見出し画像

眩暈のような心許なさが、どこか心地よい

一瞬、足元が揺らいだ時の、「ヒェー」を楽しみたい!という方へ、物語の一片を

物語の一片。 No.27 夢野久作「白菊」昭和8年(1933年)発表

夢野久作の「白菊」は、脱獄囚の男の怪奇な経験のお話です。その怪奇が何によって起きたものか説明がなく、最初は、物足りなさを感じました。しかし、「あまりに怖い内容なので知らない方が良いのでは?」と考えたとき、足元が揺らぐ、眩暈のような感覚がして、なぜかいい感じに思えました。

―・―・―・―・―・―

一月前、五人の囚人が網走の監獄を破ると、彼らは、一人を除き、早々に捕らえられました。逃げ続けていたのは、虎蔵という名の男。彼は、「ケチな金や女には目もくれず、大仕事に精力を尽くす」というプライドを持っていました。しかし、脱獄以後、死もいとわない残虐で無鉄砲な強奪をするようになりました。

人跡絶えた原始林の中を、人間業とは思えない速さで飛びまわりながら、虎蔵は奇怪な犯行を重ねます。そして、ある夜、要塞のような大邸宅を目にし、唯一ある窓に灯る明かりを頼りに忍び込みます。数々の怪しい感じを経て、彼は、たった一人で眠っている西洋人の娘を見つけます。最初は不思議と感じたことが、やがて強い不安感に変わっていきます。それは、次のように描かれました。

・・・・・俺は、・・・・・俺は現在、何かしらスバラシイ陥穽(おとしあな)の中に誘い込まれているのじゃないか・・・・。
・・・・・コンナ大邸宅の中にタッタ一つ灯されている赤い灯・・・・・。
・・・・・締まりのない扉・・・・・・・・・。
・・・・・数限りない人形の部屋・・・・・・。
・・・・・その中にタッタ一人眠っている生きた人形のような少女・・・。
・・・・・思いも付かない、おそろしい西洋人の係蹄(わな)・・?・・。

―・―・―・―・―・―

この夜、虎蔵に起きたことは、何だったのか?その疑問は消えません。しかし、その内容によっては聞かない方がいいこともある。そんな風に、答えのないところに優しさが感じられた作品でした。

よろしかったら、「白菊」、お楽しみください。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?