おもしろい研修ってなんだろう。
こんにちは。雇用支援員のサイトウです。
唐突ですが皆さん、研修って出てますか?
どんなお仕事をされている方も、座学研修や実地研修など、様々な研修に出られることがあると思います。また、支援者の皆さんはオンライン研修なども充実し、支援の質向上を目的に研修参加されることと思います。
わたしもつい先日、ジョブコーチ養成研修でお話をさせていただいたところです。
お話をさせていただいて、ふと「効果的な(受講者の記憶に残る、参考になる)研修」とはどのようなものなのか、そんな疑問が湧きました。
わたしの中で、そういった研修の特徴について、そしてわたし自身が気を付けている点について少しまとめてみたいと思います。
なお、今回は座学研修に焦点を絞ってお話ししたいと思います。
よろしければ最後までお付き合いください。
研修の目的
デジタル大辞泉によると研修とは「職務上必要とされる知識や技能を高めるために、ある期間特別に勉強や実習をすること。また、そのために行われる講習」のこととされています。これは皆さんも直感的にそうだよなと感じると思います。
この定義に従うと、研修で学んだことはなにかしらの形で職務(業務)に活かされなければなりません。しかしながら、今まで受けた研修のことを覚えていたり、実際に学んだことを活用している方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。
わたしは支援の仕事をはじめて多くの研修に参加してきました。たくさんのパワーポイント資料を眺め、講師の話を聴き、メモを取りました。それでも、覚えていることはほんの一部しかないのが正直なところです。講師の方が悪いわけではないと思いますが、「身についた」という意識があまりないのです。なぜなのでしょうか。
いくつかの問題
出典情報や科学的な実証性が乏しいということで現在は批判されているものの、いまだに多くの啓発資料で使われるものにラーニングピラミッドというものがあります。
この図は受講者が能動的に学ぶというアクティブラーニングを推奨する目的で使用されることが多く、ただ単に講義を聞くだけでは学習定着率はわずか5%しかないことを強調しています。
土屋は「学習は,様々な要因が絡み合って成立していくものであり,その過程の改善には地道な工夫と取り組みが必要である。-中略- 一見妥当に見えるラーニングピラミッドの使用が,そうした地道な工夫と取り組みを損ずる危険がある」とし、「何より,これまで他の人にラーニングピラミッドを教えていたあなたが,この論考を読み,使用を辞めようと考えるのであれば,そのこと自体が,「他者へ教える」ということよりも,「本を読む」ということの方が影響が強いこともあるという一例となるだろう」と軽い皮肉を述べます。
土屋の指摘の通り、このピラミッドに科学的根拠がないことはすでに明らかになっています。しかし不思議なことに、実感としてはラーニングピラミッドに納得できる部分もあると思うのです。それでは座学研修において、「地道な工夫と取り組み」によって学習効果が上がるとすれば、それはどういったものなのでしょうか。
座学研修が役に立たないは本当か
読売新聞は『なぜ会社の研修は役に立たないと言われるのか?』※2 という挑発的なタイトルの記事で、その理由を2つ挙げています(執筆者は人材コンサルタントの真田茂人氏です)。
①受講者が必要性を感じていない
②すぐに役立つ学びはない
①に関しては、無理やり出席することを強制された場合等です。たしかにモチベーションの低い状態で出席し、そこから学びを得ることは少ないでしょう。聴きたくない音楽を聴かされたり、読みたくない本を渡されることほど嫌なことはありません。「研修は無理に参加させるよりも任意参加にしたほうがずっと効果が高い」※3 のです。
②に関しては非常に難しい問題であると感じます。これは受講者側が心得ておかなければならないことかもしれません。特効薬的な研修はほとんど存在しませんし、逆にそれを謳う研修は警戒した方がよいでしょう。学んだ内容を咀嚼し、自分の考えや実践と照らし合わせるという地道な作業を経て、はじめて内容を理解し、また実践に活かすことができるのだと思います。
ちなみにわたしがnoteを始めたきっかけは、なかなか記憶に定着しない研修の内容を、自分の言葉でまとめるためでした。自分ごとにすることで、研修内容をより理解しやすくなったと感じています。
また個人的な感覚ですが「初級研修」は人気であるのにも関わらず、その後の中級、フォローアップとなるにつれて参加者数が減少していく印象があります。
仮説ですが、興味のある技法や理論のタイトルに惹かれて受けてみるものの、それを実務で活かす難しさを感じる方が多いのではないかと思います。これはまさに、即効性を望んで研修を受けてみたが、なかなか難しく続かなかったという結果を説明しているのではないでしょうか。
これらをまとめてみると、決して座学研修に効果がないとは思えません。演者の工夫、そして受講者の参加意欲や態度によって、その効果は変わってきそうです。
わたしが演者として大切にしていること
受講者には様々な方がいます。その研修への動機づけの強弱、また勤務経験や知識も様々でしょう。ここでは、座学研修を意味あるものにしたいというわたしの意欲から編み出した地道な工夫をいくつか挙げてみたいと思います。
①「そうだよな〜」を取り入れる
わからない用語、知らない制度のオンパレードほど辛いものはありません。わたしはこの「そうだよな~」という共感が得られる場面を出来るだけ増やすよう心がけています。こうすることで、受講者は研修内容を自分ごととして考えられるのではないかと思っています。
②「なるほどな〜」を取り入れる
「なるほどな~」は新しい知識を得ることを指します。これは「そうだよな~」とのバランスが不可欠であると考えています。なぜなら「なるほどな〜」の多くはすぐに実践できるものではないからです。ですので、実体験を含めた事例でできるだけ身近に感じてもらえるようにしながら、新しい知識を教授する方法を取るようにしています。
③緊張と緩和のギャップ
