝過ぎだから、寝られそうにもないし、行くか」
 ともかくこのまま飲み続けるのはよくない。何処でも行こう。
「本当、何年ぶりかのデートだよ」ヨウコの笑顔は綺麗だが、ちょっと疑問もある。
「所で、何故君はここにいるの?」
「さあ、何故かな、きっと神様のお導きだよ。さぁタクシーを呼ぼう」
 
***

サファリパークを走る列車

 ナイト・サファリ(The Night Safari)は、シンガポールにある夜間のサファリパークである。
 時間的に遅かったのか、サファリパークには人気がなかった。また妙に外灯が暗い。電力不足で省エネ? 

 暗がりに動物の目が光る。暑さと湿気に獣の匂いが混じる。
「何か、おかしくないなかい、何時もこんな感じなの」俺はヨウコに聞いた。
「私も初めてだから、よくわからないよ」

 その時、暗い外灯の下に、黄色と黒い島模様の大きな猫が現れた。
「あれ、虎じゃないか?」俺が言う。
「うん、やや小ぶりだからマレー虎だね」
「そうじゃなくって、これってナイト・サファリのアトラクションなのか、放し飼いだよ」
「うーん、まずいよね」
虎は俺達の存在が見えないかのように目の前を通り過ぎた。
「帰ろうか、もう遅いし、明日もあるし」俺が言うと、ヨウコはうなずいた。
  
***
 しかし、いざ戻ろうとすると、案内表示がない、これでは道がわからない。迷っている内に、さらに暗がりに入り込んでしまった。
後ろから水のしたたる音がする。近くに池があるようだ。
「ねぇ、あれ」ヨウコの声で振り向く。

 なんと今度は薄い外灯の明かりの下に大型のワニがいた。俺と目が合うとその目が赤く光った。その途端、素早い動きでワニが攻撃をしかけてきた。
 「やばい」俺達は逃げようとした。しかしサンダル履きのヨウコが滑って転んだ。俺はヨウコをかばうように立ちはだかって大きく口開けた巨大ワニを迎えうった。

 目の前に迫る危機、ワニの口の中は真っ赤な血の色だった。怖くって目をつぶった。その時激しいし震動が頭を揺さぶった。

わに

***
 「イケさん、起きて、起きて」声がする。目を開けるとY氏の顔がある。「イケさん、着いたよ、大丈夫、大分うなされていたよ」 
Y氏から冷たいおしぼりをもらって、顔を拭くと、ようやっと俺は自分の状況を認識できた。

 後ろから声がした。
「イケちゃん。久しぶり、ずーっと寝ていたね、声かけても起きない」
振り向くと、ヨウコが笑っていた。

SP日本大使館で会食、仕事はしています


 

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