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何だこりゃ!天外鏡花の世界「夜行巡査」 by 泉鏡花

悪戦苦闘読書ノート第5回 泉鏡花 作「夜行巡査」発表1895年(明治28)

こんにちは。今回は、泉鏡花作「夜行巡査」です。本作を含め、7編が入った岩波文庫「外科室・海城発電」では、川村二郎解説が、次のとおり記載しています。

泉鏡花の小説はすべて極端である。ほどよい中庸や円満な常識とは縁がない。その全作品の中でも、とりわけ極端な印象の濃い七編を、ここに選び出してある。

夜行巡査を読んだところ、本当に、「何だ、こりゃあ」でした。

あらすじ

老人とその姪である若い女が、お堀近くを歩いていると、老人は、姪の結婚に反対する理由を語り始めた。その理不尽な話の内容は、近くを巡回していた姪の恋人である巡査の耳にも届いていた。
そのとき、叔父が誤って堀に落ちてしまい、泳ぎができないにもかかわらず、巡査は、水に飛び込み救助を試みた。

こう読みました

一 強烈なキャラクター
本作は、最後の二つの文により、「泳げない巡査が、水に飛び込み救助を試みたこと」と「同じ巡査が、ルールを追求するあまり、血の通わない行動を取っていたこと」を対比させ、その良し悪しを論じているように読めます。

ところが、老人と、その姪の恋人である巡査のキャラクターが強烈で、そう読ませてくれません。

老人は、姪の関係者に対する憎しみを抱え、復讐に燃えています。そこに至る事情が、彼の思い込みによることから、彼のねじれた情念に、無気味さが感じられます。

一方、巡査は、職務上の責任感をはるかに超えて、「ルール順守に異様なほど執着する人」として描かれています。しかも、そうなった理由の記載がないため、人間離れした印象が加速されます。

そして、二人の間に立つ老人の姪は、彼らを引き立てるように、「いわれのない理由から苛まれる美しい乙女」の役割を担います。

二 キャラクターが誘う妄想
老人と巡査のキャラクターに触発され、「本作には、裏の物語が書き込まれているのでは?」と妄想するようになりました。その妄想は、こう膨らみました。

本作の姪を「美しい乙女」、叔父の老人を「乙女を苛むモンスター」、巡査を「乙女の恋人」に置き換えれば、三つの結末が想像できます。

① 恋人がモンスターを打ち破り、乙女と恋人が結ばれるハッピーエンド
② 恋人がモンスターに叩き潰される悲劇
③ 恋人はモンスターを打ち破るが、ある理由で乙女と結ばれることができない悲劇

三つの結末を比べると、③が最も泉鏡花らしく感じられました。よって強引ですが、次のようにあてはめてみました。
・巡査のキャラクターに与えられた能力は「ルール順守に異様なほど執着する」こと。そして弱点は、「泳ぎができない」こと。
・巡査が叔父を打ち破る方法は、「ルールどおり巡査としての職務を全うし、泳ぎができないにもかかわらず、叔父の救助を試み」失敗すること。
・最後の二文は、この悲劇をカムフラージュするため置かれた。

いかがでしょうか。

感想

まずは、結末に唖然とし、次いで、登場人物の強烈なキャラクターを怪しみ、妄想に誘われていきました。
最初こそ、「何だ、こりゃあ」でしたが、読み返しとともに深まる妄想を楽しむことができて、大満足です。

創作のヒント

ある事象に対し、複数の視点から描き、それらの内容を次々と提示しながら、最終的に、「あるもの」を描こうとする、重層的な物語が好きです。

本作は、重層的な物語を考える上で、最もシンプルな形を考える入り口になるように感じました。
・価値観が対立する二つのグループと、そこに属する人物を設定する。
・価値観の対立の物語(裏の物語)を作る。
・裏の物語をカムフラージュするための表の物語を作る

第6回は、2021年3月2日(火) 泉鏡花作、「外科室」の投稿を予定しております。 

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