お笑い芸人であり芥川賞作家の又吉直樹さん。彼の文章を書評ライターの三宅香帆さんが考察した『バズる文章術』という本があります。
ここで三宅さんは又吉さんの「ファーストキス」と「太宰の命日」というワードが重なっている文章を評価し「「違和感」に人は面白みを感じる」※4と述べます。
これは、僭越ながらわたしが普段から意図して話していることと重なります。わたしもスライド資料や会話の中に、アレ?と思わせるような仕掛けを入れるようにしています。
また人前で話す機会が増えてから、パーマをかけひげを生やすことにしました。身内から賛否両論はありましたが、わたしの狙いはギャップにありました。なんかみすぼらしい古着シャツの兄ちゃんがやけに真面目な話をするのです。
物理学者である東大教授の山崎雅人先生は、タンクトップにひげ、サングラスという格好で講義をされているそうです。
講義内容は正直難しすぎて意味不明ですが、最後まで見てしまうのはこの姿と話のギャップがあるからだと思います。
④変化球を投げる
「京都しぐさ」と呼ばれるものに「ぶぶ漬けどうどす?」という言葉があります。ぶぶ漬けはお茶漬けのことで、それを客人に勧める際に使う言葉だそうです。しかしこの言葉には裏の意味で「そろそろ帰ってください」が含まれているとのことでした。現在も使われているのかはわかりませんが、このように相反する意味を持つメッセージのことをメタメッセージと呼びます。
またマニピュレーションという概念は、哲学者の三木那由他さんが紹介しています。意味は「コミュニケーションを通じて相手に影響を与えようとすること」※5 です。この概念の面白いところは、コミュニケーションと対応しないマニュピレーションというものが存在することです。
コミュニケーションには暗黙の約束ごとがあり、その約束ごとの中で会話が進行されます。一方で以下の例は、コミュニケーションとマニピュレーションが合致していない場合です。
ここでいうマニピュレーションは最後の部分です。Aさんはコミュニケーションの最後、唐突に自身の勤務時間を告げます。通常のコミュニケーションであれば、18:00まで支援者として仕事をしなければならないということです。しかしそこには「18:00以降はBさんとどのような関係を築いても自由。友達にもなれる」というメッセージを伝えているとも捉えられます。
支援者向けの研修でお話しさせていただくと、受講者の反応の良さに驚かされます。それは皆さんの「聞く技術」が高いからだと推測しています。
これら2つの技法を取り入れることで、聞く技術の高い受講者は演者のメッセージにどのような意図があるのかを想像できることでしょう(正解かどうかは問わず)それにより、研修をより楽しく感じ、研修内容にも興味を持ってもらえるのではないかと感じています。
ただ、マニピュレーションは使い方によってはマイクロアグレッションにつながる場合もあるため注意が必要です(詳しくは三木さんの著作をお読みください)。
⑤戸惑う演者
臨床心理学者の東畑氏は「「聞いてもらう技術」とは「心配される技術」」※6 であると話しています。続いて「このとき変化するのは、自分ではなく、まわりです。環境を変質させるのが「聞いてもらう技術」の本質です」と述べています。演者が戸惑いを見せることで、受講者は心配してくれます(支援者であればなおさら)。そうすれば、協力的な姿勢で研修に参加してくださる可能性が高まるのです。
ちなみにわたしは話の冒頭に「とても緊張しています」「トイレが近いので心配です」等とあえて受講者に伝えることがあります(ちなみにどちらも真実です)。
まとめ
座学研修は、講師と受講者の共同作業であるというのがわたしの現在の結論です。三輪(2023)は講師(学習支援者)には教える役割のほかに「引き出す役割・問い直す役割・つなげる役割」※7 があると述べます。わたしはその中でも「つなげる役割」に重きを置きたいと思っています。演者は受講者がともに学べるよう工夫することとともに、受講者からも学ぼうとする姿勢を持つ必要があると思っています。この対等な関係こそが、座学研修をより良いものにしていくのではないでしょうか。
最後に、やはり受講者の態度として「受ける目的とその後のビジョンが明確か」ということは重要だと感じています。
冒頭で定義された通り、研修の目的は「職務上必要とされる知識や技能を高める」ことです。そこで学んだことを具体的にどう活用したいのか。また仕事そのものを楽しめているかといった要素も、研修に対する効果に影響してくるのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
-引用文献-
1.土屋耕治(2018)「ラーニングピラミッドの誤謬 : モデルの変遷と “神話” の終焉へ向けて」『人間関係研究(南山大学人間関係研究センター紀要)』17, pp55‑73.
2.読売新聞オンライン「なぜ会社の研修は役に立たないと言われるのか?」( https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170519-OYT8T50000/2/ )2024.5.12閲覧.
3.ジェシカ・ノーデル著,高橋璃子訳(2023)『無意識のバイアスを克服する』河出書房新社,p138. https://amzn.to/3UTIj82
4.三宅香帆(2019)『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』サンクチュアリ出版,p295-296. https://amzn.to/4bcRrKN
5.三木那由他(2022)『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション』光文社新書,p32. https://amzn.to/4bwTrx6
6.東畑開人(2022)『聞く技術 聞いてもらう技術』ちくま新書,p125. https://amzn.to/3QLSOYv
7.三輪健二(2023)『わかりやすい省察的実践』医学書院,p68. https://amzn.to/4dDmUqR