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異常者だって思われても、これが僕の「普通」なんです。

「ゲイなの?」

センシティブな内容とは知りもされてないのか、会う人会う人にどストレートに聞かれるこの質問。

中性的な顔、おっとりとした喋り方や仕草、美容が趣味。
単純に、容姿だけ見ても「男らしさ」が微塵と感じられないからだろう。

女友達と数年前、大晦日に初めてゲイバーに連れて行かれたときもスタッフと間違われたぐらいだ。

(とはいえ、ゲイバーで働いてるスタッフが全員そっちの人であるとは限らないらしい)


だが、それもあながち間違いではない。まさしく僕はいま東京にいる同性の人と遠距離でお付き合いをしているから。

ただ、セクシュアリティが「ゲイ」かと問われると、内心モヤッとするものがある。

「恋愛対象が男性のみ」というわけでは決してなかったからだ。

人目を気にするあまり自信を失い、自分を見失った

まず始めに言っておくと、僕はまったく女性に対して興味がないわけではない。

ただ実をいうと、女性に対して恐怖心やトラウマを抱いている部分はある。


かつて僕は洒落っ気がなく見た目も地味で、眉毛はボサボサ、顔全体はニキビだらけのまるで清潔感がない芋野郎だった。

中性的な顔と性格とはいえ、清潔感がないせいか思春期のころは女子から陰口を叩かれたり、後ろ指を差されていつも笑われてたのだ。

高校生になって気になってた同級生の女の子からは、当時人気があったタレントの「おすぎとピーコ」から取って「おすぎ」と小バカにされたときは、悲しいほどショックを受けた。と同時に、ちょっとの恋心も一瞬にして冷めた。


しかし今思えばどうしてあんなにショックだったのか?
おすぎさんのセクシュアリティのことなどよく知りもしないくせに。

映画評論家としてご立派に活躍されてた方なのに。僕もあの子もおすぎさんのことを見た目や雰囲気だけで「オカマ」だと心のどこかで小バカにしてたんだろう。

だから心のなかで「一緒にするな!!」とグッと拳を握り、怒りを堪えてる自分がいたのかもしれない。(おすぎさん、本当にごめんなさい。)


思春期ということもあってか、それ以来”女性からの見られ方”にひどく怯えるようになった。もちろんけっしておすぎさんのせいではない。

「まわりから見たときに自分はどう思われているんだろう?」と人目を気にしながら育ってきた僕は、高校でいじめられたときは不登校になって中退をしたし、社会人一年目でうつ病になり一時期はしばらくニート生活をしていたこともあった。

だからこんな自分のことを理解してくれて、優しく接してくれる人に出会うと、その人のことを好きになってしまう傾向にあると気づいた。

たとえ相手が同性の人であろうと。

ただ”人”を好きになっただけ

「優しくされたことが男の人を好きになる理由になるの?」と思われるかもしれない。

だが僕は、愛に飢えていたのかもしれない。


勉強出来ない。
友達もいない。
両親から期待されることもない。
就職もうまくいかない。


人生のどん底を生きてた。

普通に友達と一緒に遊びに出掛けたり、恋バナだってしたいし、いつかは恋愛して結婚して子どもを作って家庭を築いていく。

そんなごく普通の生活を送っていくもんだと僕も思ってた。


でも「普通」に生きられなかった。

「僕は普通じゃないんだ」と何度も自分を責めた。何度も夜に「消えたい」と思ったし、「朝なんて来なければいいのに」と願ってた。


だからたとえ相手が男の人であろうと、「どうかずっと良き理解者であってほしい」とそんなふうに誰かに片想いしてしまうことがあったのだ。


だがそれも叶わない恋だと痛感して、「一人きりで生きていこう」と決めてから33歳になるまで、誰とも恋愛をしてこなかった。

「孤独に生きていくことが、自分にとって一番の幸せなのかもしれない」

ずっとそう思っていたから。


だがそれは間違いだって気付いた。

なぜなら、何もかもひっくるめてこれが僕の「普通」であり、生き方だからだ。

常識を捨てて、自分の生き方に誇りを持つ

そもそも、「普通」とはなんだ?
異性と付き合って結婚する人たちがみんな普通の人間なのか?

僕は、世の中で当たり前にされていることや普通だと言われていることが絶対だとは思わない。

セクシュアリティの問題じゃないにしろ、世の中にはたくさん「当たり前」や「普通」だとされてることがある。

きっと、誰しもがその障壁という名の常識と葛藤しているではないかと思う。


ただ僕にとって人生で障壁になっていることが、”セクシュアリティの問題”であるというだけの話だ。


ずっと男であるがゆえに、いわゆる「男らしさ」というものを求められて生きづらい思いをしてきた。

僕のように「普通に生きなきゃ」と本当の自分の想いを潰して生きづらさを感じている人たちはごまんといるだろうと思う。


だから僕はそんなマイノリティー(少数派)の人達が自分らしい生き方を見つけて、自分の生き方に誇りが持てる人を増やしていきたい。

セクシュアリティの問題に限らず、誰かの不安や悩みに寄り添えるように。


今日も明日も自分自身をあきらめず、発信をしつづけていく。


▼「普通じゃない」と葛藤したときに書いた記事(ブログ書いてます)

▼Twitterもやってます。日々感じたことやメモを即座にアウトプットしてます。


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