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俺の毎日 ヨウコの話 青学でラリー・カールトンを聴く

ヨウコの場合
 ヨウコは大学を出ると高田馬場駅に向かわず、遠回りになるけど学習院大学の構内を抜けて目白駅に向かった。ヨウコは歩きながら考えていた。

 キャンパス内は秋も深まり、道は落ち葉で埋め尽くされていた。黄色いイチョウの葉は油脂が多く革靴だと滑りやすいが、そんな事など気にもとめず、ヨウコは黙々と歩く。そして一心不乱に考えを巡らしていた。
(どうしようか、普通に就職するべきなのか、そろそろ結論をださないと・・)

 交差点で信号待ちをしていると、目の前を大型バイクがジェット機みたいな爆音をあげて通りすぎた。
(うるさいな、あっ、そうだ) 
バイクの音で思い出した。
(悩んでいる時は、悩んでいない男を呼ぼう)
(あの男だ。バイクの怪我で留年した男)
  
 目白駅に着くと、 ヨウコは公衆電話ボックスに入った。ジーパンの後ろポケットから定期入れをだし、挟んでいたくしゃくしゃの紙を見て電話番号を押す。電話は直ぐに繋がった。
「もしもし、私だよ、久しぶり、それより時間ある? 明日だけど会わない」
大丈夫だと聞くと場所を言う。
「うん、1時に渋谷のハチ公前で待っている。じゃあね」

 ヨウコは電話ボックスからでると少し気持ちが落ち着いた。そして目白駅の改札を抜けて、山手線の内回りに乗った。踏ん切りがついたので、あの場所へ向かった。

土曜日の午後
 土曜日の午後1時、渋谷駅は混んでいた。ヨウコに呼び出しをくらった若い男は、人の多いハチ公の前を避けて少し後ろにある街路樹の脇に立っていた。男は人混みが苦手だった。

 大学での講義が長引いたためその男は昼飯をまだ食べてない。加えて待たされている。少々苛立っていた。大学では食えば黙る男と言われている。とにかく燃費の悪い体を持った男だった。
 
 MA-1のポケットからハイライトを取り出して、口にくわえた。火は点けない。夏から男は禁煙をしていた。
「ライター忘れたの?」後ろから声をかけられた。ヨウコだった。男はくわえていたタバコを手に持って言った。
「お前さあ、30分も遅刻だぞ」
「うそだ、約束は2時30分だよ」

 「え? そうなの」男は昨日、電話を受けたとき飯を食っており、飯に気が向いていたため、いい加減に聞いていた。
「アホ、食事しながら電話にでるからいけないんだよ」ヨウコの反論に男はなすすべもなかった。 
 
「まあいいや、取りあえず飯を食おうよ、昼から何も食べてない、死にそうだ」
「じゃぁ死ねば」
 ヨウコはそう答えると、握りしめた左手にあごを乗せ考え始めた。
「まず、壁の穴で明太子スパゲッティを食べよう。それから青学へ行くよ」
「俺はラーメンの方がいいんだけど」
「だめ」
「それと、何故青学?」
「コンサートチケットを2枚貰ったの」
「誰のコンサートだよ、外タレ?」
「五輪真弓」
「えーっ、やだよ」男の答えを無視して、ヨウコは道元坂へ向かって歩き出した。
 
人生は短い、恋せよ乙女
 ヨウコにとってコンサートはどうでもよかった、それは男を呼び出す口実だ。とにかく、このバイクきちがいの男と会って話をしたかった。

 青学のA講堂の一番後ろで立ち見をしながら、ヨウコは男と話をした。五輪真弓は話をするにはちょうどいいバックミュージックだった。ヨウコは眠そうな顔をしている男に自分の思いを少し話した。
 
「君さぁ、まだ大学3年だよね、大学出たらどうするつもり?」ヨウコは訊いた。
「なんだよ、そのまだ大学3年って」
「それはいいよ、で、どうするの」
「決まっているだろう。今の生活を続けたい、レースを続ける」
「でも、そんな事を言っても、永遠にレースは出来ないでしょう、それで食べていけるの?」ヨウコは男の腕を掴んで、その魅力的なアーモンドアイで男を見つめた。

 男は何時ものように目をそらし少し考えた。
「ヨウコ、どうした、今日はへんだぞ、話がまわりくどくい」
「わかった。ごめん、実は悩んでいる。もうすぐ卒業でしょう」
「えーっ、そうだっけ」
「馬鹿、あんたは留年しているでしょう、私はしてないから」
「あっ、そうだった」男はバイクの怪我で1年留年していた。
「あのねぇ、真面目に聞いて、卒業後、私、普通のOLになるつもりだった。会社も決まったけど、どうしてもそんな自分を好きになれないの」
  
 男はちょっと首を傾けると、人差し指でこめかみをコツコツと叩いた。
「ここがいい奴らは、色々考えすぎる。将来、損得、世間体、とにかく色々と考える。ヨウコもそうだろう」
「うん」ヨウコはそう言うとため息をついた。

「俺達はまだ22歳だぜ、好きなことやればいい、将来なんかクソ食らえだ! ここでバンドをやっているやつらだって、将来なんか考えてないだろう。やりたいことを全力でやっている。人生は短い、恋せよ乙女だ」
「そうかぁ、そうだよね、でもその例え話、最後がよく分からない」
ヨウコは笑いながら軽いグーパンチを男の二の腕に入れた。
「何時もの、調子になったな」男も笑う。
  
 いつの間にか五輪真弓の歌は終わっていた。そして、アンコールに答えて、何故かバックバンドのギターリストが前面にでて、演奏を始めた。その背の高い白人のギターリストはラリー・カールトンだった。フュージョン系のギターリストだ。
 その曲はヨウコも男も今は知らなかったが、あの名曲「ルーム335」だった
 
 軽快なギターフレーズが二人を包む。音楽でヨウコの心は軽くなっていった。
「ねぇ、これから飲まない?」ヨウコが言う。
「いいね、でも俺、金ないよ」
「奢るよ。実は昨日、内定辞退してきたの、その景気づけよ」
昨日、男への電話の後に会社へ行き、その話をつけてきたヨウコだった。
「そうなの」男はムッとした。相談もくそもない。ヨウコはそう言う女だった
「怒った」
「別に」
「ごめんね」ヨウコの声にラリー・カールトンの流れるようなギターフレーズが重なった。
  
「room 335 larry carlton」


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