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俺の毎日 会津編 雪の高速バス 大島の続き

 東北新幹線の窓から流れる風景をぼんやり見ていた。
(今日の出張はきつい、往復10時間の日帰り出張はきつい)
行き先は福島県の西会津だ。近いようようで遠い福島の山間の町。東京から東北新幹線とローカル線を乗り継いで5時間弱かかる。朝6時に家を出て、西会津町の野沢駅に着いたのはお昼の12時少し前だった。

 会津若松駅を過ぎてからは雪が降り続いていたが、駅を降りると雪は止んでいた。駅を降りると銀世界、ここは日本でも屈指の豪雪地域だ。
「さて、何処で飯を食うか」と思ってはみるが、新橋みたいに選択肢はない。俺は駅前から歩く。目指すは国道沿いの道の駅だ。除雪されてはいるが久しぶりの雪道、ブーツを履いているが、滑らないように慎重に歩いた。
 
 道の駅のレストランで、かき揚げラーメンという、醤油ラーメンにかき揚げが乗った不思議なラーメンを食べる。孤独のグルメとはほど遠い味で、油で胸が焼ける。

 食後、打ち合わせまで時間があるので、地元の物産を吟味しながら店内を歩いている時だった。
ぐらっと来た。地震だ。道の駅全体に緊張が走る。(2011年前)
(ここは福島でも山の中だ、大丈夫だろう)色んな思いが頭を巡る。展示商品が落ちるほどの揺れではないが、体感的にはかなりの揺れが1分ほど続いた。
 
 壁掛けテレビは、ローカル局に切り替わり、緊急速報が流れている。緊張のおももちで話す女子アナ。俺はテレビを見つめた。
(なかなか、可愛い子だ)男はこんな時でも馬鹿だった。

 津波もなく、今の所被害も無いようだが、まだ情報がないだけの話かもしれない。取りあえず、打ち合わせの時間も迫り、俺は役場に向かった。
 
 打ち合わせは1時間程度で終わったが、役場の方の情報だと雪と地震で磐越西線が止まっているそうだ。高速バスは動いていので、俺はバス停に向かった。
バス停に着くと、3時間に1本しかないバスが丁度来た。
高速バスには地元のお婆さんが3人乗っているだけだった。地元のお婆さん達は途中で降り、俺一人を乗せてバスは高速道路に入った。どんよりと暗い空からはいつの間にか、また雪が降り出していた。
 
 高速道路は雪で真っ白だった。スキーバスに一人で乗っている気分だ。
外の雪を見ているうちに、俺は心地よいバスの揺れの中で眠ってしまった。
しばらくして目が覚めると、何故かバスは止まっていた。(到着?)ちょっとあたふたしたが、どうも渋滞らしい。
「運転手さん、渋滞ですか」俺は運転手に聞いた。
「事故か、故障車だね」
「そうですか」
 
 止まっているバスから俺は何気なく、前の渋滞する車の列を見ていた。すると2台前の白いセダンの助手席のドアが開くと人が降り立った。
「全く、高速道路で危ないな」運転手が言う。
ジーパンに茶色のブーツと白いダウンコート、フードを被っているその人物は若い女のようだ。その女は小走りでバスに近づいてきた。そしてこのバスの運転席脇のドアを叩いた。運転手はドアを開けた。

「すみません、トイレを借りたいんです」と女は言う。人の良さそうな運転手はちょっと考えていたようだが、若い女の頼みだ。
「いいよ、この渋滞だもなぁ」と答えていた。  
(いいのかよ、まあ若い女だからな)

 バスに乗り込んだ女はフードを下げ、白いダウンコートを脱いだ。ジーパンの上は赤いセータだった。そしてその赤いセータの上の顔は見覚えがあった。
相手も俺に気づいたようだ。
「あれ、どうして、何で此処にあなたがいるの?」とヨウコは俺に近づくと何時もの魅力的なアーモンドアイを見開いて言った。
「それは、俺の台詞だよ。お前さぁ、結構若作りだな」その言葉を無視してヨウコは言う。
「ちょっとまってね。積もる話は後で、取りあえずトイレは何処?」
俺は後方を指さした。ヨウコは小走りでトイレに向かった。
  ****

「へー、仕事、ふーん」隣に座ったヨウコが言う。
「へー、ふーんって、なんだよ」
結局、ヨウコがトイレに入っている間に、バスは動きだし、ヨウコは連れに携帯で電話して、このまま会津若松駅までバスに乗り続けることにした。ヨウコ曰く、
「寒いとトイレが近くなっちゃうでしょう」と言うことだ。
「そう言えば、大島以来だなぁ、ところでお前はどこで仕事してるの」俺が訊く。
「新潟で冬の渡り鳥を撮る写真の手伝い、ちょっと前まで記者と一緒だったけど、今はここ。不思議な縁だよね」
「トイレの神様だな」俺が言うとヨウコは昔のままので、大口を開けてケラケラと笑った。そして唐突に真顔に戻り、顔を近づけてきた。
「イケちゃん、それ面白くない」そう言うと俺の胸に顔を寄せてきた。甘い香りに汗の臭いがほんのり混じる。

 「昨日一晩中取材で、眠いの」そう言うとあの魅力的なアーモンドアイを閉じた。そして俺の胸に寄りかかって寝てしまった。
前を見るとバスのライトの中で雪が白く舞っていた。
バックミラーに見える運転手の目が笑っていた。

 「郡山まであと1時間以上かかります」と運転手は言う。
俺はヨウコを起こす。
「ん」
「少し話していいかい」
頷くヨウコだった。
「あの大島で、途中いなくなっただろう。どうした」
「ヨットに乗せて貰ったの、星が綺麗だったよ
そんな事だと思った。ヨウコは何時も自由だった。
「もう寝ていいよ」
「うん」

追突注意

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